第67話 高雄へ
霧が、動いた。
秋の初め、太政官符が大宰府に下りた。僧空海を、山城国葛野郡の高雄山寺に住せしむべし。それだけの短い沙汰である。
三年、霧の向こうで黙っていた国は、咎めもせず迎えもせず、ただ置き場所を決めてきた。理由は書かれていない。察しはついた。新しい帝は書を好む人だという。唐から帰った僧の目録が、代替わりの棚を改める中で、誰かの目に留まったのである。読まれても動かなかった一巻が、風向きひとつで動いた。
符には、あの判官の名はなかった。
載る符ではない。それでも、目が先に探していた。罪に問われた者の名なら、噂が大宰府へ届く。三年、その噂は来なかった。累は、及ばなかったらしい。
*
大宰府の役人が来て、封を剥がした。三綱が立ち会った。荷をまとめた。三年前に解いた縄を、同じ順に掛け直した。手が覚えていた。目録の外の三箱も、いちばん奥から出した。この三年、開けなかった箱である。宗像の村の百幾つの名も、帳面のうちにある。
博多の湊まで、寺の僧たちが見送った。小舟へ箱を積む掛け声が、あちこちで上がっていた。浄基が最後まで残った。
「三年、よう乾かしましたな」
「はい」
「都は、こちらほど風を通しませぬでな」
それだけ言って、頭を下げた。空海も下げた。
船は瀬戸の内を東へ進んだ。潮は半日に二度、向きを変え、そのたびに船頭が帆を下ろして櫓に替えた。朝も夕も、右にも左にも、緑の島影が絶えなかった。荷は一度も濡れなかった。
*
五年ぶりの都である。都は変わっていた。道行く人の足が速い。秋も半ばの日が築地に照り返していた。その影に牛車が一つ、轅を下ろしていた。
五年前、この都を出た男を覚えている者は少ない。だが、唐帰りの阿闍梨の名は、目録と共に都に届いていた。
人より先に、名が歩く。こんど都を歩いているのは、紙である。
鐘の数は、両手の指で足りた。市の声は、ひとつの言葉だけでできていた。あの百万の音の海を知った耳に、都は静かだった。
この小さな国に、あの火を据えるのである。
*
都に入った日、空海は回り道をした。供の僧を寺の房へ先にやり、一人であの道を歩いた。曲がり角の柳が太くなっていた。五年の月日は、木にはまっすぐに積もっていた。
参詣帰りらしい男とすれ違い、男は僧衣に気づいて歩を緩めた。
「どちらのお寺の」
「通りがかりの者です」
男は会釈して行き過ぎた。名を、言わずに済んだ。
道の果てに、あの門が見えた。
門は変わっていなかった。
足が、止まった。
門前二十歩の場所である。かつて、十日に一度の参詣人としてくぐった門である。五年前、唐へ発つ前の春にもくぐった。無名の学生はくぐれた。門の内で経を聴き、言葉を交わし、名を贈っても、世は気づきもしなかった。
一度だけ、門のほうが閉じた冬がある。縁談の噂が、こちらより先に門の内へ届いた冬だった。
いまは門は開いている。参詣の人が出入りしている。閉じたのは、こちらの名のほうだった。
都に入ったその日から、空海の名は都のものである。その男がこの小さな寺の門をくぐれば、人が見る。誰の寺か、と。誰がいる寺か、と。そのとき、こちらも、くぐった顔で会うことになる。
名を得るほど、この門は、遠くなる。
開いた門の向こう、堂の奥に、昼だというのに灯がひとつ点っていた。
五年前、背を向けたまま、あの灯は消えないと思った。思ったきりのことが、いま、二十歩の先にあった。
足が、一歩出た。二十歩が十九歩になった。それだけだった。
それから、踵を返した。足音は殺さなかった。
いつもの歩みで、参道の砂利を鳴らして歩き去った。
あの耳なら、聞き分ける。
*
数日ののち、空海は都の北の田の中の庵を訪ねた。
大足の隠棲の庵である。在り処は、すぐには知れなかった。それほど世から引いていた。稲の色づきはじめた田の道を、畦で草を刈る男に道を訊きながら歩いた。生垣は低く、庭は狭かった。縁側に、老いた師が書を読んでいた。
顔を上げて、大足は言った。
「おまえか」
素っ気なさが、変わっていなかった。
「生きておられましたか」
「死んだことにしておった」
老師は書を閉じた。鬢は白いのを通り越して薄くなっていた。頬の肉が落ちていた。空海は、縁側へ寄る足を一度止めた。目の光だけが、あの囲炉裏の夜と同じだった。
「あの変での。わしの首は要らなんだらしい。親王に学問しか教えとらんでな。そのかわり、世間のほうが、わしを死んだことにしおった。職も来ん。客も来ん。おかげで、静かよ」
空海は縁の端に腰を下ろした。
「文を二度、出しました」
「読んだ」
老師はあっさりと言った。
「読んで、焼いた」
「焼いた」
「あの時分、わしに文をよこす者は、みな調べられると聞いた。阿刀の家に置かれとったのを人が回してくれたが、返事の出しようがない。おまえは唐から帰ったばかりの、国の目のかかった身じゃ。返事など書いて、巻き込めるか」
空海は膝の上で手を組み直した。二年、返らぬ二通を数えた。数えながら、幾度か、この人はもう死んだのだと思った。死んだのでないなら、こちらを捨てたのだと。
「一枚だけ、残しとる」
と大足は言った。
「無事かとだけ書いてある紙はの。見つかれば、中身は関わりない。分かっておって、燃やす気にならなんだ」
空海は、その一枚がどこにあるかを訊かなかった。
*
「よう来られたの。いまなら、な」
庵に上がった。老師は書を膝に載せて座った。白湯が出た。あの家の白湯と同じ味がした。縁側の日が、椀の縁で小さく光っていた。
しばらく、互いの五年を短く報せ合った。唐のこと。師のこと。荷のこと。大足は口を挟まずに聞いた。
聞き終えてから、いつもの調子でひとつだけ問うた。
「で――言葉に、なったか。前は、ふたつじゃったの」
「なりました」
空海は言った。
「ただし、言葉になったのは、言葉にならぬものの在り処を指す形でした。言葉は、月を指す指でした。指の先をどれほど細かく彫っても、月は彫れません」
老師はしばらく、その答えを噛んでいた。
それから、破顔した。
「それはの、詩じゃ」
「詩、ですか」
「儒がの、千年からこっち、詩でやってきたことよ。言えぬものを、言わずに指す。論語は道を説く。詩経は道を指す。わしは説くほうばかり教えたがの。おまえの密とやらと、わしの詩文は、思うたより近いところで、同じことをしとるらしいの」
*
それから、空海は居住まいを正した。
「唐の師の最期の言葉を、お伝えに参りました」
大足の白い眉が動いた。
「早く郷に帰り、国家に奉ぜよ。天下に流布して、蒼生の福を増せ。それが仏の恩に報い、師の徳に報いることである。そして、こう結ばれました」
空海は一句ずつ置いた。
「国のためには、忠。家においては、孝である、と」
「唐の坊主が、そう言うたか」
老師は書を押さえたまま言った。
「それは、その坊主の言葉じゃ。おまえの言葉ではない」
「私の言葉です。あの人は、私の中にあったものに、名を付けただけです」
長い沈黙があった。庭で鳥が鳴いた。老師は動かなかった。膝の上の手が、書の背に食い込んだまま白くなっていた。
「唐の坊主が」
と、老師は言った。声が掠れていた。
「わしの負けを、決めてくれたわ」
笑っていた。
「十二年前での。囲炉裏で、おまえに、忠孝に背いておるぞ、と言うた。あの晩、わしは論で負けて、負けを認めなんだ。認めなんだままで、ずっと待っとった気がするわ。おまえがどこかから、答えを拾うてくるのをの」
書を押さえていた手が、ゆるんだ。
「よい負け方じゃ、空海。孝行者めが」
空海は膝に手をついて、深く頭を下げた。老師はもう、書のほうを見ていた。
*
辞するとき、空海は笈から一巻を出して、縁側に置いた。
「越州で求めました」
「なんじゃ」
「唐の詩の集です。こちらには、まだ写しも出ておりません」
大足は巻を取らなかった。置かれた巻を、そのまま見ていた。
「銭は」
「叔父上に頂いた路銀の、いちばん最後の残りです」
庭の鳥が、また鳴いた。
「学問の家の銭が、学問の外へ行く男の路銀になる。あのとき、そう言われました」
「言うたの」
「学問の外へ持って行って、学問の書にして帰りました」
老師はしばらく黙っていた。それから、手を伸ばした。巻の紐を解こうとして、やめた。
「あとで読む。おまえのおる前では、読まん」
*
秋、空海は高雄の山に入った。
都の北西、川を遡った奥の、人里の絶えた山である。和気の家が建て、いまも守っている山寺が、その中腹にあった。
山道は楓に覆われ、葉はまだ青かった。足もとには去年の落葉が重なり、前の日の雨をふくんでいた。川瀬の音が斜面を這い上がってきて、登るほどに近くなった。
山門は静かだった。門をくぐると、杉の匂いが来た。梢の高いところを、秋の風が渡っていった。
また、山だった。
十一年前、名を捨てて大瀧の山に入った。いまは名を負って、山に入る。
寺の僧が二人がかりで箱を担ぎ上げ、堂に納めた。
山の夜は早く、堂の灯が消えると谷川の音だけになった。
暗がりに座して、空海はその音を聴いた。
あの巻の紐は、もう解かれたろうか。




