第15話 筆者不詳手記B
【文書種別】筆者不詳手記
【作成日】不明
【取得経路】未確認投稿アーカイブ
【状態】断片/自動保存ログ由来/一部欠落あり
俺がやった。
そう書けば、済むと思っていた。
手が動いた。
声が近かった。
あの男が倒れた。
部屋が静かになった。
それだけで、俺の罪には十分だった。
帰らなければならない場所がある。
そう思うたびに、玄関の明かりだけが浮かぶ。
誰かが待っている気がする。
でも、名前を呼ぼうとすると、そこだけが抜ける。
俺は、あの男を刺したことより先に、
何かに間に合わなかった気がしている。
あとになって、若い声の記録を読んだ。
そこにも、同じ言葉があった。
自分がやった。
でも、自分の身体ではなかった。
腹が立った。
俺の言葉だ、と思った。
誰にも出せずにいた言葉を、知らない誰かに先に使われた気がした。
だが、何度か読み返すうちに、腹立たしさより気味の悪さの方が残った。
俺の方が先だったと、どうして言える。
あの声の方が後だったと、どうして言える。
順番の分からない言葉は、誰のものにもならない。
本当は、あの二つを並べてはいけない。
やったなら、自分の身体でやったことにしなければならない。
自分の身体ではないなら、やっていないことにしなければならない。
周りが聞くのは、いつもそこだけだ。
お前がやったのか。
違うのか。
俺は答えた。
やった、と。
その方が、まだ形になる。
あの男は、いつも正しい顔をしていた。
正しい顔で、助けたと言う。
正しい顔で、こちらに答えを選ばせる。
怒れば、助けられたことを忘れた人間になる。
黙れば、助けられた人間のままでいられる。
俺は黙った。
そうしておけば、一つの出来事で済むと思った。
だが、あの若い声が同じことを言っていた。
それだけで、俺の罪の形が少し崩れた。
あの声は俺ではない。
そう書いておく。
俺も、あの声ではない。
そう書いておく。
同じ壊れ方をした人間が、たまたま二人いただけだ。
そういうことにしておく。
そうでなければ、あの男の前に立っていたのが誰なのか、分からなくなる。




