第11話:どす黒い世界が当たり前だった~サターン視点~
「あと少し…あと少しで、あいつに…」
そっと近くに置いてある写真たてを手に取った。そこには笑顔のあの女の写真が。彼女の笑顔を見た瞬間、再び言いようのない感情が溢れ出し、魔力が暴走しそうになる。
急いで写真立てを伏せた。
呪われた俺に、唯一恐怖を感じず接してくれたあの女…
我がディーズ公爵家は、世間から呪われた貴族として恐れられている。実際我が家は、この国でも珍しい魔力を持っている一族なのだ。その力は膨大で、その気になれば国をも亡ぼせる力を持っているくらいに…
そのせいか、王族ですら我が一族を恐れているくらいだ。
そして俺も、ディーズ公爵家の血を色濃く受け継いで生まれてきた。母上と父上は政略結婚だった。母上は父上を嫌い、生まれてきた実の子供の俺にすら、恐怖の対象として見ていた様だ。
物心ついた頃から
“私は悪魔の子を産んでしまった…なんて事を…私の手で、お前を!”
そう言って何度も俺の命を狙っていた母上は、完全に正気を失っていた。父上もディーズ公爵家を守るために母上と結婚したため、母上に全く愛情を持っていない様だった。
もちろん、俺にも愛情など与えてくれるような人ではない。完全に狂った母上は、父上によって部屋に監禁された。次第に心も体も病んでいき、俺が7歳の時にこの世を去った。
とはいえ、俺は悲しいという感情を抱く事はなかった。母上に悪魔と呼ばれようが、父上が俺に無関心でいようが、正直どうでもよかった。
俺の世界は、いつもどす黒いものだから…
俺は幼い頃から、自分に対する人の感情を感じ取ることが出来る。一応公爵令息という事もあり、幼い頃からお茶会などに参加させられていた。ただ、そこで会う貴族たちは、皆どす黒い靄の様なものがかかっているのだ。その靄は、冷たく嫌悪感を抱くようなものだった。どうやらこの黒い靄は、俺に対する負の感情を抱いている象徴の様だ。
そのどす黒い霧に触れるのが嫌で、次第に俺は人とのかかわりを絶つようになっていた。俺はこの公爵家の守るための、道具だ。いずれ俺に恐怖を抱く哀れな女と結婚し、この家を守っていく。
それが俺の使命だ。
俺はその使命を守るためだけに、生きているのだから…
虚しいとか悲しいとか、そんな感情はなかった。ただ、使命を全うするためだけに生かされている、機械の様だった。
楽しい事も悲しい事もなく、感情というものも存在しない。ただどす黒い世界で生きているだけ。それが俺だ。
その為に、毎日生きている。
この有り余る魔力を、後世に残すために…
とはいえ、俺の魔力は膨大で、時間をかけてゆっくりと魔力を体になじませる必要があった。公爵家に仕えている魔術師の話では、おそらく16歳の誕生日までには魔力は馴染むとの事。
少しでも早く魔力を自分のものにするため、毎日訓練を受ける。
時に森に出向き、野犬や狼、クマなどと戦う事もあった。動物たちですら、俺にどす黒い感情を抱いているのか、黒い靄を発していた。
彼らは本能的に、俺が危険な人物と、察知しているのだろう。それにしても、この世界には黒い世界しかないのだろうか…
ふとそんな事を考えてしまう。
だが、その様な野暮な事を考えるのは止めよう。そう思い、いつもの様に心を無にして生きていくのだ。
それが俺だ。
そんなある日、いつもの様に森に向かい、魔力の訓練を行っている時だった。近くから女の泣き声が聞こえてきたのだ。
どうしてこんな森に、女がいるのだろう…
まあいい、無視してあっちの方に…
そう思ったのだが、なぜか体が、無意識に泣き声の方に向かって歩き出す。俺はどこに行こうとしているのだ?混乱する頭と勝手に動く体。
困惑しながらも、泣き声の方に行く。
するとそこには、目に涙をいっぱい溜めて、恐怖で震える姿が目に飛び込んできたのだ。




