第70話:譲れない想い
「だからこそ、私は君には誰よりも幸せになってほしいと願っている。マリオネット、この家を出て、自由に生きてくれ。君はこの家に、縛られていてはいけない。
君がサターンを大切に思ってくれている気持ちは、非常に有難い。だが…サターンはもう、目覚めないかもしれない。目覚めない男の為に、君の大切な人生を棒に振るだなんて、間違っているよ。
まだ君は若い。今からならきっと、いい相手も見つけられるだろう。他の令嬢と同じく、結婚して子供を産む事だって可能だ。
だからどうかもう、この家から解放したいのだよ。どうか私の願いを、聞き入れてくれるかい?」
お義父様が、必死に訴えかけてくる。
「お義父様のお気持ちは分かりました。それで、お父様とお母様も、お義父様と同じ気持ちなのですか?」
両親の方を向き直り、改めて確認する。
「私共は、マリオネットの気持ちを大切にしたいと考えております。それで、マリオネットはどうしたいのだい?我が家に帰って来て、新しい婚約者を探したいかい?それとも、ここに残ってサターン殿の傍に居続けたいかい?」
お父様がこちらを見つめている。
お父様ったら、そんな野暮な事を聞くだなんて。そんなの、決まっているわ。
「私はディーズ公爵家に残って、サターン様とお義父様のお傍にずっといたいですわ。お義父様、確かに私は騒がしく、鬱陶しいと思われる事もあるでしょう。ですが私は、このお屋敷が大好きなのです。
たとえお義父様が私を追い出すと言っても、私は断固としてここを離れる気はありません。それに私は、サターン様以外の殿方に嫁ぐことは、絶対にありません。もしこのお屋敷を出たら、私は一生実家で一人寂しく過ごすことになるでしょう。
それが私の幸せかと言われたら、応えはNoです。私の幸せは、このディーズ公爵家にしかないのです」
そうはっきりと告げた。
「娘はずっと、サターン殿に好意を抱いておりました。それに今の娘の顔、とても幸せそうで輝いております。公爵殿、マリオネットはまだまだ未熟で、至らぬ点も多々あるかと思います。ですが、サターン殿に対する想いは誰よりも強く、私もこのお屋敷こそが、マリオネットの最後の住処と考えております。
どうかこの屋敷にマリオネットを置いていただけないでしょうか?」
「私からもお願いいたします。ぺスタナ殿下との婚約話が進んでいる時のマリオネットは、それはもうこの世の終わりと言わんばかりの顔をしておりました。好きでもない殿方に嫁ぐという事は、マリオネットにとって、苦痛以外何物でもないのです。
それにマリオネットは今、サターン様以外の殿方に苦手意識を強く持っており、話し掛けられただけで顔が引きつってしまうのです。そんな子が、今後どうやって他の殿方と幸せになれるのでしょうか。
この家を追い出されたらきっと、マリオネットは抜け殻になってしまいます。どうか、どうかこのお屋敷に、マリオネットを置いてやってください、お願いします」
お父様とお母様も、お義父様に頭を下げた。私も一緒に頭を下げる。
長い沈黙が流れる。
…いくら何でも、長すぎる。恐る恐る頭をあげると、お義父様の瞳から、涙が溢れていたのだ。
いつも感情を表さないお義父様が、泣いている?
「お義父様…」
私の言葉にハッとしたお義父様は、そっと自分の頬に触れた。
「涙が流れるだなんて…私には感情がないと思っていたが、私でも涙を流すことが出来るのだね…マリオネット、君は私をも普通の人間にしてくれた。君には感謝しかない。君がそこまでディーズ公爵家にいる事を望んでくれるのなら、これ以上私は何も言わない。
ファレリス侯爵、夫人。私達にこんなにも素晴らしいお嬢さんを与えて下さり、ありがとうございます」
そう言ってお義父様が頭を下げたのだった。




