第72話 文字の先
文が、月にふたつ来るようになった。
夏の高雄は谷の緑が濃く、使いの僧が山門で休む姿は見慣れたものになっていた。比叡の使いは幾人もいて、包みを担いで登ってくる。名を覚えた者が三人になった。
最澄の借覧は初めの頃の広く浅い選びから、密の中枢の経へと進んでいた。借りては写し、写しては返し、返す文には毎度、写しながら生まれた問いが添えられている。比叡では写経の坊が休みなく動いているという。都でいちばん名の高い僧が、朝廷との折衝と山の経営の合間を割いて幾万行の写経を差配しているという。
問いの質は高かった。
高くなるほど、空海の返事は書きにくくなった。初めの頃の問いは文字で問われ、文字で答えられた。いまの問いは文字で問われているのに、答えの半分が文字に乗らない。行の中でしか答えようのない箇所に、最澄の問いは正確に触れてくる。正確だから、なお書きにくかった。的を外した問いなら文字で足りた。
たとえばこういう問いである。阿字観の次第は写しにて承知つかまつった、観の熟するとき、観ずる心と観ぜらるる阿字の間に何が起こるのか。次第の先を、教えていただきたい。
起こることは知っている。
境が薄れるのである。観る者と観られるものの間の壁が息とともに薄くなり、あるとき、ない。だがそれを文字で書けば境が薄れるという五文字になる。碧の海に浮かんだ者と、碧という字を読んだ者の違いである。返事には次第の細部を書き添え、最後に一行、この先は座の中でお会いしましょうと書いた。書きながら、その一行がいつ果たされるのかを考えないようにした。
返事の筆が止まるたび、空海は同じことを思った。この人が、この山にいてくれたら。書けない返事はひとつも生まれずに済む。筆を置いて、谷の音を聞く夜が増えた。
*
夏の終わり、最澄が高雄に来た。谷の緑にわずかに黄の混じりはじめる頃である。
泰範の様子を見にという名目だったが、本当の用は互いに分かっていた。溜まった問いを顔を合わせて解くためである。堂で半日、問答が続いた。実恵が墨と白湯を運び、若い弟子が幾人か壁際に座った。泰範も末座に加わった。
最澄が最初に問うたのは、文で寄越したあの問いだった。観の熟するとき、観ずる心と阿字の間に何が起こるのか。
空海は答えずに、最澄の背に手を当てて息の下りる場所を示した。ここです、とだけ言った。最澄はその場で座を組み、目を閉じた。しばらくして目を開いたとき、最澄は同じ問いを繰り返さなかった。かわりに、いまのが熟すにはどれほどの座が要るのかを問うた。
最澄が問い、空海が答え、答えの中からまた問いが立つ。半日でふた月ぶんの文の距離を進んだ。堂の空気が問答の熱で澄んでいくのが分かった。軒の外でいつからか、ひぐらしが鳴いていた。
泰範は身じろぎもせずに聞いていた。
比叡の師の問いの鋭さと、高雄の師の答えの深さと、その両方がこの生真面目な男の中でどこへ置けばよいのか分からないものになっているらしかった。かつての泰範なら問答の全部を書き留めたはずである。いまの泰範は筆を持たずに聞いていた。持たなくなったこと自体が、この男の来た道のりだった。
問答が一段落した夕刻、空海は切り出した。
「三年、いただけませんか」
最澄が顔を上げた。
「三年、山を空けて、この山で行を。あなたの問いは、もう文字の際まで来ています。際から先は、行の中にしかない。三年あれば渡せるものを全部渡せます。あなたの器なら、あるいは三年も要りません」
「ひと夏では、足りませぬか」
「足りません。私が師から受けたのは、ひと夏です。ですがそのひと夏の前に、受けられる身体ができておりました。三年のうち、渡すに要るのは終いのひと夏です。残りは、その夏を受けられる身体に充てていただく」
最澄は椀を両手で持ったまま、しばらく動かなかった。堂の灯がその横顔に揺れていた。
それから、はっきり答えた。
「三年は、いただけませぬ」
ごまかさない人だった。
「比叡は、生まれたばかりの山です。年分の学生が毎年入ってくる。堂は建ちかけで、朝廷との折衝は切れ目なく、弟子はまだ育ち切っておりませぬ。拙僧が三年山を空ければ、天台の灯が消え申す。灯を守る者が、まだ拙僧しかおらぬのです」
椀の中の白湯を最澄は見ていた。
「天秤にかけたのです。おのれの求道と、山の灯と。幾晩もかけて、かけ申した。そして山を、取り申した。求道者としては、負けでござろう。ですが拙僧は求道者である前に、あの山に灯を託された者にござる」
顔を上げた最澄が少し笑った。
「文字で学べるところまでは、文字で参ります。そこから先は、いずれ。いずれ必ず。それまでは、貴僧の火を、書物の窓から見せていただきたい」
最澄が椀を置いた。壁際の弟子たちの下がる足音が、板を伝って遠ざかっていった。
責められる者が、いるか。
空海は責める言葉をひとつも持たなかった。おのれは二十年の約を破って火を取った男である。国との約束を破り、裁きを覚悟して、それでも火を選んだ。この人は約を守って灯を選んだ人である。おのれの渇きより、山に集う者たちの灯を上に置いた。
むしろ、頭の下がる答えだった。あの晩の乙訓寺で、この人はひとりの僧として門をくぐったと言った。あれは嘘ではない。だがこの人は、ひとりの僧に戻り切ることをもう許されていない。新しい宗を立てるとは、そういうことだった。灯を掲げた者は、灯に縛られる。名を得るほど遠くなる門を、空海はひとつ知っている。この人には、山ごと、それがある。ただ、ひとつのことだけが動かなかった。
火は、窓越しには、移らない。
書物の窓は、火を見せることはできる。だが窓の桟の向こうの火に手はかざせない。唐のあの壇で、布が解かれて初めて色が入ってきた。
*
夜は二人だけになった。
泰範は行に入り、実恵が灯を継いで下がり、堂には灯がひとつと白湯の椀がふたつだけ残った。あの夜から、二人の間の言葉は深くなり続けていた。深くなったからこそ、渡したい言葉がひとつあった。
「唐の師の譬えを、ひとつ、お伝えします」
言いながら、空海は自分の胸に手をやりかけて、やめた。
初めて人に譲る譬えだった。筑紫の老僧には、譬えの中身を生きて見せた。この人には、譬えそのものを渡す。それがこの人の受け取り方にいちばん合う渡し方だと思ったからである。
「経は、火の絵と思うがよい、と師は言いました。精しい絵です。線の一本も揺るがない。ですが、絵からは火は点かない。百年見つめても点かない。火は、火からしか移らない。経は貸せる、写しもできる、海の向こうへも渡せる。だが、これは、と師は胸を指されました。手から手へしか、渡せぬ、と」
「なんと、的確な」
最澄が身を乗り出していた。
「絵と、火。顕と密の別が、その二字に尽きており申す。拙僧の描いてきた地図で申せば、顕の諸宗は火の在り処への道筋を説く。密は、火そのものを渡す。ならば地図の最後の一里は、密でなければ埋まらぬ。拙僧が密を求める理由もまた、その譬えの中に、正確にござる。この譬え、比叡の学生たちにも伝えてよろしいか」
「どうぞ」
譬えは正しく受け取られ、体系の中に置かれ、言葉で返された。これほど見事に受け取られた譬えを、空海は知らなかった。
そして、見てしまった。
絵の限界を語る譬えが、また一枚の精しい絵になって、あの人の地図に貼られるのを。火は火からしか移らないという言葉が火の代わりに写されて、比叡の学生たちの帳面に並ぶのを。それは間違ったことではない。絵は人を火の在り処へ導く。師もそのために譬えを遺した。だが、この人自身は。
頭で分かるということの届かなさを、あの人は頭で分かっておられた。
*
翌朝、最澄は比叡へ帰っていった。
見送りの坂道で、最澄は泰範の肩に手を置き、よく学べと言った。
夏の盛りに問われた帰山の日取りの返事は、とうとう比叡へ届かなかった。書かれなかった返事の代わりに、師の手が肩にあった。それで済んだことになった。泰範は深く頭を下げた。下げた頭の角度に、末座で問答を聞いていた半日ぶんの重さがこもっていた。師はそれに気づかず、弟子はそれを言わず、坂を下る一行は秋めいた光の中に小さくなっていった。
一行が見えなくなってから、泰範は長いこと坂の下を見ていた。それから何も言わずに堂へ戻り、いつもの刻限より早く座を組んだ。師を見送った足で、行に入る。その背中を、空海は問わなかった。問える言葉が、まだこの世に用意されていない気がした。
一行の消えた坂を見ながら、空海は初めて思った。
この人に、火は、渡せないかもしれない。
思ってしまったことをすぐに打ち消した。あの器である。いずれ必ず、と本人が言った。山の灯がもう少し強くなれば、三年の暇も作れよう。渡せない道理があるものか。
打ち消したことも含めて、覚えている。
*
その秋のことは、もうひとつの場所から語らなければならない。
都の外れの小さな寺である。高雄の山からも比叡の山からも遠い静かな囲いの内で、ひとりの人が、いつもと変わらぬ刻限を過ごしていた。




