第60話 結ばれる真理
瓶の水は日々注がれた。
暁鼓とともに坊の門が開く。開くのを門の内で待って、開くと同時に出た。都を西から東へ横切って、青龍寺の門をくぐるころに、境内の砂がようやく白く見えはじめる。暮れの鼓が鳴りだす前に、同じ道を戻った。往きも帰りも、日は正面にあった。帰り着くころには、足の裏が靴の内で熱を持っていた。その間のすべてが伝授だった。
梵字と梵讃。印契。観法。曼荼羅の一尊ごとの名と姿と意味。真言の一音一音の立て方。息の置き方。教えは幾筋もの流れになって来た。出し惜しみというものが、この人の中には初めからなかった。器が来たら、注ぐ。手つきだけが、注ぎ慣れた者の丁寧さだった。
硯の墨の減りが日ごとに早くなった。房の隅に、書き潰した紙が積まれていく。十日で一寸。日を数えるかわりに、空海はその高さを見るようになった。
この教えは、全身で受けるものだった。
まず耳が要った。梵讃の節は、音の高低が、そのまま教えの姿だった。翁の千年を蔵った耳に、天竺このかたの節が入った。
目もまた遣われた。曼荼羅の一尊ごとの持ち物と印と色。六月に一息で殴られた一枚を、今度は一尊ずつ指されて、名を言わされた。言えるまで、次へ進まなかった。
手はもっと働いた。印契は指の形をした言葉だった。薬指を一本、他の指の下へ入れるか上へ出すかで、別の仏になる。人の筆癖を写した代筆の手が、師の指の形を写した。三日で指の関節が腫れた。腫れたまま組んだ。
そして底に息があった。吐ききった底に、まだ吐くところがあるのだと教えられた。そこからさらに細く長く出していくと、身体の内が下から静かになっていく。老師は空海の背に掌を当てて、それを測った。
「……長いの」
老師の息は短かった。四つ吐くあいだに、二度継ぐ。継ぎの間に、喉が細く鳴った。世でいちばん息の長い教えを、世でいちばん息の短くなった人から受けていた。
全部の道が、一度に要る。
真言をひとつ、一度で写して返した。老師が手を止めた。
「その耳、どこで、得た」
「山で。谷を相手に、七年」
老師は目を細めた。
「谷か。それも師じゃ。わしの師も、言うておられたよ。谷は、嘘を返さぬ、とな」
そこで一度、息を継いだ。
礼を言うべきところで、頭が下がらなかった。下げる相手が、その場にいなかった。
「そなたは、そちらを、先に済ませて来た」
合わせるために掘ったのではない。掘っていたときは、どれも別々の穴だった。
*
注ぐほどに、師の目方は減っていった。
だが、それだけのことなら病者の常だった。
弟子たちは何も言わなかった。ただ、房の前を通るときに足音が小さくなった。上座の僧は伝授の刻限が来ると、自分で燈明を替えに来るようになった。芯を切り、油を足し、何も言わずに出ていく。
伝授の合間だった。恵果がふと言った。
「……軽う、なった」
笑っていた。削げた頬に、灯の色が差していた。
「五十年、担いできたのが、日ごとに、軽うなる。よいものじゃ」
「重さは、まだ分かりません。受けるだけで、手いっぱいです」
老師はうなずいた。
「かまわぬ」
「重さはな、渡し終えた者と、渡す相手を探す者にしか、分からぬ」
*
一度だけ、言おうとしたことがある。
その日の伝授は長かった。日が落ちて、燈明が二度替えられた。老師の息の継ぎ目が、朝の倍の数になっていた。数えるつもりはなかった。
区切りのところで、空海は口を開いた。
「明日は、半日で」
あとが、続かなかった。
老師は湯を一口飲んで、椀を置いた。両手で置いた。
「そなたは、いつ、帰る」
「二十年の留学と、聞いております」
「二十年」老師は繰り返した。「わしは、冬を、越さぬ」
吐こうとした息が、途中で止まった。教えられたばかりの底が、そのときは遠かった。
壇の寸法を言うときと同じ声だった。
「半日にすれば、そなたは半分だけ受け取る。半分の火は火ではない。明日も朝から来るがよい」
その夜は寺の房を借りた。この話は、もう出なかった。翌朝、空海は暁鼓を青龍寺の門の内で待った。
*
七月の上旬。朝から風のない、蒸すように暑い日だった。
蝉の声の中で、金剛界の壇が成った。前の壇を崩し、同じ土を突きなおした壇だった。二つ突いて、一つ休む。あの拍を、空海はもうひと月ぶん聞いた。
花は、また東の市で求めた。今度も白。この時季の蕾は数が少なく、値が上がっていた。店の女は紅を勧めなかった。前を覚えていたのか、二度目の客に念を押さなかっただけか。そこまでは訊かなかった。
二度目の覆面である。前の夜から籠るのも、沐浴も、浄衣も、六月のとおりだった。覆ってから、次が来るまでを、待った。六月は、待った覚えがない。
布の厚みは六月と変わらなかったが、当てた先から汗を吸って、すぐに重くなった。拭う手は、今度もなかった。
頭の隅で、あの帳面が勝手に数を繰りはじめた。
この一月で覚えたのは胎蔵の尊である。金剛の壇に何が敷かれるかは、数だけを聞いていた。堂に掛かった九つの会の図の、そのうちの一会。成身会。千余尊。六月の胎蔵は四百四十余尊だった。名を教わるあいだに、数えてある。まんなかの尊は他より大きく描かれるはずだが、大小を均したのは、この頭の癖である。
花が落ちてよい御仏の数が、そのまま分母になる。いま投げようとしているものは、千余に一つ。
だが帳面が繰っているのは、そちらではなかった。二度続けてまんなかに落ちる目である。四百余に一つが、千余に一つと重なる。端は落とした。
四十万に一つ。
香も、堂の声も、いつのまにか遠かった。六月に立ち上がった世界が、頭の内側に押しのけられていた。
帳面が、自分に反問した。
まんなかがどこかを、この身体はもう知っている。六月に、縁からまんなかまでを目で測った。左の指が縁のどこに置かれるかも、もう分かっている。知っている者が、うまくいった動作をもう一度する。それを二度目と呼んでよいか。
放り方も同じだった。大きくは振らない手が花を運べるのは、壇の手前半分である。まんなかのあたりまでは届き、向こうの縁までは届かない。届かない尊は、初めから分母の外だった。
その届く幅を、指で見積もった。同じ手つきでも、指の離れる力は毎度わずかに違う。散らばりは、的の四つ五つを横に並べたほどに広がる。まんなかの一尊は一寸八分ばかりしかない。蕾の頭がどの尊の枠に入るかで、落ちた先は決まる。
そこで、帳面が止まった。
知っている者が再現した、と言うには、この手は散りすぎる。散りすぎる手が、二度当たった。どちらの言い分も、相手を殺していた。
四十万が、崩れた。
十万が万になり、万も残らなかった。千も、怪しかった。
数は正直である。欲しい答えを、出さなかった。
まんなかに落ちた者を、わたくしは存じませぬ。上座の僧は、そう言った。その一言だけが、崩れずにいた。
数える頭は、数の向こう側の証人にされた。
胸の前で、親指が中指の節を押さえたまま止まった。
あの熱い手が、また来た。前より軽い。左の指を、壇の縁に触れさせられた。木の縁は、ぬるかった。指の腹の下に、節がひとつあった。六月にも、あった気がする。掌に花が載せられた。まだ固い蕾だった。
「投ぜよ」
声のあとで、読経が止んだ。
胸の高さから前へ、放った。親指、人差し指、中指の順に離れた。順は、変わらなかった。
今度は、声のあとから、音が戻ってきていた。
突きなおした土の匂いが、下から立った。まだ湿っている。右のうしろで、誰かが唾を呑んだ。左の低いところで、燈明の芯が小さくはぜた。間を置いて、同じところで、もうひとつ。数える耳は、最後の最後まで数えていた。
指を離れたところで、数が尽きた。
音がした。ひとつだけ、方角のない音だった。
間が空いた。長く空いた。それから、老師が声を立てて笑った。笑い声が、途中で咳になった。
咳が止んでから、次の息までが空いた。
「また、まんなかじゃ」
どよめきが起こった。布の下の低い赤が、あちこちで欠けて、また戻った。
布が解かれた。
色は、殴ってこなかった。
輪郭が先に来た。掛け図では掌ほどだった一会が、六尺に伸びていた。大きな囲みの中に、大きな輪がひとつ。その内に、まるいものが五つ。まんなかにひとつ、四方にひとつずつ。その一つ一つの内に、また尊が並んでいる。色は退いて、輪の内は地ごと白く塗り込めてあった。月の輪である。その中心に、自分の蕾を探した。
見つからなかった。白の上に、白が載っていたからである。
目が、そこから外へ出た。囲みと輪のあいだの帯に、数えきれない小さな仏が並んでいた。千余の大半は、そこにいた。輪を四方から取り巻いて、手前にも、向こうにも。
手が、壇の縁へ戻りかけた。六月に指を置かれたのと同じ節目かどうかを、確かめようとしていた。
確かめる前に、その手を引いた。引いた手を、袖の内へ入れた。
縁からひと足下がって、跪かされた。頂へ、二度目の水が来た。六月と同じ数、来た。汗で温まった頭に、六月より冷たく落ちた。うなじを下りる筋の道に、覚えがあった。袖の内で、指がまだ、節を探していた。
*
空海の指に、癖がふたつあった。胎蔵の印を組む癖と、金剛界の印を組む癖と。手に入っている形が、違う。片方から片方へ移るとき、薬指が一拍遅れた。老師はその一拍を見ていて、組みかけの手を上から押さえた。
「同じ手よ」
押さえられた指の下で、遅れていた薬指が、行き先を失った。手が放されても、戻らなかった。
「ふたつを、別々に、持って帰るな」老師は言った。「ふたつで、ひとつじゃ。そなたの名も、そうであろう」
その形を、空海は知っていた。
上半分と、下半分である。
その日から、自分の口から出る梵讃の節が変わって聞こえた。胎蔵の節と金剛界の節が、ひと息の中で続けて出てくる。切れ目のあるはずのところを、耳が通り過ぎた。
幾日かして、あの一拍が来なくなった。胎蔵から金剛界へ、指がそのまま渡った。上から来るはずの手は、老師の膝の上にあった。組み終えてから、いま指が入れたのがどちらの形だったか、思い出さねばならなかった。
*
観法の座である。西明寺の房に戻ってからだった。灯をひとつだけ残した夜で、燈明の油のはぜる音のほかに音がなかった。
息を深くし、教えられた順に内に仏を観ていく。頬に、灯のわずかな熱があった。その熱の、どこまでが灯で、どこからが自分の顔なのか、分からなくなった。すると、境が薄れる。観ている自分と、観られている仏の境が。あの碧の海の上で、額縁を失った世界の中に浮かんでいたとき。あれは、景色のほうが来た。いまは、こちらから入っていける。
途中から、油のはぜる音が聞こえなくなっていた。
*
八月の上旬。残暑の日差しが、伽藍の瓦を白く光らせていた。
三度目の壇の前に立った。伝法阿闍梨位の灌頂である。
この日、初めて師の座の側から曼荼羅を見た。二度とも花の落ちた、あの土の壇である。手前の帯の尊が、こちらへ頭を向けていた。顔は、みな逆さになっている。一月かけて名を言わされた形が、そっくり上下を返していた。中心からこちらへ、尊が開いてくる。
縁からひと足、下がった。言われる前に、膝が折れていた。膝の下の敷き瓦は、六月に素足で踏んだときほど冷たくなかった。
水が来た。瓶は、今度も若い僧が支えていた。傾きだけが老師の手だった。剃った頭の地肌を、ぬるい水が伝って、襟へ落ちた。その筋は、初めから細かった。細いまま、肩まで来た。
そのあとが、前の二度になかった。
肘を取られて、立たされた。膝は遅れてついてきた。細い筋は一所ばかりを濡らして、浄衣の肩がそこだけ吸いきれずにいた。溢れたぶんは、腕を伝って手首まで下りた。瓶を床へ下ろした若い僧は足元に来て、跪き、頭を垂れた。老師が空海の手を取り、前へ、それから下へ運んだ。
その頭の上に、空海の手が置かれた。剃り跡は、まだ新しい。
六月に自分の頭へ置かれた手は、乾いて、熱かった。いま置いている手は、濡れていた。熱いのかどうかは、分からなかった。動いたのは、若い僧の肩だった。
離した手が、下りるのに、ひと呼吸かかった。
老師は何も言わずに一歩、下がった。下がったところで止まった。六月からこちらを引いてきた手が、それきり触れてこなかった。
*
五百人の僧に斎の膳が振る舞われた。費えは空海が出した。
五百という数は、初めから銭袋のほうから出た数である。大足の銭の最後のまとまりを置いて、そこから逆に引いた。帰りの荷の紙代だけを別にして、残りはそれで尽きた。学問と逆じゃの、と笑って寄越した銭だった。
勘定は前の晩に済ませてあった。膳を請け負う店の主が、指を折って読み上げる。米が五石。菜と油と薪。椀は五百、一枚二文で、二日ぶん。一日ぶんで一貫になる。十より上の数が、指の折り方に乗って出てきた。空海は書き取らずに足した。
合計を言うと、主の数と一つぶん違った。異国の僧が算を違えた、という顔だった。
「椀です」
「椀」
「一日で、返します」
「五百を、一日で。洗うて返す寺は、ありません」
市の言葉が、また耳を追い越した。粒で立ったのは、五百と、一日と、洗う。ありません、の一語だけが、そこで速さを落とした。あとは早くて、聞くより指を見た。この店を継いでから一度も、と言っているらしかった。椀の指は、折れたままだった。
「五百人が食います。洗う手も、五百あります」
主は笑って、折った指を一本戻した。
堂の前庭に筵が敷き詰められ、そこが埋まってなお溢れた。伽藍の日陰という日陰に僧が入って、残暑の中に人いきれが立った。大興善寺からも大徳が来ていた。道の埃を落とさぬまま座に着いた者もあった。膳の湯気が軒下まで立ちのぼり、椀の触れ合う音が、読経の始まる前のあいだじゅう、あちこちで鳴っていた。油と胡麻の匂いが、庭の香を押しのけた。筵の向こうで、二十年この寺にいる顔が幾つも、こちらを見ずに椀を持っていた。
空海の前にも膳が置かれた。飯をひと口だけ含んだ。味は、なかった。明日の朝には、この五百を洗って返さねばならない。
老師の前にも膳があった。箸は、湯気の立つあいだ、動かなかった。
その席で、老師が口を開いた。
「――遍照金剛」
四つの音のまんなかで、息を継いだ。継ぎの間に、あの細い鳴りがした。
空海は頭を下げた。下げたまま、四つの音を口の中で一度なぞった。舌が、初めての形につまずいた。
遍く照らす、金剛。
上座の僧が、最初にその名で空海を呼んだ。呼ぶ前に、短く息を吸った。あの引っかかりが、そこにあった。吸った息は、そのまま出た。四字だけを、いつもの短さで。
明日の朝も、空海は寺の隅で幾百の名を呼ぶ。呼ぶ側の名のほうが、ひとつ増えていた。
讃岐の浜の幼い名。捨てて、名のなかった幾年。向こうから来た空と海のあの名。そして、遍照金剛。
五百の読経が起こった。堂で聞く声と違って、壁に当たって戻ってくるものがなかった。どこから出ているのかが、決められなかった。切れ目が、どこにもない。空へ抜けていく一枚の音だった。
*
伝授はなお続いた。だが、幹は渡り終わっていた。枝葉になってから、帰りは日ごとに遅くなった。切り上げる声が、どちらからも出なかった。
海の向こうから来た者が、密の教えの第八の座を継いだ。七つの座を、指で数えた。
房の隅の紙は、もう十日で一寸では済まなくなっていた。冬までの日を、高さで測っていた。
ある日の暮れ、西明寺へ戻る道で、空海はふと立ち止まった。すれ違う幾人かは、もう裏のついた衣を着ていた。坊の門は、目の前だった。
槌の数を、数えていなかった。数えはじめても、いなかった。
暮鼓である。その音の下に、おのれの内のあの窪みがあった。
鳴っていなかった。
浜で書いた字を波に消されたときから、鳴りつづけてきた窪みだ。大学でも、鳴りやまなかった。山で一度、光が満ちた。引いたあとに、また鳴った。海の上でも、鳴っていた。六月の壇の上で、長安に来ていちばん高く鳴った。
満ちて、いた。
鼓はまだ打っていた。立ち止まった僧を避けて、人が足を速めていった。鼓の終わりの数打まで、空海は動かなかった。門の横木が、背中で落ちた。
思い出したのは、掌のほうだった。六月にこちらの頭を熱くした手は、日ごとに軽くなっていく。
手を一度、握った。
耳を澄ませた。息はいつのまにか、あの底まで下りていた。
静けさの奥で、べつのものが、ひとつ鳴っていた。小さくて、遠くて、消えない。
窪みが鳴っていたあいだは、聞こえない音だった。




