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空海の青春 ― 消えた七年  作者: KAMUI
1章 讃岐の麒麟児
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第5話 阿刀大足の家

 長岡の京に入ったのは、夕暮れ近くであった。都はまだ普請の途中で、削られた丘の肌が方々に見えていた。新しい木の香が、大路の風にまじって流れていた。


 川舟を下り、大路に立ったとき、真魚はまた音に呑まれた。牛車の軋み、物売りの声、幾百の足音が石畳の上で重なり、讃岐の浜では一度も聞いたことのない厚みで耳に押し寄せた。夕日が大路の土を赤く染めて、人の影がどれも長く伸びていた。


 牛車ぎっしゃの輪が敷石の上で重くきしむ。物売りの声、行き交う人々の足音、どこかの寺で打たれる鐘。そして、難波でも聞いた普請ふしんつちの音。ここではもっと近く、もっと数多く四方から響いていた。都はまだ造られている途中なのだった。


 大路はまっすぐで、広かった。讃岐の郡には、これほど広い道はない。両側に檜皮葺ひわだぶきの屋根がどこまでも続き、その向こうにまだ新しい木の色をした大きな建物が、いくつも空を区切っていた。


 真魚は歩きながら、その全部を耳と目で拾っていた。拾っても拾っても、終わらない。難波で覚えた胸の高鳴りが、ここではもっと大きくなっていた。これだけの音と、これだけの人と、これだけの建物がある。ならば、この奥のどこかに。


「真魚。ぼんやりするな。はぐれるぞ」


 前を行く阿刀の叔父が振り返って言った。


  *


 叔父に従って大路を折れ、いくつかの小路を抜けた。


 たどり着いたのは、大路ほどの華やかさはないが、よく手入れされた一構ひとかまえの家だった。門をくぐると、叔父はふっと肩の力を抜いたように見えた。


「ここが、わしの家じゃ。今日から、おまえの住む家でもある」


 真魚は改めて叔父を見た。


 讃岐にいたころ、この人はただ「都帰りの叔父」だった。母方の縁者で学問のある人、というだけの。だが都に着いてみれば、それだけの人ではなかった。


 阿刀大足あとのおおたりという。都では名の知れた学者で、のちに伊予親王いよしんのう侍講じこうをも務めることになる人であった。侍講とは、親王に学を講じる役である。讃岐の郡で、旅の僧の経を一巻覚えてみせたくらいで「麒麟児」と呼ばれていた自分が、いかに狭い世界にいたか。真魚はその家の門前で、静かに思い知った。


  *


 家に上がって、真魚は息を呑んだ。


 書物が、あったのだ。讃岐では見たこともない数の。


 壁に沿って棚が組まれ、巻子かんすちつに包まれて、隙間なく並んでいた。一棚や二棚ではない。部屋の壁という壁が、書物で埋まっている。墨と古い紙の匂いが家じゅうに低く満ちていた。夜が更けても、その匂いは薄れることがなかった。


 真魚は棚の一つに、そっと手を伸ばした。指の触れた巻子はひやりと冷たく、軸の木が長い年月で滑らかに艶を帯びていた。誰かが幾度もその軸を握って読んだのだ。讃岐では書物は数えるほどしかなかった。一巻を覚え尽くせば、もう次がなかった。だがここでは、覚え尽くしてもまだ壁いっぱいに続きがある。


「讃岐の比ではあるまい」と大足が言った。


「これを、全部」真魚は訊いた。「叔父上は、お読みに」


「読んだ。幾度もな」大足はこともなげに言った。「だが、読み終えた、とは思うておらぬ」


 真魚にはその言葉が不思議だった。読んだのに、読み終えていない。覚えてしまえば、それで終いではないのか。


  *


 翌日から、薫陶が始まった。


 大足は容赦のない師だった。


 まず一巻を真魚に読ませた。讃岐で覚えた漢籍の一つだ。真魚はすらすらと、一字もたがえずしてみせた。讃岐なら、これで大人たちは目を丸くした。


 だが大足は最後まで聞いて、ひとこと言った。


「覚えておるな。だが、読めてはおらぬ」


 真魚は顔を上げた。


「いま、おまえは音をなぞっただけじゃ。この一句が何を言うておるか、なぜここでこの字が選ばれたか。問うてみたか。問うておるまい。覚えるのと、するのは、違う」


 その言葉は、真魚の胸のいつものくぼみのすぐ隣に落ちた。母の「身に宿す」が置かれている、あの場所のすぐ隣に。


  *


 ある朝、大足は一巻の冒頭を真魚に読ませた。論語であった。


「学びて時に之を習う、よろこばしからずや」


 真魚はよどみなく誦した。幼いころから幾度も口にしてきた一句だ。


「その『習う』とは、何じゃ」と大足が訊いた。


「覚えること、かと存じます」


「違う」大足は即座に言った。「『習』の字を見よ。羽に、はくひなが幾度も幾度も羽ばたいて、やがて飛ぶようになる。あの、繰り返し身につけることを言う。覚えるのではない。身につけて、おのれの動きにするのじゃ。だからこそ、説ばしい」


 真魚はその一句を見つめた。


 学びて、時に之を習う。幾百遍と諳んじてきたはずの一句が、いま初めて、ちがう顔を見せた。自分はこの句を覚えていた。けれど、この句が言っている当のこと、「習う」ということそのものをついぞしたことがなかった。覚えた句はいつも、覚えた途端にすり抜けていった。身につくということが、自分にはまだ一度も起きていない。


 覚えるのと、身につけるのとは違う。母が「身に宿す」と言ったのも、こういうことの一端であったろうか。


  *


 大足の教えは厳しかった。


 一句を読むたびに問われた。これはどういう意味か。なぜこの語か。いにしえの誰が、どういう時にこれを書いたか。真魚が音で覚えたものを、大足は片端から意味へと割って見せた。割られてみると、真魚が「覚えていた」はずの一句はその底に、覚えただけでは見えぬ広がりをいくつも隠していた。


 覚えるだけでは足りぬ。


 大足が讃岐の浜の夜に言った、あの言葉。それがここでは毎日、目の前で証されていった。


 数日のうちに、真魚はひとつのことに気づいた。


 覚えることは相変わらず、いくらでもできる。大足が見せる新しい書も、一度でそらんじてしまう。それは大足をもわずかに驚かせた。だが大足は、決してそれを手放しでは褒めなかった。


「おまえの覚えのよさは、たしかに尋常ではない」とある日、大足は言った。「だが、真魚。覚えるのは、入口じゃ。解しておのれのものとし、いつかおのれの文をつづり、おのれの言葉で人を動かす。そこまで行って、初めて学問じゃ。覚えるだけの者はいくら覚えても、書物の門前に立っておるにすぎぬ」


 真魚ははっとした。経を諳んじるのは、入口にすぎませぬ。いつかの夜、仏間で母が言った言葉と、同じ形をしていた。仏間の母と、書物の山の大足と。まるで違う場所にいる二人が、同じところを指していた。


  *


 都での日々が過ぎていった。


 讃岐では、真魚はどこへ行っても「麒麟児」だった。だが都では、誰も彼を知らなかった。大足の家に身を寄せる、讃岐から出てきた少年。それだけだった。


 不思議と、それは息がしやすかった。郡じゅうの目に「宝」として見られる、あのまぶしさからひとまず逃れられたからだ。家の名の重荷だけは肩に積まれたまま、ついてきている。それでも真魚は無名のなかで初めて、ただ一人の学ぶ者になれた気がした。


 そして学べば学ぶほど、世界は奥行きを増した。書物の海は底が見えない。覚えたその先に、解すべきものがまだいくらでもあった。


 だが、と真魚はある夜思った。


 解するということにも底はあるのか。解する者は、創る者は、ついに満たされるのか。それともそこにも、あの窪みが口を開けて待っているのか。


 分からなかった。確かめるには、もっと奥まで行くしかない。


  *


「真魚」とある日、大足が言った。「きたる年、大学寮のこころみを受けよ」


「大学寮」


「諸国の俊才が集う、官人の登竜門じゃ。讃岐の神童などという呼び名は、あそこでは通らぬ。おまえのような者が、いくらでもおる」大足は真魚の目を見た。「だが、おまえがほんとうに、覚えるだけでは足りぬ場所を探しておるなら。まずは、そこをくぐってみることじゃ」


 真魚は頷いた。


 その夜、寝床で真魚は都の音を聞いていた。牛車の軋み、遠い鐘、まだ続く普請の槌。讃岐の潮の音は、もうどこにもない。夜気の底には、どこかの灯の油の匂いがかすかに漂っていた。


 代わりにここには、覚えきれぬほどの書物と、覚えても掴めぬ何かがある。


 少年はその音のひとつひとつを、いつものように内に焼き付けながら思った。


 まだ、入口だ。覚えるのも解するのも、きっと入口にすぎない。母が「宿す」と言い、大足が「学問」と言う、その奥へ行ってみよう。


 そこに、いつもの窪みを埋めるものがあるのか。ないのなら、行けるところまで行くしかない。讃岐の浜で問いを立てた少年はいま、都の書物の海の前にひとり立っていた。


 長岡の京の夜は、更けてもなお音に満ちていた。

【あとがき】


 最後まで読んでいただきありがとうございました。


 第5話で、ずっと「阿刀の叔父」とだけ呼んできた人に、ようやく名前が出ます。阿刀大足。史実でも、空海が上京して最初に学んだ、母方の叔父にあたる学者です。のちに伊予親王の侍講を務める人で、この縁は、ずっと後年の空海にも、静かに影を落とすことになります。


 讃岐では「麒麟児」だった真魚が、都では無名の一人になる。これは、つらいことのはずなのに、彼にとっては少し「息がしやすい」ことでもありました。期待のまぶしさから、ひとまず逃れられたからです。


 そして、書きたかったのは、母と大足が、まるで違う場所で、同じことを言う瞬間でした。仏間の母の「諳んじるのは、入口にすぎませぬ」。書物の山の大足の「覚えるのは、入口じゃ」。覚えることの先に何があるのか。仏道と学問の、両側から同じ問いを差し出されて、真魚はようやく、その「奥」を目指し始めます。次話、いよいよ大学寮の門をくぐります。

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