第44話 海の向こう
船の噂は日ごとに形を持った。
国の使いの大船が四つ。西の湊から海を越えて、唐の都へ。学問の僧も乗るそうな。前の年に一度出て嵐に押し返された船が、艤装を改めてまた出るそうな。浜の男たちが湊から持ち帰る話は、聞くたびに細かくなった。春の浜は、その話でもちきりだった。空海はその噂を、聞くともなく聞いていた。聞くたびに、胸の底の器が微かに鳴った。
海の向こう。
一滴の来た方角が、噂の形で近づいてきていた。岬の春は、うねりの音まで軽くなっていた。浜には船の話をする声が絶えなかった。
*
その春、湊から一人の老僧が流れてきた。
行脚の途中で足を痛めて湊の船宿で臥せっていたのを、あの漁師が魚を届けるついでに世話をしたのだという。歩けるようになった老僧は礼を言いに浜へ来て、そこで朝の経を聞いた。崖下の洞から海へ出ていく、名を乗せた声を。
「あの声の主に、会いたい」
漁師に連れられて、老僧は岩伝いに洞へ来た。
老いた小さな僧だった。だが目に、遠いものを見てきた者の独特の深さがあった。潮に灼けた顔の中で、その目だけが若かった。洞の中を見回し、額縁の中の景色を長いこと見て、それから空海に向き直った。
「若い日に、唐へ渡り申した」
帰朝の僧だった。留学の年限を務め、長安の都を見て戻り、いまは諸国を行脚しているという。空海は居ずまいを正した。海の向こうをその目で見てきた人が、目の前にいた。漁師は岩に腰を下ろし、黙って二人の話を聞いていた。
*
老僧はよく語った。
長安の都の大きさ。百万の人。幾十の国の言葉が行き交う市。天を突く塔。経蔵に眠る数え切れない経巻。空海は聞いた。あの難儀な頭が、一言もこぼさなかった。
空海はひとつだけ問うた。長安はどんな音がしますか、と。老僧は少し驚いた顔をして、それから目を細めた。
「音、との。ふむ。鐘の音が幾十も重なっとる。寺の数だけ鐘があるでの。朝は鐘の海じゃ。市では聞いたこともない言葉が、十も二十も飛び交うとる。西の果ての国の言葉、砂漠の向こうの言葉。ああ、それとの。夜、経を唱える声が方々の坊から聞こえるんじゃが、節が違う。天竺の節、西域の節。同じ経が国の数だけ、違う声で鳴っとった」
鐘の海。十の言葉。国の数だけの経の節。空海の耳が、まだ聞いたことのない音たちを噂の形のまま蔵に納めた。洞の外では、昼の潮が満ちはじめていた。
やがて老僧は、朝に聞いた声のことを訊いた。
「あれは、虚空蔵の求聞持の法とお見受けした。満じられたか」
「……はい。この冬に」
老僧は深くうなずいた。それからしばらく、黙って空海の顔を見た。
「なら、申し上げよう。あんたのその法はの。唐では、大きな教えのほんの入口じゃそうな」
空海は動かなかった。動けなかった。
「わしが長安におった時分、新しい教えが盛りはじめておっての。天竺の僧が伝えて、まだ根の浅い教えじゃ。大日、という仏を説く。大日は日の輪の、もとの仏。この世のすべて、山も海も風も声も、みなその仏の身体であり言葉であると説くそうな。あんたの虚空蔵の法も、その大きな教えの海の一滴なのだと、あちらの僧に聞いた」
一滴。
自分の中で幾月も転がしてきたその言葉が、海の向こうを見てきた人の口から同じ形で出た。一滴の来た海に、名があった。
「……その教えの、経の名を」
「大日経、と申すそうな」
*
大日経。
空海はその名を、頭の帳面のいちばん新しい頁に深く刻んだ。この世のすべてが仏の身体であり、言葉である。山が経で、海が経で、風の湿りに翌日の空が書かれ、名の重さに遺された者の顔が書かれている。あの朝からの世界の読め方。それを教えとして説き尽くした経がある。自分が身体でたどり着いた場所を、はじめから地図に描いた教えが海の向こうにある。
「その経は、都には」
「あるやもしれん。写しの断片なら渡っておるじゃろう。じゃがの」
老僧はそこで首を振った。
「あの経は、読めんのじゃ」
「読めん、とは」
「字が読めても、読めん。わしも長安で少しだけ覗いた。経の半分は、絵と図と印と声でできておる。曼荼羅という、仏の世界を描いた大きな図。手に結ぶ印。口に唱える真言の正しい響き。それらはの、紙には乗り切らん。師が弟子に面と向かって、手から手へ、口から口へ授けるしかない。書物の外にあるものが、あの教えの芯なのだそうな」
書物の外にあるもの。
空海の中で、七年が鳴った。覚えるのではなく、身に宿すのです。母の言葉。書物のどこにも書いていないことが手から腕へ住みつく。山の知。谷が声を返し、洞が声を混ぜる。行の場。すべて書物の外だった。七年かけて身体で覚えたことのその先を説く教えが、同じ作法で伝えられている。人から人へ、じかに。
「その教えを、受けるには」
「渡るしか、あるまいの」老僧は言った。「海を。わしはもう歳じゃ。じゃが、あんたは」
老僧はそこで言葉を切り、額縁の中の海を見た。
「あんたの目は、もう渡っとる顔じゃの」
老僧は日の暮れる前に、漁師と連れ立って浜へ帰っていった。杖の音が岩の上を遠ざかっていった。
*
その夜、空海は洞の口に座っていた。
海が闇の底で鳴っていた。星は今夜も額縁の中にあり、いつもの高さで灯っていた。夜気に春のぬるみが混じり、洞の口を出入りする風が、遠い沖の匂いを運んでいた。決めるべきことは決まっていた。決まっていることを順に並べるだけだった。
答えを持って、来ます。あの門前の誓いは消えない。答えは出た。だが、いま手にあるのは一滴の答えだ。一滴でも答えは答えである。持って行けば、あの誓いは果たされる。果たされて、それからどうする。海の向こうに本流があると知りながら、一滴を答えとして差し出すのか。あの人に持って行く答えは、この世でいちばん深いものでなければならない。あの人は、それだけのものを待つ人である。灯を守る人である。
もう一度だけ、待ってもらう。
身勝手は承知の上だった。七年待たせて、さらに待たせる。詫びる言葉もない。ただ、空と海は教えていた。上半分だけでも下半分だけでも、あの景色ではない。一滴だけの答えでは、まだあの景色ではないのだ。
名の経はどうする。
預かった幾十の名を思った。海で死んだ者たちの名。この岬を発てば、朝の経はこの海には届かなくなる。そう思いかけて、思い直した。船は海の上を行く。海はひとつである。この浜の沖も唐へ渡る海も、繋がったひとつの海だ。海がまるごと墓なら、墓はどこまでも続いている。名の帳面は持って行く。船の上でも朝は来る。朝が来れば、名を乗せた経は海へ出る。届く先は変わらない。
海へ。
志は立った。私度の身で国の船に乗る道など、あるのかどうかも分からない。銭もない。伝手も南都の細い縁がひとつ。それでも志は立った。立ってしまえば、あとは風の仕事だった。誰か能く風を繋がん。繋げないのは我が身とて同じだった。闇の沖で、うねりがゆっくりと岩を洗っていた。
そして地図を思った。船の出る西の湊へこの岬から行く道は、海路をとらぬ限り、陸を北へ西へたどる。その道は。
都を通る。
あの門の前を通るのだった。
空海は闇の中で、七年を一巡りした。谷の岩屋の雨受けは、誰かの役に立っているだろうか。翁の墓の薬はこの春も株を殖やしただろうか。爺の腰は、炭焼きの窯は、倅の縁談は。文の返事は来ないだろう。山の者は文など書かない。書かないことが達者のしるしだった。老いた漁師には発つ前に、名の帳面のことを話しておかねばならない。倅の名は海の上でも、毎朝読みますと。夜明けまで、海は同じ調子で鳴り続けた。
*
――ここまでが、私の七年である。
山に入り、名を失い、谷に育てられ、人を送り、飢えた。聞こえないものを聞き、七年伏せたものと和し、星を受け、名を得た。後年、山中に何の楽しみが有るかと問う人があるたび、私は詩や書で答えてきた。あの答えのすべての初稿は、この七年にある。
私は、空と海を、得た。
だが、得られなかったものの名は、まだ書けない。
この七年をなぜ誰にも語らなかったのか。折々に答えてきた。ひとつ。行の内実は、語れば嘘になる。あの朝のことは、口にすれば奇瑞になる。奇瑞ではなかった。ひとつ。私度の七年は、語れば山の者、里の者、浜の者に累が及ぶ。わしの顔を見分けとる、と言った人。売る者もおる、と教えた人。倅の名を預けた人。あの人たちの帳面の外の暮らしを、私の口が危うくしてよいはずがない。
ふたつの答えはまことである。四十年、この答えで通してきた。
だが、まことの答えがもうひとつあることを、この書をここまで読んだ人はもう気づいているだろう。
その答えは、まだ書かない。
書かずに、船に乗る。あの七年を行李の底に締めて、次の海を渡る。この書も、ここからは海の物語である。




