第11話 弾かれた者たち
蝉の声が終わって、寺の境内には秋の虫が鳴くようになった。落ち葉を焚く匂いが日ごとに濃くなっていた。境内の桜はとうに葉を落とし、掃き清められた朝の参道に薄い霜の降りる日も出はじめた。季節はいつも、待つ者の上をいちばんゆっくり過ぎた。
真魚はあいかわらず通っていた。女がいる日と、いない日があった。いつ来ていつ去るかは誰にも分からぬと老僧は言ったが、そのとおりだった。回廊の隅にあの姿を見つけられた日は、それだけで一日の色が変わった。
落葉を掃く老僧が参道の端にいた。皺の奥の目をいちど真魚のほうへ向け、それきり箒の手へ戻す。何を言うでもない。ただ、この寺に長居することの許しはまだ下りておらぬと、その目だけが静かに告げていた。
いない日は、境内の音だけを聞いて帰った。読経、鐘、掃き寄せられる落葉。どの音もいつものとおりに耳へ入り、いつものとおりに残る。ただ、探している声だけがそこにない。何百の音を拾える耳が、たった一つの声の不在ばかりを拾ってしまう。覚えのよさとはこういうときにはただの拷問だった。帰る足は来たときの倍も重かった。それでも次の休みが来れば、足はまた同じ道を歩いた。
その日、門をくぐると女は先にいた。そして真魚が声をかけるより早く、こちらを見ずに言った。
「今日は、早うございましたね」
真魚は足を止めた。まだ、砂利を踏む音しか立てていないはずだった。
「なぜ、私と」
「足音で、分かります」女はこともなげに言った。「あなたの足は少し急いで、門の手前でわざわざ、ゆるめられますから」
真魚は返す言葉を失った。足音で人を聞き分けるのは幼いころからの自分の癖だった。讃岐の館で縁者たちの足を聞き分けていた、あの耳の業。それと同じことを、この女はなんでもないことのようにしていた。
やはり逆の耳だ、と真魚は思った。自分は聞いたものを覚える。この女は、聞こえるものの底を聴いている。
*
「今日は」と女は言った。「大学の話を、してくださいまし」
女のほうから何かを請うたのは、初めてだった。
真魚は少し驚きそれから話した。飾らずに話せる相手は、この人しかいなかった。
入学の日の、束脩の礼のこと。十束の干し肉と壺の酒を捧げ、師には布を一端ずつ納め、皆で酒食を共にする古めかしい儀式のこと。何百の学生が声を揃える斉誦のこと。十日ごとの試のこと。
「干し肉を、十束も」と女は言った。「先生がたは、そんなに召し上がるのですか」
「さあ。私の見たかぎり、博士がたは肉より酒のほうを熱心に召されておりました」
女が袖の陰で小さく笑った。真魚は、われながら妙なことに気づいた。詩宴であれほど気の利いた句を並べても、誰かをこんなふうに笑わせたことは一度もなかった。飾らない話のほうが、人を笑わせる。この人の前では、いつもそうだった。
「面白いのは」と真魚は言った。「席次です。大学では、学生の座る順は家の位ではなく、歳の順で決まるのです。長幼の序、と申します。五位の家の子でも、年下なら私より下座に座る」
「まあ」
女が小さく声を立てた。目がわずかに見ひらかれていた。
「では、生まれは席を決められないのですね。その場所では」
なんでもない相槌のようだった。だがその声の底にかすかに揺れるものがあるのを、真魚の耳は拾った。生まれが、席を決めない場所。それは、この女が生涯入ることを許されぬ場所の話でもあった。生まれが何もかもを決めてしまった人の前で、真魚は自分の迂闊さに気づいた。
「申し訳ありませぬ。私は」
「いいえ」女は首を振った。「よい話を、聞きました。世のどこかにそういう場所が一つでもあるのなら、世は、わたくしが思うているよりはましなのでしょう」
*
それから女はしばらく黙って庭の秋草を見ていた。膝の上にそろえた手は節の目立たぬ白い手だった。風が渡るたびに尾花の穂が皆同じ方へ傾いだ。
やがて、問うでもなく言った。
「あなたは、その大学がお嫌いなのに、なぜ通っておいでなのです」
「嫌い、では」と言いかけて、真魚はやめた。この人の前で言い繕っても仕方がない。「分かりませぬ。ただ、あそこにいると息が詰まります。皆が同じ階を昇ろうとしていて、私もその列に並ばされていて。列を離れる理由も、まだ見つからぬのです」
「並ばされて」と女は、その一語だけを静かに繰り返した。
「あなたは、押し出されてゆく人なのですね」やがて女は言った。「一族に、都へ。都で、位の階へ。世の真ん中へ、真ん中へと押し出されてゆく。わたくしは、逆です。生まれた時から外へ、外へと弾かれて。世に出ることを許されず、この寺の隅に置かれている」
女はそこで、ふっと真魚を見た。
「反対なのに、あなたはわたくしと同じ顔をなさる」
「同じ、顔」
「ええ。自分の居場所を、自分で選んだことのない人の顔です」
真魚は、雷に打たれたようにその場に座っていた。
向きは逆でもどちらもおのれの足で立つ場所を選べたことがない。讃岐の浜からずっと家の名を負わされ、期待の風に押されてここまで来た。この女は、その逆の風に吹き飛ばされてここにいる。押し出された者と、締め出された者。行き着いた先の景色こそ違え、風に翻弄されてきたことに変わりはなかった。
はぐれ者どうし、といつか女は言った。その意味がいま初めて腑に落ちた。
*
日が傾いて、真魚が暇を告げようとしたときだった。
「あの」
と言いかけて、真魚は詰まった。
呼びかける名が、ないのだった。いつも、そうだった。「あの」「もし」。そのたびに名のない呼びかけが、二人の間の距離をそのままの形で突きつけてくる。名を知らぬ相手に、人はどこまでも他人でしかいられない。
女は、真魚の詰まりの意味を察したようだった。目を伏せて、言った。
「名は、申せませぬ。……申してよい身では、ないのです」
「存じております」真魚は言った。それから、思い切って続けた。「本当の名でなくて、よいのです。ただ、私だけが呼ぶ名を贈らせていただけませぬか」
女が顔を上げた。
真魚はその目を見て、言った。ずっと胸の中であたためていた言葉だった。
「汀、と。……お呼びして、よいでしょうか」
「みぎわ」
女はその三つの音を、口の中でひとつずつなぞった。いつか真魚の名を受け取ったときと、同じ仕草だった。言葉を、味わうように。沈めるように。
「波が寄せて返る、あの際の名です。私の生まれた家は、讃岐の浜の近くにありました。幼いころ、覚えた字をあの汀の砂に書いては、波に消されました。何度書いても、消されました」
「消されて、しまうのに」
「消されても、また書きたくなる場所でした」
言ってから、真魚は自分がいま何を言ったのかに気づいて、耳の先が熱くなった。だが、言い直さなかった。それはたぶん、いままで口にしたどの言葉よりも正直な言葉だった。
女は、しばらく黙っていた。
それから――笑った。初めて見る、ためらいのない笑みだった。夕暮れの回廊の薄闇のなかで、その顔だけがふっと明るんだ。どこかで虫の音が、ふと近くなった気がした。
「では」と女は言った。「あなたの前でだけ、汀でおります」
その声を、真魚の耳は拾って焼き付けた。いつものなりわいだ。だが、今度のそれは経の一節とも詩の一句とも違う音がした。低く澄んで、そのくせどこか一箇所だけ、かすかに震えていた。喜びの震えか、別の何かか。例によって、声の底までは読めなかった。読めなかったが、その震えごと真魚の内に深く沈んだ。
*
帰り道、真魚は胸の中で一度だけその名を呼んでみた。
汀。
呼べば、応える人がいる。それだけのことが、都じゅうの称賛にまさった。
歩きながら、真魚は奇妙なことに気づいていた。
言葉はこれまで覚えるものだった。耳から入って内に焼き付き、諳んじられ、並べられて人を感心させる。詩も、対策も、みなそうだ。入ってくるものであり、使うものだった。
だが、今日の言葉は違った。
贈ったのだ。生まれて初めて、言葉をひとつ自分の手から放して人に渡した。汀。あの一語は、もう自分のものではない。あの人のものだ。
覚える言葉は、すり抜ける。贈った言葉は、残る。
それが何を意味するのか、真魚にはまだうまく考えられなかった。ただ、大路の家々に秋の灯がひとつ、またひとつと入ってゆくのを見ながら思った。母の言う「宿す」に今日、ほんの少しだけ指先が触れたのかもしれない、と。
あなたの前でだけ、汀でおります。
その言葉の、「あなたの前でだけ」の底に何が沈んでいたのか。喜びと聞くには、あれは少し静かすぎた。
真魚はまだ、その意味を半分しか分かっていなかった。分からぬまま、秋の灯の連なる都を寺とは逆の方角へ歩いて帰った。懐のどこにも入れていないのに、贈った名だけが行きよりも確かな重さで胸のあたりにあった。




