第56話 世界の都
城壁は近づくほどに空を塞いでいった。
十二月の二十一日、一行は長安の東の門に着いた。門の前で都からの迎えが待っていた。宮中の厩の馬が二十三頭と一頭。日本国の使節を皇帝の馬が迎えるのである。潮に朽ちた官服で浜に立った日から数えて四月あまり。あの浜の書と二千里の道の果てに、この馬がいた。冬の朝で、馬の息も人の息も白かった。
門をくぐった。
くぐり終わるのに時間がかかった。門は洞だった。城壁の厚みを馬の脚で幾歩も行くのである。洞の中は暗く冷たく、頭上に積まれた土の重さが肌で分かった。蹄の音が壁と天井に当たって幾重にも返り、一行ぶんの音が百人ぶんに聞こえた。人の作る影に山の洞と同じ深さがあるとは知らなかった。洞の奥からは、外の光より先に街の音が届いた。
洞を抜けると、待ちかまえていた光がいちどきに来た。
そして門の向こうに、世界が、あった。
*
道の向こう側が遠かった。
大街の幅は百歩あるという。向こう側の坊の壁と、その上に出た屋根が、川の対岸のようにあった。その大街がまっすぐに視界の果てまで引かれていた。果てに皇城の楼門が冬の靄の中に浮かんでいた。道の両側には槐の並木。並木の内側を人と馬と車と駱駝が幾筋もの流れになって行き交っていた。冬の低い日が坊の屋根の瓦を光らせ、道の砂を薄く金にしていた。
駱駝である。
書物の中の獣が瘤に絹の荷を載せて目の前を歩いていた。牽いているのは彫りの深い、目の青い男だった。胡人である。その後ろを黒い肌の従者を連れた商人が過ぎた。羊の帽子の男たちが過ぎた。鼻の高い、鬚の赤い男が過ぎた。世界のすべての顔がひとつの街にあった。
「人が百万、住んどるそうな」通訳が馬上で言った。「坊が百十。そのうちのふたつが、東と西の市よ」
都が丸ごとで、日本の都を十ほども束ねた人を抱えている。日本の都がこの都の写しとして造られたことは知っていた。写しと本物の違いがいま全身に来ていた。写しは器だけを写す。この中身の渦は写せない。
そして、音だった。
車輪の轟き。駱駝の鈴。売り声。呼び声。子どもの歓声。楽の音。誦経の声。そして、言葉、言葉、言葉。唐語だけではなかった。耳が聞き分けた。あれは違う言葉だ。あれも違う。胡の言葉。波斯の言葉。天竺の言葉らしい、あの回る音。幾十の言葉が同時に市の空気を満たしていた。どの言葉も互いを咎めずに、同じ雑踏の中で鳴っていた。
帳面が頁をめくる間も惜しんで貪りはじめた。
潮の満ち干を数えた耳。谷の響きを聞き分けた耳。翁の千年を蔵った耳。三十四日の海のうねりを読んだ耳。その耳の前に、いま、汲みきれない量が来ていた。世界が音になって流れ込んでくる。二十年かけても汲み尽くせない。器の大きさまで汲めばいい。あの海の上で若者に言った言葉がおのれに返ってきた。馬の背の上で、しばらく瞬きを忘れていた。
馬を並べた通訳が掠れた声で言った。
「……三度目でもよ、御坊。この門だけは慣れんのじゃ」
若い留学生が馬上で泣いていた。
泣きながら笑っていた。誰も咎めなかった。大使の目にも光るものがあった。柁の折れた船でこの都の名だけを頼りに浮いていた男たちだった。馬の列は、しばらく誰も口をきかずに大街を進んだ。
*
宿舎は東の市に近い坊の官宅だった。土の匂いの残る広い院子に、冬の日が斜めに差していた。
夕刻、その屋根の下に荷を解いたときだった。
音が来た。
太鼓である。深く重い、大きな太鼓の音が宮城の方角から来た。一打。また一打。すると、それに応えて近くの坊の楼から太鼓が鳴りはじめた。さらにその向こうの坊からも。音が波になった。宮城から都の果てへ。太鼓の波が屋根の海を渡っていくのである。院子の隅に繋がれたままの馬が、耳を伏せた。日ごとに聞いている都の鳥は、飛び立ちもしなかった。
暮鼓だった。日暮れを告げ、坊の門を閉じさせる都の太鼓である。数百打、打たれるという。音の減っていく速さで、都の広さが知れた。
その波に鐘が和した。
諸寺の鐘である。ひとつ、ふたつ。数えるそばから増えた。近くの鐘、遠くの鐘。高い鐘、腹に響く鐘。百を越える寺があるという。その鐘が暮鼓の波の上に次々と乗った。都の底から音が湧いた。屋根という屋根、壁という壁が鳴りを返した。
都が鳴っていた。
空海は宿舎の庭に立ち尽くした。
遠い日、都の鐘を数えたことがあった。聞こえるかぎりの鐘を数えて、都の広さを耳で測った。あのときの都の鐘は両手の指で足りた。いま耳は、数え始めて、すぐに放棄した。数える音ではなかった。これは海だった。音の海である。谷の響きはひとつの声を山が返すものだった。この海は百万の営みの音を都がまるごと鳴らしていた。
人の作る音の果てが、ここにあった。
耳はその海を数えずにまるごと蔵った。窪みが器になったあの朝の作法で受けた。一杯になった。一杯になって、まだ受けた。器は溢れるためにもあるのだった。
*
数日ののち、空海は市へ出た。
大使の許しを得、館の吏がひとり付いた。私用の外出は届けを出すのが決まりである。紙の国は、都の内でも紙で動いていた。通訳と若い留学生が一緒だった。東の市は街の中のもうひとつの街だった。香料の匂いと薬の匂いと革の匂いが、区画ごとに入れ替わった。二百二十の業種の店が区画ごとに並んでいるという。絹の区。薬の区。書物の区。その書物の区の前で四人とも足が止まった。棚から溢れた経巻と書物の量は、日本の国のすべての寺の蔵を合わせたよりも多いように見えた。紙と墨の匂いが道まで溢れていた。
「……ここだけで二十年、要りますね」
若い留学生の、声だけが先に出た。
だが、その日の目当ては書物ではなかった。空海は通訳に頼んで聞き回ってもらった。この市でいちばんうまい湯餅の店はどこか。店の者に聞き、客に聞き、荷運びの男に聞いた。答えは割れた。三軒目に聞いた老人がいちばん自信のある顔で路地の奥を指した。
路地は狭くうす暗く、それでも匂いが先に迎えに来た。
小さな店だった。
湯気が店ごと包んでいた。竈の上の大鍋で湯がたぎっていた。主が練った粉を手で千切っては湯に落とした。手の速さに迷いがなかった。椀に汁と千切られた餅。刻んだ葱と香辛。
注文は、空海が自分の唐語で言った。
四つ。それだけの言葉である。主は手を止めずに顎で奥の卓を指した。通じたのだった。通訳は横で黙っていた。市で磨け、と言った男は、口を出さずに聞いていた。
熱い椀が来た。椀の縁まで湯気が満ちていた。
湯気の向こうで通訳が笑った。
「御坊。約束の湯餅じゃ」
食った。
生地は噛むと粘って押し返した。汁は骨の出汁が深かった。葱と香辛がその上で鳴っていた。三十四日の海と五十日の浜と二千里の道の先の一杯だった。館の吏も黙って椀を空けた。若い留学生は椀に顔を埋めていた。うまい、と言う声が椀の中で籠って聞こえた。
空海は食い終えて椀を置いた。
それから立ちのぼる湯気の中へ、静かにひとつの名を呼んだ。
福州のあの水夫の名である。
湯気が揺れてのぼって消えた。店の主が顔を上げて何か問うた。誰か呼んだか、という顔だった。
空海が答えた。連れです、と。唐語である。主は待った。それだけでは足りない顔だった。通訳が引き取って続けた。遅れて来る者の名です、と。主は笑って、鍋のほうへ戻った。
返事はなかった。
要らなかった。福州の水路のほとりで修理の成った船を守っている男の耳に届いたかどうかは、誰にも分からない。届くと決めて呼んだ。それがあの帳面の作法だった。
「うまかったのう、と言うとるじゃろ、いまごろ」
通訳が椀の底の汁を飲み干して言った。
*
年の暮れの夜、空海は宿舎の庭に出た。
凍った夜気の中に都の灯があった。風のない夜だった。吐く息が白く立って、すぐに闇に溶けた。炭を焚く匂いが、坊の壁を越えて低く流れていた。坊の壁越しに、屋根の連なりの上の灯の照り返しが低い雲まで届いていた。百万の人の百万の灯である。世界でいちばん多くの灯がいま、この壁の内に点っていた。灯のひとつひとつの下に、湯気と飯と人の声があるはずだった。
その灯の海を見ながら思った。
百万の灯があった。その全部を合わせても――届かない灯が海の向こうにひとつあった。昼の日なかに点された、あの一つの灯である。どこの海の上でも聞いている、と言った声と共に。二千里の陸と三十四日の海のさらに向こう。灯は見えない。見えないままで点っている。確かめられないままで信じる。七年の山が教えた信じ方は、世界の都の真ん中でも同じだった。
空海は庭の凍った土の上で、東に向かって少しの間、目を閉じた。
それから房に戻り、経を誦した。名の帳面の全部の名を。室戸の名。船の名。浜の名。砂漠の名。声は低く、世界の都の年の暮れの夜に回った。誦し終えても、都はまだ遠く鳴っていた。
ここまでが渡りの章である。
老いた男は筆を止める。八十四たび回る書のその回り道の上で、いま若い男は世界の都の壁の内に立っている。求めるものはこの壁の内のどこかの寺にある。壁の内は広く、若い男の足は、どの坊へ向かうべきかをまだ知らずにいる。
あの都で私はついに、求めたものに手をかけた。
だが、手放したものの重さもそこで初めて知った。
両方を書く。それがこの書の約束である。年が明ける。唐の暦の新しい年である。物語は世界の都の壁の内へ入っていく。




