第56話:諦めない
「サターン様、しっかりしてください。サターン様」
ぐったりと倒れ込むサターン様を、必死に抱き起こす。口からは血が流れ、体中ボロボロだ。胸元に耳を当ててみるが…心臓の音も聞こえない。
「そんな…サターン様、嫌です。どうか死なないで下さい」
一気に涙が溢れてくる。どうしよう、サターン様が…
次の瞬間、自分の両頬を強くたたく。泣いている暇はない、今できる事をするべきだ。
確かこんな時は…
心臓マッサージだ。我が家では万が一災害が起きた時に、人助けが出来るようにとお父様の教育方針の一環で、私もお兄様も、人命救助から心臓マッサージの方法まで、徹底的に叩き込まれた。
まさかあの時の訓練が、こんな形で役に立つだなんて。
サターン様の唇に触れた瞬間、血の味がする。私の為に、こんなにボロボロになって…流れる涙を止める事が出来なが、それでも必死に心臓マッサージを行う。
次の瞬間、心臓がドクドクと動き出したのだ。
よかった…
でも、まだ安心はできない。一刻も早く、サターン様に治療を!
「マリオネット、何をしているのだい?そんな事をしても、もうサターン殿は助からないよ。デスモン殿も命を落としてしまったけれど、サターン殿ももうこの世にはいない。我が国にとっても大損害だが、これで私たちを邪魔するものはいなくなったから、まあ良しとしようか」
この声は!
「ぺスタナ殿下、あなたはどこまでも残念な方ですね。申し訳ございませんが、あなたに構っている暇はありませんので…」
こんな男と話している暇はない。早くこの場から抜け出さないと。とはいえ、私の力では、サターン様を担いで連れ出すことなど出来ない。そのうえ、ここはどこなのかもわからない。
せっかくサターン様の心臓が、動き出したのに。どうすればいいのだろう…
「マリオネット、強がっているようだが、もうサターン殿は助からないよ。それにこんな草原から、どうやって帰るつもりだい?さあ、こっちにおいで。あそこに馬車を準備してあるから、私と一緒に帰ろう」
すっと手を伸ばすぺスタナ殿下。
「私に触れないで下さい。私に触れていいのは、サターン様だけですわ!この際なので、はっきりと申し上げます。私はあなた様が嫌いなのです。たとえどんなことがあっても、あなた様に嫁ぐことはありません!私は生涯、サターン様に添い遂げると決めたのです。ですから、どうかもう私には関わらないで下さい!」
ギロリとぺスタナ殿下を睨みつける。この人さえいなければ、サターン様は!
「怒った顔も可愛いな。だが、考えが愚かだ。今この場所には、私と君、2人しかいない。この状況の中で、君に何が出来ると言うのだい?サターン殿の亡骸と一緒に、この地で命が尽きるまで、彼の傍にいるつもりなのかい?」
「そうですね…あなたの言いなりになるなら、それもよいでしょう。ですがサターン様は、まだ生きておられます。私は諦めるつもりはありません」
こんな男に構っている暇はない。近くに村はないのかしら?とにかく人を呼ばないと。でも、サターン様を残してこの場を離れたら、この男に何をされるか分からない。
ニヤニヤしながらこちらを見ているぺスタナ殿下。本当に憎らしい男。
「マリオネット、もう諦めた方がいい。ここは王都から離れた山の中だ。こんな場所にいて、どうやってサターン殿を連れて帰るつもりだい?
か弱い君には、サターン殿を運び出す事すらできないだろう。さあ、彼の事は諦めて、私と一緒においで!」
ぺスタナ殿下が再び私に手を伸ばしてきたのだ。
「いや、触らないで!」




