第23話 五常の索
三年ぶりの都は、稲の匂いがした。
城外の田は刈り入れどきだった。道々に稲架が組まれ、雀を追う子らの声が飛んでいた。実りの景色のなかを、山の風体の男がひとり北へ歩いた。日に灼け、頬は削げ、袖は擦り切れていた。笠の下の目だけが妙に静かだった。
都大路に入っても、誰も振り返らなかった。すれ違った下役が一度だけ物乞いかと目を眇め、すぐに逸らした。それだけだった。三年前に置き文ひとつで消えた大学寮の俊才が帰ってきたと気づく者は、一人もいなかった。刈田の上を、鰯雲が北へ流れていた。
夜を待って、真魚は大足の門前に立った。日のあるうちに立てば、家の者を驚かせすぎる。それだけの風体に自分はなっていた。
*
戸を開けた大足は、しばらくものを言わなかった。
灯を掲げたまま、山の風体の男を頭から足まで二度見た。三度目に、目の光で分かったらしい。掲げた灯がわずかに揺れた。軒先の闇で、秋の虫が鳴きやんでいた。
「……上がれ」
それだけを言った。
湯を使わせ、粥を出し、着るものを出した。問いはひとつも発しなかった。真魚が粥を食い終わるまで、大足は黙って囲炉裏の火を掻いていた。その沈黙が三年ぶんの言葉より重かった。火の爆ぜる音だけが、時折その沈黙を測った。
家には、見知らぬ若者がいた。
歳は真魚より四つ五つ下か。もとは目鼻の整った顔立ちが、酒と夜更かしで崩れかけていた。目つきに険があり、囲炉裏の隅でつまらなそうに酒を舐めている。手の甲に、古い引っ掻き傷が幾筋か走っていた。鷹の爪の痕だと、あとで知れた。話すあいだも袖の内で、賽をひとつ指の腹で転がしつづけていた。
「佐伯の縁者の子でな。鷹雄という」と大足は短く言った。それ以上は、本人のいる前では言わなかった。
鷹雄は真魚をちらりと見て鼻で笑った。
「あんたが、あの、消えた秀才か。山で仙人にでも、なったかい」
「いや」と真魚は言った。「なりそこねて、戻ったところです」
「ふん。物好きなことだ」
鷹雄は興味を失ったように酒へ戻った。賽が袖の内でまた鳴った。真魚はそれ以上答えなかった。答えるかわりに、その顔を見た。放蕩に崩れた顔の底に、見覚えのあるものがあった。退屈だった。何をしても鳴らない者の、底の抜けた退屈。生まれつき何でも手に入るせいで、もう何も欲しくなくなった目だった。形はまるで違う。だが、あれは覚え終わった書物を前にしたいつかの自分と、どこか遠い親戚だった。
*
夜が更けて鷹雄が寝てしまうと、囲炉裏には二人が残った。寝顔になっても、目の険は消えなかった。国から預かったが学問は三日と続かず、酒と博打と鷹ばかり覚えた、と大足は低く言った。先だっては鷹狩り仲間の借財を背負わされて帰ってきたのだ、と。
「讃岐から、文が来ておる」
大足は文箱から一通を出した。父の手だった。三年ぶりに見る、あの生真面目な四角い字。真魚は両手で受けて開いた。紙は海を越えてきたせいか、端が少し波打っていた。
長い文ではなかった。責める言葉はひとつもなかった。家のこと、浜のこと、母が変わりないこと。そして末尾に、ただ一行。
息災か。
その四角い字の下に、別の筆で小さく書き添えがあった。母の言伝を、父が書き取ったものらしかった。
――浜の経を、忘れずにいるなら、それでよい、と。
真魚は、文を持ったまま動けなくなった。
母は分かっているのだった。四つの真魚が浜で経を口ずさんだ、あの朝から。この子の耳が何のためについているのかを、あの人だけは最初から知っていたのかもしれない。責めもせず案じもせず、ただ「忘れずにいるなら、それでよい」と言える人は、この世に母のほかにいなかった。
火が一度、大きく爆ぜた。
「兄者は、な」と大足が、火を見たまま言った。「怒ってはおらん。怒れんのよ。息子が何を捨てたのか、それだけの大きさのものを捨てたということだけは、あの実直な男にも分かっておるからの。ただ、分からんのじゃ。何のために捨てたのかが。それは、わしも同じよ」
大足は顔を上げた。
「真魚。三年、待った問いじゃ。答えよ。おまえのしておることは、道か。それとも、逃げか」
*
論戦は静かに始まった。
「山に入る。行をする。結構。じゃが、その先に何がある。位も家も縁も捨て、孝も忠も、人の五常をみな山の彼方に捨てて、それで得るものがおまえひとりの悟りなら、それは道ではない。世を捨てた者の、大きな我じゃ。親を泣かせて得る悟りに、何の値打ちがある。おまえのしておることは、忠孝に背いておるぞ」
五常の索。仁義礼智信の縄が、囲炉裏の火を挟んで投げられた。三年前なら、この縄に言葉を失ったかもしれない。いまは違った。谷で十万遍を数えた男は、この問いを谷でも十万遍、自分に問うてあった。
「叔父上。ひとつ、伺います。孔子の教えは、聖の教えですか」
「無論じゃ」
「老子は」
「聖の教えよ。浅深はあるがの」
「では、釈迦は」
大足は答えに一拍詰まった。学者の誠実さが詰まらせた。
「……聖の、教えじゃ」
「みな、聖の教えです」と真魚は言った。「儒は身を修め、道は生を養い、仏は生き死にの苦の根を抜く。浅い深いは、ございましょう。ですが、どれも人を導くために張られた、聖の網です。そのひとつに入ることが、なぜ忠孝に背きましょうか」
大足は、すぐには引かなかった。
「じゃが、その仏の聖は、世を捨てよと説くではないか。身を修め世を治めよという孔孟の聖と、どこが同じじゃ」
「網の目の、粗さが違うだけにございます」
真魚は、火を挟んで叔父を見た。
「粗い網では掬えぬものを、細かい網で掬いに行く。仏の網に入る者は、親を捨てるのではありませぬ。親の生死の苦しみまで、背負い直すのです。一人の出家は九族を天に生まれさせる、と経は説きます。その言葉の向く先だけを、わたしは信じます」
大足は火箸を握ったまま動かない。
「叔父上は先ほど、何のために捨てたのか分からぬ、と仰いました。掬いに行くのです。浅い網では掬えぬものを。それを不孝と呼ぶのなら、叔父上、孝とは、何を掬うことにございますか」
大足は、長いこと黙っていた。
やがて火箸を置いて、息をついた。
「おまえと論じて、勝てた例しがないわ」
*
勝ったはずだった。
だが、真魚の胸は晴れなかった。
火明かりのなかの大足は、三年で老いていた。鬢に白いものが増え、火を掻く手の甲に骨が浮いていた。この人は論に負けたのではなかった。論を降りたのだ。甥と言い争う力を、もう使いたくないのだ。勝ち負けの向こう側で、この人はただ心配し、寂しがっていた。それでも、黙って粥を出してくれた。
索は、言葉でできていない。
そのことが、論戦に勝った夜の底で初めて身に沁みた。五常の索は、理屈の縄ではなかった。粥の湯気と、掲げた灯の揺れと、四角い字の「息災か」で、できていた。言葉の縄なら、言葉で断てる。今夜、断った。だが、言葉でないものは言葉では断てない。論に勝てば勝つほど、縄はかえって深く食い込んだ。
*
翌る日の夕、真魚は香染寺の門前に立っていた。
行くつもりはなかった。なかったはずの足が、夕暮れの道を、覚えたとおりに運んだ。
山門は変わらなかった。土塀も、松も、参道の砂利も。三年は、この門の前では一日のようだった。堂に灯の入る刻限で、門の奥から夕の勤行が低く洩れていた。あの声だった。三年、谷の響きのなかでさえ耳の底で鳴りやまなかったあの声。
回廊の奥を、灯がひとつ動いた。
灯を持つ人影が、柱の間をゆっくりとよぎった。遠い。顔は見えない。だが、分かった。芯を整え、油を注ぎ、灯から灯へ渡ってゆくあの静かな運び。三年前と寸分違わぬ、あの人の夕のつとめ。夕闇が、松の影を参道に長く倒していた。
足が門をくぐりかけた。
真魚は止めた。
いま入って、何を言う。ただいま戻りました、でもない。行って参ります、でもない。どちらの言葉も、口の手前で嘘になる。自分はまだ何も持っていない。十万遍と、一瞬の白と、断てなかった索と。途中のものばかりだ。答えを持たずにあの人の前に立てば、あの春の夕に戻るだけだ。言いかけて、言わずにしまってくれた、あの夕に。
次にこの門をくぐるときは、答えを持って来る。
真魚は門前から退がった。そして来た道を戻りながら、足音を殺した。あの耳は、人ごみのなかからでもひとつの足音を拾ってしまう。拾わせてはならなかった。拾えば、あの人は灯を置いて出てきてしまう。だから砂利を鳴らさなかった。世界でいちばん聞いてほしい耳に、聞かれないように歩くこと。それが、この夕暮れの自分にできるただひとつの誠実だった。
*
その夜、大足の家の借りた部屋で、真魚は筆を執った。
文机の上に紙を置いた。三年前、書き損じの山を築いたあの夜と同じ姿勢だった。だが、今夜は違った。書こうとしているのは、もう詫び状ではなかった。
言葉で断てぬ索を、それでも言葉の側から断ちにゆくなら、論ではなく書物を書くしかない。儒と、道と、仏。三つの教えを生きた人の形にして、退屈に沈んだ鷹雄のような魂の前に、浅い網から深い網へと順に立たせてみせる。世の人みなが読めるかたちで。憤懣も、渇きも、この三年も、みなそのなかに。
いつか、それを言葉にできる日が来たならば、必ず書き記して、お目にかけまする。置き文に、そう書いた。その約束を果たすときが来た。
真魚は墨を磨った。硯に落ちた墨の色が、灯を受けて底光りした。夜の底で、稲の匂いのする風が障子をひとつ鳴らした。灯の芯が、微かに音を立てて燃えた。




