第5話 阿刀大足の家
長岡の京に入ったのは、夕暮れ近くであった。都はまだ普請の途中で、削られた丘の肌が方々に見えていた。新しい木の香が、大路の風にまじって流れていた。
川舟を下り、大路に立ったとき、真魚はまた音に呑まれた。牛車の軋み、物売りの声、幾百の足音が石畳の上で重なり、讃岐の浜では一度も聞いたことのない厚みで耳に押し寄せた。夕日が大路の土を赤く染めて、人の影がどれも長く伸びていた。
牛車の輪が敷石の上で重く軋む。物売りの声、行き交う人々の足音、どこかの寺で打たれる鐘。そして、難波でも聞いた普請の槌の音。ここではもっと近く、もっと数多く四方から響いていた。都はまだ造られている途中なのだった。
大路はまっすぐで、広かった。讃岐の郡には、これほど広い道はない。両側に檜皮葺の屋根がどこまでも続き、その向こうにまだ新しい木の色をした大きな建物が、いくつも空を区切っていた。
真魚は歩きながら、その全部を耳と目で拾っていた。拾っても拾っても、終わらない。難波で覚えた胸の高鳴りが、ここではもっと大きくなっていた。これだけの音と、これだけの人と、これだけの建物がある。ならば、この奥のどこかに。
「真魚。ぼんやりするな。はぐれるぞ」
前を行く阿刀の叔父が振り返って言った。
*
叔父に従って大路を折れ、いくつかの小路を抜けた。
たどり着いたのは、大路ほどの華やかさはないが、よく手入れされた一構えの家だった。門をくぐると、叔父はふっと肩の力を抜いたように見えた。
「ここが、わしの家じゃ。今日から、おまえの住む家でもある」
真魚は改めて叔父を見た。
讃岐にいたころ、この人はただ「都帰りの叔父」だった。母方の縁者で学問のある人、というだけの。だが都に着いてみれば、それだけの人ではなかった。
阿刀大足という。都では名の知れた学者で、のちに伊予親王の侍講をも務めることになる人であった。侍講とは、親王に学を講じる役である。讃岐の郡で、旅の僧の経を一巻覚えてみせたくらいで「麒麟児」と呼ばれていた自分が、いかに狭い世界にいたか。真魚はその家の門前で、静かに思い知った。
*
家に上がって、真魚は息を呑んだ。
書物が、あったのだ。讃岐では見たこともない数の。
壁に沿って棚が組まれ、巻子が帙に包まれて、隙間なく並んでいた。一棚や二棚ではない。部屋の壁という壁が、書物で埋まっている。墨と古い紙の匂いが家じゅうに低く満ちていた。夜が更けても、その匂いは薄れることがなかった。
真魚は棚の一つに、そっと手を伸ばした。指の触れた巻子はひやりと冷たく、軸の木が長い年月で滑らかに艶を帯びていた。誰かが幾度もその軸を握って読んだのだ。讃岐では書物は数えるほどしかなかった。一巻を覚え尽くせば、もう次がなかった。だがここでは、覚え尽くしてもまだ壁いっぱいに続きがある。
「讃岐の比ではあるまい」と大足が言った。
「これを、全部」真魚は訊いた。「叔父上は、お読みに」
「読んだ。幾度もな」大足はこともなげに言った。「だが、読み終えた、とは思うておらぬ」
真魚にはその言葉が不思議だった。読んだのに、読み終えていない。覚えてしまえば、それで終いではないのか。
*
翌日から、薫陶が始まった。
大足は容赦のない師だった。
まず一巻を真魚に読ませた。讃岐で覚えた漢籍の一つだ。真魚はすらすらと、一字も違えず誦してみせた。讃岐なら、これで大人たちは目を丸くした。
だが大足は最後まで聞いて、ひとこと言った。
「覚えておるな。だが、読めてはおらぬ」
真魚は顔を上げた。
「いま、おまえは音をなぞっただけじゃ。この一句が何を言うておるか、なぜここでこの字が選ばれたか。問うてみたか。問うておるまい。覚えるのと、解するのは、違う」
その言葉は、真魚の胸のいつもの窪みのすぐ隣に落ちた。母の「身に宿す」が置かれている、あの場所のすぐ隣に。
*
ある朝、大足は一巻の冒頭を真魚に読ませた。論語であった。
「学びて時に之を習う、亦た説ばしからずや」
真魚はよどみなく誦した。幼いころから幾度も口にしてきた一句だ。
「その『習う』とは、何じゃ」と大足が訊いた。
「覚えること、かと存じます」
「違う」大足は即座に言った。「『習』の字を見よ。羽に、白。雛が幾度も幾度も羽ばたいて、やがて飛ぶようになる。あの、繰り返し身につけることを言う。覚えるのではない。身につけて、おのれの動きにするのじゃ。だからこそ、説ばしい」
真魚はその一句を見つめた。
学びて、時に之を習う。幾百遍と諳んじてきたはずの一句が、いま初めて、ちがう顔を見せた。自分はこの句を覚えていた。けれど、この句が言っている当のこと、「習う」ということそのものをついぞしたことがなかった。覚えた句はいつも、覚えた途端にすり抜けていった。身につくということが、自分にはまだ一度も起きていない。
覚えるのと、身につけるのとは違う。母が「身に宿す」と言ったのも、こういうことの一端であったろうか。
*
大足の教えは厳しかった。
一句を読むたびに問われた。これはどういう意味か。なぜこの語か。古の誰が、どういう時にこれを書いたか。真魚が音で覚えたものを、大足は片端から意味へと割って見せた。割られてみると、真魚が「覚えていた」はずの一句はその底に、覚えただけでは見えぬ広がりをいくつも隠していた。
覚えるだけでは足りぬ。
大足が讃岐の浜の夜に言った、あの言葉。それがここでは毎日、目の前で証されていった。
数日のうちに、真魚はひとつのことに気づいた。
覚えることは相変わらず、いくらでもできる。大足が見せる新しい書も、一度で諳んじてしまう。それは大足をもわずかに驚かせた。だが大足は、決してそれを手放しでは褒めなかった。
「おまえの覚えのよさは、たしかに尋常ではない」とある日、大足は言った。「だが、真魚。覚えるのは、入口じゃ。解しておのれのものとし、いつかおのれの文を綴り、おのれの言葉で人を動かす。そこまで行って、初めて学問じゃ。覚えるだけの者はいくら覚えても、書物の門前に立っておるにすぎぬ」
真魚ははっとした。経を諳んじるのは、入口にすぎませぬ。いつかの夜、仏間で母が言った言葉と、同じ形をしていた。仏間の母と、書物の山の大足と。まるで違う場所にいる二人が、同じところを指していた。
*
都での日々が過ぎていった。
讃岐では、真魚はどこへ行っても「麒麟児」だった。だが都では、誰も彼を知らなかった。大足の家に身を寄せる、讃岐から出てきた少年。それだけだった。
不思議と、それは息がしやすかった。郡じゅうの目に「宝」として見られる、あのまぶしさからひとまず逃れられたからだ。家の名の重荷だけは肩に積まれたまま、ついてきている。それでも真魚は無名のなかで初めて、ただ一人の学ぶ者になれた気がした。
そして学べば学ぶほど、世界は奥行きを増した。書物の海は底が見えない。覚えたその先に、解すべきものがまだいくらでもあった。
だが、と真魚はある夜思った。
解するということにも底はあるのか。解する者は、創る者は、ついに満たされるのか。それともそこにも、あの窪みが口を開けて待っているのか。
分からなかった。確かめるには、もっと奥まで行くしかない。
*
「真魚」とある日、大足が言った。「来る年、大学寮の試を受けよ」
「大学寮」
「諸国の俊才が集う、官人の登竜門じゃ。讃岐の神童などという呼び名は、あそこでは通らぬ。おまえのような者が、いくらでもおる」大足は真魚の目を見た。「だが、おまえがほんとうに、覚えるだけでは足りぬ場所を探しておるなら。まずは、そこをくぐってみることじゃ」
真魚は頷いた。
その夜、寝床で真魚は都の音を聞いていた。牛車の軋み、遠い鐘、まだ続く普請の槌。讃岐の潮の音は、もうどこにもない。夜気の底には、どこかの灯の油の匂いがかすかに漂っていた。
代わりにここには、覚えきれぬほどの書物と、覚えても掴めぬ何かがある。
少年はその音のひとつひとつを、いつものように内に焼き付けながら思った。
まだ、入口だ。覚えるのも解するのも、きっと入口にすぎない。母が「宿す」と言い、大足が「学問」と言う、その奥へ行ってみよう。
そこに、いつもの窪みを埋めるものがあるのか。ないのなら、行けるところまで行くしかない。讃岐の浜で問いを立てた少年はいま、都の書物の海の前にひとり立っていた。
長岡の京の夜は、更けてもなお音に満ちていた。
【あとがき】
最後まで読んでいただきありがとうございました。
第5話で、ずっと「阿刀の叔父」とだけ呼んできた人に、ようやく名前が出ます。阿刀大足。史実でも、空海が上京して最初に学んだ、母方の叔父にあたる学者です。のちに伊予親王の侍講を務める人で、この縁は、ずっと後年の空海にも、静かに影を落とすことになります。
讃岐では「麒麟児」だった真魚が、都では無名の一人になる。これは、つらいことのはずなのに、彼にとっては少し「息がしやすい」ことでもありました。期待のまぶしさから、ひとまず逃れられたからです。
そして、書きたかったのは、母と大足が、まるで違う場所で、同じことを言う瞬間でした。仏間の母の「諳んじるのは、入口にすぎませぬ」。書物の山の大足の「覚えるのは、入口じゃ」。覚えることの先に何があるのか。仏道と学問の、両側から同じ問いを差し出されて、真魚はようやく、その「奥」を目指し始めます。次話、いよいよ大学寮の門をくぐります。




