第34話:何もする気が起きません
部屋に戻ると、一気に涙が溢れだす。本当はぺスタナ殿下の元になんて、嫁ぎたくはない。大切な人がたくさんいる、この国を離れたくはない。
でも、それは私の我が儘だ。家の為、国の為には、私がぺスタナ殿下の元に嫁ぐことが一番なのだ。今まで家の事は二の次で、私の気持ちを誰よりも尊重してくれた両親やお兄様の為にも。
頭では分かっている。覚悟は決めたはずなのに、どうしてこんなに涙が出るのだろう。本当に嫌になる。
隣国に嫁ぐと決めたのだ。マントレス王国の事を、色々と調べないといけない。頭では分かっているが、なんだか何もする気が起きない。
ドレスを着たまま、ソファに座わり頭を抱える。そんな私に気を使ってか、使用人たちは誰も話しかけてこない。きっと使用人たちに、心配をかけているだろう。頭では分かっているのだが、どうしても体が動かないのだ。
これからの事を考えると、恐怖で体が震える。本当にこんな状況で、ぺスタナ殿下に嫁げるの?いいえ、たとえどれほど恐怖を感じていても、嫁がないといけない。そう自分に何度も言い聞かせる。
ただ、ぺスタナ殿下の顔を思い出すたび、言いようのない嫌悪感と恐怖に襲われる。不安と恐怖から、また体が恐縮してしまう。
それでも自分に何度も言い聞かす、国の為、家の為に彼に嫁ぐのだと。繰り返しこんな事を考えていると…
「マリオネット!」
ドアが開いたかと思うと、レアの声が聞こえた。そして強く抱きしめられたのだ。
「マンドル様から聞いたわ。あなた、ぺスタナ殿下の元に嫁ぐと言ったそうね。お願い、そんな事はしないで。あなたはぺスタナ殿下の事が、本当に苦手なのでしょう?どう考えても、ぺスタナ殿下の元に嫁いだら、あなたは幸せになんてなれないわ。
お願いよ、考え直して。別にマントレス王国との交流が途絶えたとしてもいいじゃない。元々マントレス王国とは、最近取引を始めたばかりの国なのだし」
涙を流しながら、必死に訴えてくれるレア。彼女の優しが、身に染みる。
「ありがとう、レア。でもね、もう私は決めたのよ。確かにぺスタナ殿下に対して、苦手意識が強いわ。でもきっと、嫁いでしまえば大丈夫よ。それにマントレス王国は、資源も豊富で貿易国としては今一番注目されている国よ。
私が嫁げば、さらに良い条件で、我が国と貿易をしてくれると言っているし。何よりも彼は、マントレス王国の王子よ。きっと大切にしてくれるわ」
「でも…」
「レア、いつも私の気持ちに寄り添ってくれてありがとう。この国を出るのは寂しいけれど、それでも大切な人がたくさんいるこの国の役に立てると思ったら、嬉しいの。それに私、サターン様以外の男性には全く興味がないでしょう。
どのみちサターン様との結婚は難しいから、それならせめて国や家の為に役に立ちたいのよ。それが今の私の幸せだから」
必死に笑顔を作り、レアに伝えた。どの口が言っているのだろう。本当はサターン様に嫁げないくらいなら、一生独身の方がいい。ぺスタナ殿下の元になんて、嫁ぎたくない。そう思っているのに…
それでも私は、侯爵令嬢だ。嘘も方便、時に自分の気持ちを押し殺すことも大切なのだ。
「マリオネット、あなたって子は…とにかく、すぐに結論を出す必要はないわ。もう一度本当にぺスタナ殿下に嫁ぐことに同意していいのか、考えてみて。それでもあなたがぺスタナ殿下の元に嫁ぐというのなら、私もそれを受け入れるから」
「ありがとう、レア…」
そっとレアを抱きしめた。幼い頃から傍にいてくれた、私の大切な親友。どうかお兄様と、幸せになって。心の中で、そっと願う。
その後レアと他愛のない話をして、王宮に戻る彼女を見送った。
「マリオネット、どうかもう一度ぺスタナ殿下の件、考え直して。私達は皆、あなたが幸せになる事を願っているのだから」
帰りがけにそう叫んだレア。
「ありがとう、分かっているわ。もう一度考えてみるわ」
そう答えたものの、私の気持ちはもう固まっている。明日王宮に行って、ぺスタナ殿下に気持ちを伝えよう。そう決意したのだった。




