第89話:空白の半年が埋まっていく~サターン視点~
スヤスヤと俺の隣で眠るマリオネットを見つめる。月明かりに照らされる彼女は、本当に女神のように美しい。
そんな彼女の髪をひと房とり、そっと口づけをする。そしてマリネットの頭を撫でた。すると
「サターン様…」
ポツリと呟いたと思ったら、すり寄って来たのだ。ダイレクトに伝わる柔らかな感触、温もりに再び体中から血が沸き上がる感覚に襲われた。
だめだ、マリオネットは今疲れて眠っている。今日はマリオネットに、少し無理をさせてしまったから、しっかり休ませてやらないと。
必死に感情を落ち着かせた。だが、俺の感情は高まるばかり。このままだとマズい。近くにあったローブを身にまとうと、一旦部屋から出る。
向かった先は、昨日まで俺が使っていた部屋だ。
ソファにそっと腰を下ろした。
そして…
“サターン様、おはようございます。今日もいいお天気ですよ。太陽の光を浴びると、魔力が回復しやすいそうです”
笑顔でカーテンを開けるマリオネットの姿が。俺に近づき、口づけをする。そして手際よく俺の体を拭き始めた。マリオネットは小柄だ。俺はこの国でも体が大きい。こんな大柄な男の体を、汗だくになりながら拭いてくれているのだ。
俺の体なんて、使用人に任せればいいのに…
その後もマリオネットは、時間を見つけては俺に話しかけている。使用人が話していた通り、マリオネットは基本的に、俺の部屋で色々な仕事をこなしていた様だ。常に俺に寄り添い、傍にいてくれていただなんて…
その上マリオネットは、俺の傍で夜遅くまで領地の勉強をしていた。必死に本を読み、自分なりにまとめる。その作業は、深夜2時や3時まで続く事も珍しくはない。やっと勉強が終わり、眠る準備を始めた頃になると、使用人から部屋の外に出だされていた。
“サターン様、おやすみなさい。明日また来ますね”
俺に口づけをして、何度も何度も愛おしそうにすり寄っているマリオネット。
そして少し休むと、朝6時には再び俺の部屋へとやって来て、甲斐甲斐しくお世話をしてくれるのだ。侯爵令嬢でもある彼女が、これほどまでに過酷な生活を送っているだなんて。いつ倒れてもおかしくはない状況だ。
現に専属使用人たちが、何度も休む様に促しているが、頑なにそれを拒否し続けた。
“起きていれば、サターン様と一緒にいられるでしょう?それとも、今日はサターン様の傍で寝てもいいのかしら?”
笑顔でそう答えるマリオネットに、使用人たちも何も言えなくなっていた。俺の傍に少しでも長くいたくて、彼女は必死に起きていたのだ。
この半年間、彼女はずっと俺に寄り添い、いつ心臓が止まるかもしれないという恐怖に怯えていたことか。心身ともに、限界だっただろう。
それでも俺が意識を飛ばした初日を除き、マリオネットは一度も涙を見せなかった。たとえ俺と2人きりの時でも、いつも笑顔で話している。
特にマリオネットは、俺が目覚めた後の事を嬉しそうに話していた。2人でまた、思い出の丘に行きたい、領地にも行きたい、子供も欲しい。笑い声の堪えない家庭にしたい。
そう俺に笑顔で話しているマリオネットの姿を見た時、俺の瞳から涙が溢れ出た。
「マリオネット、君はこの半年、どんな気持ちでいたのだい?俺の前では笑顔だったけれど、1人の時は泣いていたのかい?きっと不安だったよね。それなのに君は…」
マリオネットの事を考えると、涙が止まらない。今まで涙なんて、流した事などなかった。俺はある意味人間ではない、皆が言う様に魔王だったのかもしれない。だが、今の俺は…
部屋から出て、寝室に戻る。眠るマリオネットを再び抱きしめた。
「マリオネット、俺を人間にしてくれてありがとう。君がこの半年、ずっと俺の傍に寄り添い支えてくれていたのだね。そうとも知らずに俺は、醜い嫉妬心をむき出しにしてしまった。本当にすまない…
君は俺の生きる希望だ。どうかこれからも、俺の傍で笑っていてほしい。その為に俺は、何でもするよ。そう…何でも…」
マリオネットを強く抱きしめ、何度も何度も口づけをする。
愛おしいなんて言葉では、言い表せない程彼女を愛している。俺の人生のすべてを、彼女に捧げたい。
だからこそ、俺にはまだやらなければいけない事がある。
あいつだけは、絶対に許せない!




