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空海の青春 ― 消えた七年  作者: KAMUI
第6章 伝法
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第64話 渡す者

 願いの書は一夜で成った。


 国の使いに、共に帰らんことを請う啓である。福州の浜このかた、筆は道の要所ごとに道を開いてきた。今度の書は飾りを削った。海を渡って来た理由。城中を歩いて師に遇ったこと。両部の壇に入り、五部の灌頂に沐したこと。図と経の数。そして一行だけ、勘定を書いた。


 二十年の功を、一年の四季に兼ねました。


 四運は、長安の門をくぐってからの四運である。冬に入り、夏に受け、冬に送った。ひと回りしかしていない。


 誇っている、と読まれるかもしれない。だが数はそうなっている。削れば嘘になる。


 筆の先が、その行の上でいちど止まった。止まって、そのまま次の行へ下りた。


 置いた。


 灯りの油はとうに尽きていた。窓が白んで、字がひとりでに読めるようになったところで筆を擱いた。指が硯の形に固まっていて、開くのに手間がかかった。房を出ると、朝の冷えが墨の匂いを喉から洗った。


  *


 判官は宣陽坊の宿で書を受けた。


 判官正六位上行大宰大監、高階真人遠成。実直な目の人である。炭櫃の熱が、夜のあいだ冷えた膝から先に届いた。書は二度読まれた。読み終えて顔を上げ、しばらく目の前の僧を見た。それから、問うべきことを問うた。炭櫃の火が、二人のあいだで小さく爆ぜた。


「二十年の約は、どうなさる」


「破って、帰ります」


 言い方を選ばなかった。選べば言い訳の形になる。


 二十年という数を、空海は二度、口にしていた。国に向かって、負う数として。あの人に向かって、もう一度だけ待っていただきたい、と。


 あの人は、待つとは申しますまい、と答えた。


 国の二十年は、破れば罪になる。もうひとつの二十年は、破れば十八年早く着く。破っても、誰も咎めない。咎める筋のある人が、待たぬと言ったからである。


 名の付かないほうを、空海は腹の底へ押し戻した。


「留学の期を欠く罪は、承知しております。裁きがあるなら受けます。ただ、荷だけは罪と切り離していただきたい。経も図も法具も、私のものではありません。海の向こうへ渡るために、七つの手を渡ってきたものです。私は八人目の運び手にすぎません」


「罪は御坊が負い、荷は国が受ける、と」


「罪は、私が負います。火は、私が運びます」


 遠成は指を組んだ。組んだまま、火を見ていた。


「御坊。それがしは官人でござる。官人は、期を欠いた者を庇う筋を持ち申さぬ」


「承知しております」


「ただ、荷は別でござろうな。国の資で渡った僧が、国の資で買うた荷を持ち帰る。それを置いて来いと申す道理は、どこの帳面にもござらぬ」


 遠成は書を丁寧に畳んだ。畳む手つきに、書き手への礼があった。


「便船の頭数に、御坊の名を入れましょう。朝廷への取りなしの文も、それがしが書く」


「取りなし、と申されますと」


「御坊が、荷の目録を書かれよ。それがしは、それを添えて奉る。国が受け取るのは荷でござる。荷の値打ちを国に読ませるのが、それがしの役目でござろう」


 空海は頭を下げた。下げてから、訊いた。


「判官どのに、累は及びませぬか」


「及ぶやもしれませぬ」


 遠成は、あっさりと言った。


「なれど、二十年の学びを、渡って二年のうちに了えた僧でござる。海の向こうに捨てて帰ったとあっては、それがしが国に顔向けできませぬでな」


 礼を言う言葉が、出なかった。


 宿を辞すとき、遠成がふと言った。


「御坊。それがしは、福州の書の話を国で聞いており申した。大使どのの窮地を、一夜の筆が開いた、と」


「名は、出しておりませぬ」


「出ておりませなんだ。ただ、そういう筆の者が船に乗っておった、と。……この目で書き手を見られたのは、果報でござった」


 名は隠しても、字が名乗る。あの言葉は海を渡ってさえいた。宿の外に出ると、春の埃の匂いがした。


  *


 報せは、遠成の従者たちが持っていた。


 二年ぶりに聞く故国の話だった。


 喋ったのは、いちばん若い従者だった。長安に着いてからひと月、同じ顔ぶれとの話は道中で尽きていたらしく、訊かれもしないことまで喋った。指の関節がひとつ、太く曲がって固まっている。船の綱で潰したのだという。


「大使どのの船が湊へ戻った、すぐあとに出ましたもので」


 だから彼らの知る国は、去年の夏までの国である。


「比叡の御坊が、去年のうちにお帰りで。明州の湊へ着かれて、天台の山で法を受けて、一年で。帝の覚えもめでたいそうで。……いや、湊で、そればかり聞きましたもので」


 比叡の僧、最澄。


 あの嵐の夜、波間に灯の消えた船に乗っていた人である。


 生きていた、とまず思った。


 新しい宗を立てるという話も、国を出るころには湊で聞こえていた、と若者は言い足した。


 空海は幾つか訊いた。従者たちは知っていることだけを答え、知らないことは知らないと言った。それが有難かった。


 その中に、一つだけ、耳の底に残るものがあった。


 あの僧は天台の山だけでなく、越州でも法を受けたらしい、というのである。


 密の法だという。


  *


 その夜、空海は数えた。


 あの僧が唐にいたのは、着いてから帰るまでで、十月に足りない。そのほとんどを天台の山に費やしている。越州は、帰りの船を待つあいだのひと月ほどであろう。ひと夏を両部の伝授に注ぎ切った者には、ひと月で受けられる量の見当がついた。


 触れて、である。両の手ではない。


 だが、その指の先の水を国が欲しがったのなら。


 国は渇いている。


 渡す者は器を探さねばならない、と師を送った夜に思った。器は探すまでもないのかもしれなかった。国そのものが、器の形をして。


 空海は帳面を開いた。名の帳面ではない。物と事を書きつける、もう一冊のほうである。


 そこに一つ、名を書いた。


 最澄。


 いつか会う名だと思った。会うときに、こちらが何を持っているかで、その会い方が決まる。


  *


 別れが始まった。


 青龍寺では、碑の前に立った。石はもう建っていた。おのれの書いた字が、石の膚の上で朝の光を受けていた。膚はまだ新しく、鑿の跡が細かく光った。入汝之室の四字の前で、空海は長いこと動かなかった。四字だけ、影が深かった。


 台座の際に、石の粉がまだ白く残っていた。指の節の太い男が箒でそれを掃いているのが、堂の陰から見えた。


 兄弟子たちが後ろに並んでいた。義明が言った。


「石は、ここで守る。そなたは、火を守れ」


 それから、袖の内で手を組んだ。


「東の空の下にも青龍寺があるということじゃ」


 西明寺の房を、来たときよりきれいに掃いた。山の作法の、最後のひと掃きである。腰を折って壁際を掃くと、二年ぶんの埃が細く立った。箒の目の立った床に、窓の光が斜めに落ちていた。


 掃き終えて、壁に手をついた。壁に沿って積んであったものは、もう何もない。房は、誰の房でもない広さに戻っていた。


 若い留学生とは、書物の区で会った。


 報せは届いていた。若者は経巻の棚の前で待っていた。二年前、二十年でも汲み尽くせないと言い合った棚である。棚の経巻は、あの日と同じ紙の匂いをさせていた。


「先に、帰ります」


 空海が言うと、若者は笑った。笑って、目じりが濡れた。


「ずるいですよ、阿闍梨。二十年の約束で、一緒に海を渡ったのに」


「ずるいとは、私も思います」


「いいえ」若者は首を振った。「あなたの二年は、私たちの二十年より濃い。船の上から、ずっと見ていました。悔しいから、言うのです。ずるい、と」


 それから、背筋を伸ばした。


「私は残ります。二十年、汲みます。器の大きさまで汲んで帰ります」


「約束が、ひとつ増えますな」と空海は言った。「二十年、汲んで、持って帰ってきてください。そのころ、私の国に、あなたの汲んだものを注ぐ場所を作っておきます。器を洗って、待っています」


「約束、ですよ」


 船で懲りたと言って取り消した言葉が、そのままの形で返ってきた。あのときの約束は、この国で死なずにまた会う、というものだった。果たされた。次の約束は、海を挟んで二十年である。若者は深く礼をして、それからいつかのように、振り返らずに人の渦へ歩いていった。


 最後の一杯は、湯餅の店で食った。


 主に、国へ帰ると告げた。主は言葉少なにうなずいて、椀に餅をひとつ余分に落とした。餞である。湯気の向こうで、主は黙って次の客の椀を張っていた。


 椀から立つ湯気が顔にかかった。柵の内から、この匂いがすると言った男がいる。あの男は、匂いのほうを先に約束していた。


 空海は湯気の中へ、もう一度だけあの水夫の名を呼んだ。福州の水路のほとりで、まだ船を守っているはずの男の名である。着いたら、いちばんうまい湯餅の店で名を呼ぶ、返事をするのはあなたです、と言った。返事はない。会えないままになる。


 それでも名は呼べる。返事は要らない。生きていて、くだされば。


  *


 出立の日が近づくと、宿に人が来るようになった。


 詩を持ってくるのである。青龍寺の僧。西明寺の僧。大興善寺の供奉。市で一度話しただけの書肆の主。名を知らぬ者もいた。餞別の詩というものは、書く側が書きたいから書くものらしかった。紙は日ごとに嵩を増した。


 その中に、経生の頭がいた。


 冬に、なにゆえ冬の内にと訊いて、答えを貰えなかった男である。詩は短かった。紙もよいものではなかった。渡して、帰りかけて、振り返った。あの冬、廊下の途中で足を止めたのと、同じ止め方だった。


「あのとき、なにゆえ冬の内に、と伺いました」


「答えませんでした」


「はい」


 空海は言った。


「和尚が、冬を越さぬと言われたからです」


 頭はしばらく黙っていた。それから、腰を折って礼をした。写しの巻を抱えて来たときと同じ折り方だった。


「二十余人、みな、そのつもりで写しておりました」


 全部は読めなかった。


 読めなかったぶんを、空海は荷に入れた。経の隣に、詩の束を入れた。竈の材料である。


  *


 長安を出た。


 春明門を出るとき、荷車の轍に前の日の雨が残っていた。来たときは行李ひとつだった。出るときは車が二台になっていた。門をくぐり終わるのに、また時間がかかった。城壁の厚みは、出る者にも同じだけある。


 東へ。往きに越えた峠を、今度は下った。洛陽からは水に乗った。堠の里数が減っていくのを、空海は数えなかった。数えたのは荷のほうである。駅ごとに縄を確かめ、雨の夜は油紙を掛け直した。船を替えるたびに、経の箱を数え直した。


 船の胴の間で寝た。運河の水の匂いが、夜通し荷の紙の匂いに混じった。船頭は毎朝、荷の吃水を見てから櫓を握った。月がふたつ変わった。


 関で行李を検められた。役人が箱を開け、巻を数え、目録と照らした。往きの駅で、この帳面には数も地名も入っておらぬと言われた男が、いまは数と地名の束を担いで関を通っていた。役人は目録を返して、通れと言った。紙で止められ、紙で通される。


 越州に入った。節度使に、内外の経書を求める啓を奉ったのが四月である。


 密の外にも要るものはあった。


 詩文の集。字書。暦の書。医の書。土木の書。書肆の埃と墨の匂いの中で、荷は日ごとに重くなった。舟が道である町だった。水路の橋を三つくぐって、次の書肆へ行った。


 なぜ密の外の書まで、と問う者があった。


「火は、竈に据えるものです」と空海は言った。「竈は家の中に、家は国の中にあります。詩文も暦も医も土木も、みな竈の材料です」


 問うたのは、書肆の帳付けをしている痩せた男だった。笑って、それから帳面を出して書き留めた。書き留めてから、顔を上げて言った。


「では、うちの棚は、竈の石でございますな」


「石がなければ、火は野に置くほかありませぬ」


 男は満足したらしく、次の日から言われもしない本を持ってくるようになった。


 ひと月で、書は集め終えた。それから三月、船は動かなかった。


 あの僧も、去年の四月に、この町にいたことになる。同じ町の、同じ月である。あちらも、船を待っていた。


 十月と、二年。その差が何でできているのかを、空海は夏のあいだ、荷の縄を掛け直しながら考えていた。


  *


 明州へ下ったのは七月の末である。八月、湊に船の支度が動いた。


 来たときの四つの船のどれでもない、ひと回り小さな船である。荷が積まれた。経律論疏、二百十六部、四百六十一巻。像と曼荼羅と阿闍梨の影、あわせて十鋪。道具九種。師の付嘱の物、十三種。目録の全部が船倉に収まった。積み込みの声が、湊の朝に高く低く行き交った。


 経の箱はいくつもあった。そのひと箱に棒を通して、四人で担いだ。それがいちばん重かった。棒の当たる肩に布を巻き直しながら、担ぎ手のひとりが、坊さんの荷は石より重いと言って笑い、ほかの三人も笑った。空海も笑った。中身は紙である。紙が石より重くなるのは、束ねた数のせいであった。


 湊の役人が目録を広げ、箱の数を指で追った。箱の数と、巻の数と。数え終えて、役人は判官のほうを見た。遠成がうなずいた。それだけで箱は船倉へ下りていった。


 越州の箱は、そのあとに三つ続いた。目録には載らない箱である。


 楫取は五十がらみの男だった。往きは荒れなすったか、と訊かれた。三十四日、流されました、と答えると、そりゃ運のええほうじゃ、と言って背を向けた。


 板を渡った。三歩で、足の下の固さが変わった。返してくる床である。


 鷗が帆柱の先で二度鳴いて、海のほうへ流れていった。


 舳先に立った。


 名の経を読んだ。室戸の名。往きの船の名。浜の名。砦の名。師の名。あの浜で生きている名。名はこの二年でまた増えていた。増えた名の全部を乗せて、声は明州の朝の海へ出ていった。潮の匂いが、二年ぶりに旅の匂いになった。


 往きの海である。柁は折れ、帆は穿たれ、幾つもの名が海に沈んだ。その同じ海がいま、朝の光の中で静かに船を待っていた。


 空海は掌を返して見た。桶の縁が破ったところは、固い皮になっていた。あの夜の水が、ここに残っている。


 変わったものを、空海は自分の掌の上に見つけた。舷に立つ足の裏が、うねりを静かに受けて返した。


 纜が解かれた。帆が風を孕んだ。舳先が東を向いた。


  *


 夜、甲板に出た。


 東の水平線の上に星があった。帆綱が風に低く鳴っていた。夜気は潮に湿って、まだ夏の名残の温さだった。海の向こうにあの国がある。あの国の都の囲いの内に、昼のあいだだけ点るひとつの灯がある。長安の百万の灯を合わせても届かなかった、あの灯である。


 今度は、近づいていく側だった。


 比叡のあの僧は、去年もう帰っている。渇いた国に、先に注いだ手がある。船は速くない。


 一里ごとに、間が詰まっていく。舷を握った手が、いつのまにか力を入れていた。


 約を破った僧を国がどう遇するか、分からない。火をどこに据えるかも決めていない。何より、近づいてどうするのかを決めていなかった。言わなかったことに、いたします、と言った人の囲いへ、火を得て帰った男が何を持って立てるのか。


 舷の先で、若い従者が誰かに国の話をしていた。指の曲がったほうの手で、暗い東を指していた。


 波が船腹を打っていた。


 規則正しい、往きと同じ海の音だった。骨がうねりを読んだ。読める波の静かな夜だった。空海は、東の星と水平線の間の暗さを長いこと見ていた。あの暗さの向こうに、帰るということの全部が畳まれて待っている。


  *


 ここまでが、密の都の章である。


 老いた男は筆を止める。求めていたものは、あの二年に全部そこにあった。師に遇い、法を継ぎ、名を貰い、そして師を送った。


 私は、空と海を、得た。


 だが、それを誰かに渡そうとしたとき、手が止まった。


 得ることはひとりでできる。渡すことはひとりではできない。


 あの経の箱を、私はひとりで担げなかった。


 船は東へ進んでいく。


 その先を書くには、墨をもう一度磨らねばならない。

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