第2話:あいまいな記憶
「マリオネット、あなたは何を考えているの?」
怖い顔でレアが叫んだのだ。どうしてこんなに怒っているのだろう。
「レア、そんなに怖い顔をしてどうしたの?それよりもさっきのサターン様、とても素敵だったわ。あんなにも男らしい声だっただなんて…5年前はもう少し可愛らしい声だったわ。それに彼の瞳に私が映ったよ。会話だって出来たし。今日はなんて素敵な日なのかしら」
「何が素敵な日よ!あの恐ろしい殺気を、あなたは感じなかったの?どう考えても怒っていたじゃない。それにしてもあの人、近くで見ると本当に恐ろしいわね。本当に魔王みたいだったわ」
ガタガタと肩を震わせるレア。大げさな子だわ。
「あなた、この国の王女様でしょう?公爵令息に怯えるだなんて、失礼よ。しっかりして!そんなに怖いなら、近づかなければいいじゃない」
「マリオネットがあの男に近づかなければ、私も近づかないわよ!とにかく、これで分かったでしょう。あの男にとって、私たちは不快な存在なの!万が一これ以上あの人を怒らせたら、あなたの家だってただでは済まないわよ。とにかくもう、サターン様には近づかないで。分かったわね。ほら、帰りましょう」
私の腕を掴み、レアが歩き出す。そしてそのまま馬車に乗せられたのだ。
「いい、マリオネット。大人しく家に帰るのよ。それから、もう二度とサターン様に近づこうだなんて、バカな考えは起こさないで。分かったわね」
そう言うと、レアが馬車のドアを閉めてしまったのだ。
せっかくサターン様とお話しが出来たのに、どうしてあんなにレアは怒っているのかしら?確かにサターン様のお家に目を付けられた貴族たちは、ことごとく潰されていったと聞くけれど。
ただそれは、裏で悪事を働いていたからだ。その悪事を暴かれて失脚しただけ。そう、サターン様の家が、悪い事をした訳ではない。潰された家が、悪い事をしていたのだ。
それにサターン様は、別に怒っていらっしゃらなかったわ。元々ああいう人なのよ。人との付き合いが、苦手なのだ。
そっと瞳を閉じる。今でもあの光景は鮮明に覚えている。
5年前、森で迷子になった私。泣きながら歩く私の前に、5匹の野犬が現れたのだ。ガルガルと威嚇しながら近づいてくる野犬たちに、恐怖で動けなくなった。
その時、急に目の前に現れた男の子。真っ黒な髪に真っ黒な瞳をしていた男の子は…あら?どうやって野犬を倒したのだったかしら?
なぜだろう、どうやってサターン様が野犬を倒したのか、覚えていない…
そうか、恐怖から目をつぶっていたから、きっと忘れたのね。でも、その後の事は覚えている。恐怖から解放された私は、嬉しくて彼に抱き着いたのよね。そんな私を彼は引き離して。何も言わずに去って行こうとしたうえ、手から血が出ていたから手当てをしたのだわ。
それから、お礼にお気に入りのペンダントを渡したのよね。もう捨てられているだろうけれど…
それでも彼がいてくれたから、今私がこうやって元気で生きていられるのだ。彼は私の命の恩人。それなのに、サターン様に近づくな!というだなんて。
本当に恩知らずな人たちだ。
やっぱり私は、サターン様と仲良くなりたい。仲良くなって、あの時十分に出来なかったお礼をしっかりとしたい。
それに…
既に暗くなっていた空を見上げた。
サターン様の瞳、なんだか寂しそうだった。もしかしたら、気のせいかもしれないが…
とにかく、このまま何もせずに、サターン様の事を見つめ続けるだなんて嫌だ。半年かけて、やっと今日話しかけられたのだ。
そうよ、この半年、私が意気地がないせいで、ずっと見ているだけだった。また見ているだけだなんて嫌だ。貴族学院卒業まで、後半年。サターン様はあまり表舞台には出ないから、学院を卒業したら、もう会えなくなってしまうかもしれない。
私に残された時間は、後半年…
のんびりなんてしていられない。明日からは今まで以上に、もっと積極的にいかないと!




