第57話 長安の師たち
年が明けた。
唐の暦の新しい年である。長安に春が来た。城壁の内の百万の屋根の上に、黄砂まじりの、けれども確かに緩んだ風が渡りはじめていた。坊の塀の際で、名も知らぬ木が小さな芽を吹いていた。
その正月、朝賀は行われなかった。天子が病んでおられるという。
拝謁は年の暮れのうちに済んでいた。宮城の大殿の床は鏡のように磨かれ、衣の裾の音まで拾った。潮に朽ちた官服で浜に立った男たちが、天子の前に列を成した。福州の柵の内からここまでの道の、ひとつの果てだった。
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果てはしかし、別れの始まりだった。大使の一行は春のうちに帰る。
使いの務めは済んだ。あとは皇帝の返書と賜り物を携えて、来た道を海まで戻るだけである。福州の船がそのために繋がれて待っている。
通訳が発つ前の夜、西明寺の空海の房を訪ねてきた。
「とうとう行くぞ、御坊」通訳は房の隅に腰を下ろした。「都は喪じゃ。先帝が崩じられての。正月の、二十日過ぎよ」
その報せは西明寺にも届いていた。三代にわたって密の教えの阿闍梨を師と仰いだ帝の、その二人目が逝ったのである。新しい帝もまた、同じ阿闍梨を師と仰ぐという。三人目の代が始まっていた。
「お世話になりました。船の倉からこの都まで、あなたの唐語がなければ、私はいまごろどこの浜で朽ちていたか」
「よさんか」通訳は笑って手を振った。それから灯を、二人の間へ寄せた。「ええか。もう一度だけ言うとくぞ。あんたの唐語はもう、わしより上よ。じゃがの、上手の唐語ほど危ない。書物の唐語で止まるな。市で磨け。生きた言葉は市にある」
「市で、磨きます」
「それとの」通訳は懐から小さな包みを出した。「餞じゃ。長安のいちばんの筆よ。あんたの筆はこの国であんたを生かす。福州でそうじゃった。これからもそうじゃ」
空海はその筆を両手で受けた。軸は細く、穂は針のように締まっていた。
言葉が信を得られぬ浜で言葉の全部を注いだ、あの夜のことをこの男は見ていた。灯の油が尽きかけるまで、二人は話した。
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若い留学生とは市の書物の区で別れた。
彼は別の寺に寄宿して学ぶ。学ぶものが違う。道が分かれる。二人はあの経巻の溢れた棚の前にもう一度立った。二十年でも汲み尽くせないと言い合った、あの場所である。棚の墨の匂いは、冬の初めと変わらなかった。
「先に汲みはじめます」
若者が言った。船酔いに倒れ、山の薬で救われたあの若者である。声が大陸の一冬を越えて太くなっていた。
「私も汲みます。汲み方を見つけたら報せに来ます。同じ都の中です」
若者は少し黙ってから言った。
「約束、ですよ」
「あのときは、やめておく、と」
「言い直します」若者は笑った。「船は、下りました。もう、言います。約束、です」
「約束です」
若者は頭を下げ、人の渦の中へ歩いていった。振り返らなかった。空海はその背が渦に紛れて見えなくなるまで見ていた。市の売り声が、やがてその足音を呑んだ。
道中の三人が、それぞれの持ち場へ散った。
*
西明寺に落ち着いて、空海は長安の師たちを訪ねはじめた。西明寺は広く、房の窓から槐の古木が見えた。
使節が発つと、届けの相手は寺になった。朝に出るときは寺の帳に行き先を記す。紙の国の作法は、坊の内でも変わらない。
この都には万巻の書と百人の師がいた。名の高い寺を順に訪ねた。経の講義を聴いた。論の座に連なった。分からぬところを問うた。朝に出て、日の暮れた坊門の閉まる前に帰る日々だった。
経を一度で覚える耳と頭は、この世界の都でも通用した。
いや、通用するどころではなかった。師たちが驚いた。一度講じた経をそのまま返す。問いは経のいちばん深いところを突く。海の向こうの島から来た痩せた僧が、長安の学僧の幾年ぶんかを幾月で汲んでいく。書物の区のあの万巻のいくらかが、順に空海の内に蔵われていった。
汲めた。
いくらでも汲めた。
だが――満ちなかった。
空海はある夜、西明寺の房でそのことに気づいた。灯の下で、掌をしばらく見ていた。夜気が窓から入って、灯の火を細くしていた。
汲めるのに、満ちない。讃岐の浜で覚えた字を波に消されて以来、七年の山でも消えなかった、あの窪みである。
一度、大きな寺の論の座で名だたる学僧と経の解釈を争ったことがあった。
「その一句、どの本に拠られる」
空海が問うと、学僧は書名を挙げた。空海はその巻の、その紙の、前後の文を続けて誦した。座が静まった。誦し終えてから、静かに言った。
「その本は、そこで切れておりません。切らずに読めば、貴僧の説とは逆になります」
「異国の僧が、経の、その紙の順まで諳んじると申すか」
「諳んじております。お確かめください」
学僧は本を取り寄せさせた。取り寄せて、開いて、それから顔を上げた。
「文は、そのとおりだ」学僧は言った。「だが、われらはそこで切って読む。切って読めと教えた師がある。その師は、切らずに読んで迷うた者を三人、看取っておられる」学僧はそこで息を継いだ。「貴僧の読み方が正しい。わしは、その正しさを弟子に渡す気には、なれぬ」
座はどよめいた。若い僧たちが後ろの席で首を伸ばした。
だが勝った夜、房に戻ると、あの空しさがそこにあった。餞の筆を行李から出して、机に置いた。置いたまま、何も書かなかった。
あの国の都で詩会の博士を唸らせた夜と同じ空しさだった。言葉で勝てる。勝ったそばから、掌がからになる。三教指帰を書いた男が、知らぬはずはなかった。
言葉で説かれる教えの果てまで行っても、届かないものがある。
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梵語がその予感を確かめさせた。
天竺から経を持って来た訳経の僧がいた。歳は空海よりずっと上。肌の色が濃く、目の彫りが深かった。空海は乞うて、そのもとで梵字を習いはじめた。経のもとの言葉である。唐の僧が読む経はみな、天竺の言葉から漢語に訳されたもの。その訳される前の音を習うのだった。僧の誦す音は低いのに、房の外まで通った。昼を過ぎると、房の白い壁を窓の光が斜めに移っていった。
声の高低が意味を運ぶ。その唐語の作法の、さらに奥だった。
梵語は音そのものが意味の器だった。ひとつの音がひとつの真理の種を孕んでいる。阿という、口をひらいて出すいちばん初めの音。その一音が万物の初めを指すという。口の形と舌の置き所を、僧は何度でも直させた。顎に手を当てられ、舌の位置を指で示された。字は目で習うが、この音は身体で習うのだった。音を正しく立てることが、そのまま意味を立てることになる。
潮を数え、谷の響きを聞き分け、翁の節を蔵い、うねりを読んだ耳が粟立った。
これだ、と耳が言った。
名の経が言葉の通じぬ者の耳にも死者にも届く理由が、ここにあった。音は意味を器のまま運ぶ。訳を経ない。だから国境を越える。海の底にも砂漠にも届く。空海が七年、声だけでやってきたことの裏づけが、天竺の言葉の中にあったのだった。
だが、梵字もまた入口だった。
文字を習い、音を立てられるようになるほど、空海には分かった。この音の向こうに、まだ何かがある。音は器である。器の中身が要る。文字と音の、そのさらに向こう。そこにあの窪みを埋めるものがあるはずだった。
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師たちの口から繰り返し、ひとつの名が出た。
初めは梵語の僧が言った。
次は経の講義の座だった。講じていた老僧が、密の教えの名を挙げる列の途中でふと黙り、それから列を先へ進めた。挙げなかった名がひとつあったことに、座の誰も触れなかった。
三度目は別の寺の廊だった。若い学僧が声をひそめて言った。あの方の名は、軽く出すものではありません、と。
青龍寺の恵果。
金剛界と胎蔵界。密の教えの二つの流れを一身に統べる、ただ一人の阿闍梨だという。皇帝が三代にわたって師と仰いだ人。
その名を口にするとき、師たちの声の色が変わった。
「あの方の法はな」と梵語の僧は言った。「経には、ない。書には、写せぬ。わしが天竺から経を幾巻担いで来ても、あの方の持つものの写しにもならぬ。あれは文字にならぬのだ」
「じゃが、な」と僧は声を落とした。「あの方はもう長くない。老いて病んでおられる。……そして、伝える弟子がおらぬ。両部をまるごと受け取れる器が、この長安にひとりもおらぬのだ」
僧は誦しかけていた経の紙を、指で押さえたまま止めた。
「わしも、門を叩いた。まだ壮んな時分にな」
それきり黙った。空海も待った。
「三日、通うた。四日目に、取次の僧が出て来て、和尚は今日もお会いにならぬ、と言うた。……それだけよ。理由は、聞いておらぬ」
伝える器がない。抱えたまま逝く。
その言葉を空海は胸の底で二度聞いた。渡すものを持つ者と、受け取るものを求める者。片方は老いて、都の東南の寺にいる。まだ会ってもいないのだった。
文字にならぬもの。書には写せぬ教え。
空海の内の窪みが鳴った。文字にならぬのなら、あの書物の区のどの棚にもないはずだった。汲んでも満ちなかった月日と、それなら辻褄が合うのだった。
ここまでが長安で師を訪ねた日々である。
老いた男は筆を少し休める。硯の墨がもう冷えている。窪みのことを、どう書けば書き過ぎにならぬかを、しばらく考えている。
*
ある朝、空海は西明寺を出た。
朝いちばんの名の経を読んでから出た。室戸の名。船の名。福州の浜の名。大陸の砦の名。そして、いまも生きて福州の船を守っているはずの、あの水夫の名を。房の窓の槐の枝で、鳥が短く鳴いた。声は砂気の残る朝の風に乗って出ていった。
それから青龍寺への道を歩いた。
春の道は乾いて、靴の下で砂が小さく鳴った。大路の柳は芽吹きを終えて、朝の人出が坊門から流れ出していた。市の立つ坊を過ぎるとき、売り声がひとつ耳をかすめた。書物にない言い回しだった。空海はそれを蔵って歩いた。荷車が轍の音を立てて追い越していった。
都の東南の一角に、その寺はあった。
門は大きかった。だが、長安のどの門よりも静かに見えた。空海はその門の前に立った。門の内から、香の匂いがかすかに流れてきた。
門の内は、音がなかった。都じゅうが鳴っている中で、そこだけ音が退いていた。
口の中で、いつもの最初の一音が立った。習ったばかりの、口をひらいて出す音である。立てるつもりはなかった。身体が先に鳴らしたのだった。その音は門の内へ入って、返ってこなかった。
七年、山で。三十四日、海を。二千里、陸を。そしてこの都で幾月。その男が、いまひとつの門の前に立っていた。
窪みが、鳴っていた。
これまででいちばん深く。




