第48話 出帆
七月の初めの出帆の朝、四つの船に幣が切られた。
陰陽師が祓を上げ、神官が海の神々に幣を捧げ、船人たちがそれぞれの守り神に頭を垂れた。切られた幣の白が、朝の光の中に散った。数百の命と、国の使いの威信と、幾箱もの贈り物を積んだ四つの大船が順に纜を解いた。帆が張られた。南からの風が帆をいっぱいに孕ませた。舷を離れる水の音が、見送りの人々の声を少しずつ遠ざけていく。
空海の耳は、出帆というものの音を初めて聞いた。
纜の解かれる重い音。帆桁の軋み。布が風を孕む、腹の底に響く、どん、という一撃。水夫たちの掛け声が船から船へ渡った。そして、舳先が波を切りはじめる規則正しいあの音。数百人の命を載せた木の船が、生きもののように鳴りながら動き出した。耳がその全部を蔵った。
田浦の岬が遠ざかった。
見送りの人々が、浜でいつまでも手を振っていた。その姿が米粒になり、消え、岬が低くなりやがて陸のすべてが細い線になった。線が消えてからも、舷を離れる者はいなかった。潮の色が、岸の緑を混ぜた色から深い藍に変わっていった。
空海は艫に立って、それを見ていた。
第二船が右手の沖を並走していた。白い帆が朝の光を受けて眩しかった。あの船に、あの疲れた顔の人が乗っている。四つの船は同じ風を受けて、同じ海を渡り始めていた。
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日本は、半日かけて沈んでいった。
初めは、山々の連なりが青い壁のようにあった。それが青い帯になり、帯が切れ切れになり、峰の高いところだけが点々と水平線の上に残った。国というものが目に見える形をしているうちは、まだ離れていなかった。目が繋いでいた。
夕刻、最後の峰が水に沈んだ。
線が消えた。三百六十度、どちらを向いても海と空だけになった。あの額縁の中身が、額を失って世界の全部になった。
二十年、と空海は思った。
次にあの峰々を見るとき、律のとおりなら自分は五十一である。あの水平線の下に、いま全部がある。昼に灯を点した人の、その灯が。白い鬢の師の文机が。讃岐の浜の父母が、山の者たちの煙が、岬の漁師の磯が。見えなくなったものは、水平線の下で続いている。それをこの目は確かめられない。確かめられないままで信じる。七年の山が、その信じ方だけは骨まで教えてくれていた。
声の届かない場所に灯を置き、灯の見えない場所で声を置く。
その言葉のいちばん遠い形が、始まったのだった。夜が来ると、海の上の星は陸で見るより低く、暗い水平線のすぐ上まで降りてきた。
*
船の暮らしは狭かった。
留学の僧の居場所は、船倉の隅の莚一枚である。莚の下では、波が板一枚の近さに鳴っていた。水は配給だった。日に、椀に幾杯。火は限られた竈だけ。数百人の男たちの体臭と、船材の軋みと、波の音が昼も夜も絶えなかった。
夜の船倉は、音の巣だった。
数十人の男たちの寝息といびき。船材が波に軋む間断ない音。誰かの寝言。国に置いてきた女房の名を呼ぶ者がいた。母を呼ぶ若い声もあった。昼は威勢のいい男たちが、夜の眠りの底では、みな誰かの名を呼んだ。空海は莚の上でそれを聞きながら思った。船というものは、名でできている。乗っている者の名と、置いてきた者の名と。
揺れには、驚くほど困らなかった。
室戸の洞で、轟きを骨で聞きながら眠った身体である。船の揺れは、あの轟きの子守歌の続きのようなものだった。うねりが船腹を持ち上げ、下ろす、その周期を骨が勝手に読んだ。読めてしまえば、揺れは敵ではなかった。船板を通して伝わる波の癖は、洞の岩を通して伝わる潮の癖と、根のところで同じだった。
困ったのは、若い留学生のほうだった。
田浦の宿で声をかけてきた、あの若者である。出帆の翌日から船酔いに倒れた。吐き、青ざめ、水も受けつけなくなった。空海は行李から薬の包みを出した。爺の包みと翁の伝えの、山の薬である。腹の据わる根を削って白湯に落とし、少しずつ飲ませた。ひと晩様子を見て、翌日には粥の汁を通した。
「山の、お薬ですか」
起き上がれるようになった若者が訊いた。
「山の人たちの、置き土産です」
空海は答えた。阿波の山の爺と渡りの翁の顔が、椀の湯気の向こうにあった。渡されたものが、海の上で都の若者を生かしていた。渡りものは、渡り続けるのだった。
「唐に着いたら」若者は粥の椀を持ったまま言った。「私にも、その薬の見立てを、教えていただけますか。二十年、あちらで、生きねばなりませんので」
「お教えしましょう。ただし、掘りどきと、干しどきは、山が決めます。唐の山にも、唐の山の暦がある。それは、あちらの山に、教わりなおしです」
若者は笑った。船酔いの抜けきらない顔で、それでも笑った。
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名の経は、船の習わしになっていった。
空海は毎朝、舳先に立ち、帳面の名を経に乗せた。朝の舳先は風が強く、経の声は途切れず沖へ流れた。初めの朝、水夫たちは怪訝な顔で遠巻きに見ていた。何の呪いか、と囁く者もいた。三日目に、老いた楫取が、舵を若い者に預けて近くまで聞きに来た。聞き終えて、楫取は言った。
「坊さま。それは、死んだもんの、名かね」
「海で死んだ人たちの名です。室戸の浜で、預かって参りました」
楫取は、日に灼けた顔の皺を深くした。
「ありがてえ経じゃ。わしは、五十年、船に乗っとるが、海の上でよ、死んだもんの名ぁ、呼んでくれる坊さまは、初めてじゃ」
その日の夕、楫取がまた来た。もじもじと来た。
「坊さま。頼みが、ある。わしの、兄弟ぶんでよ。若い時分に、この海で、流された男が、おる。名ぁ……乗せてくれんかの」
名を聞いた。帳面がそれを刻んだ。翌る朝から、その名も経に乗った。話は船の中を伝わった。水夫が来た。録事の下役が来た。炊きの男が来た。海で人を亡くしたことのない者など、船乗りにはいないのだった。名の帳面は、海を渡りながらまだ増えていった。預かる名が増えるほど、朝の経は深くなった。船の男たちは、朝の経の間だけ、仕事の手を緩めるようになった。経が終わると、船はまた仕事の音に戻り、一日が始まった。
*
夜は、唐語を習った。
教えてくれるのは通訳である。唐に渡ること二度、長安の言葉を操る、船中で数少ない男だった。空海が乞うと、通訳は莚の上で気軽に始めてくれた。灯を持たない夜の稽古である。声だけが、闇の中を行き来した。
「唐語はな、御坊。音の、高い低いで、意味が、変わる。同じ音でもな、上げれば母、平らなら麻、下げて問えば馬」
空海はその三つの音を聞いた。聞いて、そのまま返した。高さも、長さも、息の量も、そっくりに。通訳が瞬きをした。
「……もう一度」
返した。通訳は居住まいを正した。それから次々に音を出した。空海は次々に返した。一度聞いた音は帳面が蔵う。高低の型は四つしかない。それが分かると、あとは歌だった。
「御坊。あんた、唐語を、どこかで」
「初めてです。ただ、歌のような言葉ですな」
「歌」
「高い低いが、意味を運ぶ。歌えれば、話せます」
通訳はしばらく黙って空海を見た。それから笑って莚を叩いた。
「二十年も、要らんな。あんた、長安に着くころにゃ、わしより、うまい」
潮を数え、谷の響きを聞き分け、翁の節を蔵い、うねりの層を読んできた耳である。声調の言葉ほど、この耳に向いた言葉はなかった。夜ごと、船倉の隅で唐語の音が増えていった。机も書物も要らない、海の上の学問だった。耳と口と、教えてくれる人がいれば足りた。
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数日目の朝だった。
空海はいつものように、舳先で名の経を読んでいた。読みながら、耳と骨が何かに気づいた。
うねりの間合いである。
船腹を持ち上げ、下ろす、あの周期。骨が毎日読んできたあの間合いが――伸びていた。波頭は静かだった。空は晴れていた。風は順風だった。何も変わって見えなかった。ただ、うねりの間合いだけが、昨日より確かに長い。
うねりの間合いが伸びたら、三日のうちに荒れる。
漁師の声が耳の底で鳴った。波頭は静かでも、うねりが先に来る。沖の遥か向こうで、もう生まれているのだ。大きな何かが。
空海は経を読み終えてから、楫取のところへ行った。うねりの間合いのことを告げた。楫取は笑わなかった。舵から手を離さずに長いこと海面を見、空を見、それから空海の顔を見た。
「あんた、海の目を、持っとるな」
「室戸の漁師に、教わりました」
「室戸の、な。わしも、今朝から、嫌な気はしとった。うねりが、南東から来とる。この時季の南東は、性が悪い」楫取は空の果てへ顎をしゃくった。「じゃがの、坊さま。ここは、外海のまん中じゃ。戻る道は、もう、ない。進むだけよ。三日後の空は、三日後に、来る」
四つの船は、順風の中を西へ進んでいた。
舳先の下で、長いうねりがまたひとつ、船腹をゆっくり持ち上げて下ろした。




