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7 神と僕

 綺麗に片付けられたキッチンでグラスを取り、水を入れるとぐっと飲み干す。レイモンドは長く息を吐いた。どうしてだかイツカとの問答は気が滅入ってしまう。

「あの男は?」声と共にドアが開き、レイモンドは振り返る。少し青白い顔のミズナギが立っている。すらりと伸びた足は細く、大きめのシャツは彼を華奢に見せていた。

「帰らせました……このままでは死んでしまいますので」

 ふむ、とソファに座り、ぐったりと体を預けるとミズナギは手を伸ばした。

「水を」

「すぐに」とグラスに用意し手渡すと、それを飲み干しほんの少しミズナギの顔に赤みが差した。それでも青白いには変わりは無い。

「……やはり……完全には程遠いですね」

 グラスを受け取ってレイモンドはミズナギの手に触れる。

「仕方ない。女の体でない以上は完全には戻せん。お前と契ったところで、元に戻すのは我の力であるからな」

「申し訳ありません……私が女であるならばミズナギ様は完全に復活なされたのに」

 レイモンドが肩を落とすとミズナギは声を上げて笑った。

「お前のような大女を抱くのは嫌じゃ。それに我の方が美しかろうに……お前も悪くはないだろうが、我のほうがよかろうよ?」

 悪戯な微笑みにレイモンドは頷く。昔からミズナギは冗談が好きなのだ。

「それと、レイ。何故あの者を呼んだのだ?ナツキのせいというわけではなかろう」

 全て理解しているとミズナギの薄い色の瞳が三日月に細まる。

「……ナツキ様が喧嘩をしたと言っていたのです」

「喧嘩?」

「はい。仲直りをしたいとも話しておりました」

「ふむ。それでお前が手助けをしたと?」

 レイモンドは床に跪くとミズナギの顔を見上げた。

「……いいえ。ナツキ様は最後まで自分でと仰っていて。メッセージを送った後、大変不安そうにしていました」

「そうか」

 ミズナギの手がレイモンドの頬に触れて唇が近づいた。ほんの少し触れるだけでもその場所から水の力が体中を駆け巡り力に変わっていくのがわかる。

「無理をしてはいけません」

「そうじゃな」そう言ってレイモンドの首に腕を巻きつけた。

「ベットまで連れて行け。お前も少し隣で休むといい」

「しかし……」

「これ以上、力は使わんよ。我も疲れた。少し眠るとする」

「はい」

 両手でミズナギを抱え上げる。体重もさほど戻ってはいない。見かけよりも軽い体を大切に運びレイモンドは腕の中の宝石を見た。美しい顔、柔らかな白銀の絹の髪、ほどよく筋肉のついた体、性格こそ歪だが誰もが恋焦がれる存在である。

 ミズナギ。水の神の子。神の国で女神が流した涙から産まれた。

 遠い過去より永遠とも呼べる長い時間の中に神は存在する。調和された自然に溶け込むように生まれ続け、それぞれの生き物とともに愛と慈しみを体現していく。

 そして戯れに作られた人が地上に放たれた時、神もまた神となった。

 レイモンドは農村で生まれた貧弱な子供であった。口減らしのために棄てられて、烏に啄ばまれるその瞬間に拾われた。拾ったのは土の神で、丁度ミズナギの遊び相手に良いと魂だけを抜かれて水の神の元へ。


 水の神は喜び、男の体を作り名をレイモンドとした。異国情緒ある面立ちは土の神が魂のいた場所を告げたからだ。たくましい肉体に神に近い力、使徒となるよう意志を与えられた。幸福に感謝する日々を暮らし、ある日ミズナギの元へ連れられた。

 湖で遊ぶミズナギはまだ幼く、力の制御も出来ず大きな波を起こしては大きな笑い声を上げていた。名を呼ぶとミズナギが振り返る。濡れた肌は白く、薄い色の瞳が矢のようにレイモンドを射抜いた。その姿をレイモンドは今でもはっきりと覚えている。

 人で言う成人の頃にはミズナギは誰よりも美しく凛としていた。神たちも恋をするがちょっかいは出しても暴君のように振舞うことはない。

 レイモンドはミズナギに恋をしていたが、自身が使徒であることは揺るぎなく、ミズナギは仕える主だと心に刻んでいた。しかしそれはミズナギも同じであった。傍にいる僕を愛し、気にかけている。

 ある月の丸い夜。ミズナギはレイモンドに告げた。

「お前といると胸が苦しくなる、どうしてじゃ?」と。互いに同じだと解り、秘密の夜を始めた。それはお互いにとって良薬となり、レイモンドの体はたちまち大きくなり男となる。ミズナギもまた女へと成長し、体が溶け合うことで力の増幅を知った。

 水の神はそれを知り、二人を認め恋人となる。その後、他の神がレイモンドを傷つけたことに腹を立てて、ミズナギは嵐を起こす。地上では酷い飢饉が起き、多くが死んだことからミズナギは幽閉された。昔から度々起こしていたため重くとられたのだ。

 その間、ミズナギの仕業で多くの魂が流れ込んだことを知った鬼たちは騒ぎたち、幽閉されているミズナギを盗み出す。力を封印されたミズナギは小さな玉のためそれは容易だった。

 幽閉の期間が終わりを迎える頃、レイモンドはミズナギを迎えに行ったが、すでにおらず、彼はミズナギを探す旅をすることになる。その後ミズナギの玉を持っていた鬼はその玉を天海で落としてしまう。それから随分と長い間、レイモンドはミズナギを探していた。どうやら地上にいるかも知れないと知り、鬼のゲームの執行者を狩る者として名乗り出た。ミズナギは雨の神でもある。同じ力を持つレイモンドの雨に強く反応するかもしれない、そんな淡い期待でもあった。

 そしてあの夜、ついに見つけた。死体の前に立ち尽くす女の中にあるミズナギの波動を。

 ベットに横たわって眠っているミズナギの頬にかかる髪をすくい上げて、指先でそっと触れる。柔らかく暖かな感触に溜息が出た。

 やっと見つけた私の主、もう離すことはない。手を伸ばしてミズナギの体を抱き寄せるとレイモンドも眠りについた。その夜は深く、地上に降りてから安らぎを覚える眠りだった。





 地獄の南側、光が多く集まる場所は金剛石が輝きを放ち、水に濡れている。ぬらりと光って、そこに血濡れの手が多くへばりついており、上へと向かっている。それを長い棒で落としながら青緑の腕が動いていた。

「早く落ちなよ~」

 小さくぼやいて青緑の腕の持ち主は眉を下げる。ここではこうして上がってこようとする者を下へ落とす作業が行なわれている。

「三号!おーい!三号!」

 遠くで聞こえた声に、三号は振り返る。一番上まで来ていた手をこそげ落とすと大きな声で返事をした。

「はーい。いますぐ」

 三号は棒を片手に小走りに歩き出す。朱色の館に飛び込むと、そこにいた黄緑の腕の男に大きな笑顔を見せた。

「三号戻りました」

「おお!すまんな!忙しいところを」

「いいえ。どうしました?」

「……それがなあ……ゲームに失敗した連中の聞き込みを行なっていた官の報告書に、まだ未確認の情報があるらしくてな」

 黄緑の腕で頭を掻いて机に置いてあった紙を三号に手渡した。

「どれどれ、おや……見たことのない美しい人がいた……とありますね」

「だろ?」

「美しい人……そういえば牛丸様が持っていた玉ってどうなっているんでしたっけ?」

 三号の問いに男は耳打ちする。

「……あれな、落としたらしい」

「えええ?まずいじゃないですか!」

「それがなあ……牛丸様の話によるとだ、中に入ってる女を見ていたら見惚れて手が滑って、天海に落としたと。天海だからいいだろうと思って、探しはしなかったらしいんだが、どうやら潮に流されて地上に落ちた……らしいとか」

「ええええ!余計まずいでしょ。だってアレは……」

 三号の口を黄緑の手が塞ぐ。

「言うな……」

「すいません」

 手でふさがれているがモゴモゴ言うと三号は視線を上げた。

「で、目撃情報があったのと、水の神の使徒がゲームの狩りをしているとも」

 三号は両手で黄緑の手を外して口をポカンと開けた。

「……まずいだろ?」

「どうなさるんでしょう?……あの人は強力でしょうに。」

「牛丸様は知らぬ存ぜぬでなんとかしようとしてるらしいが、そのしわ寄せは俺らに降ってくる……んだろうな」

 男はうな垂れると三号の頭をポンと叩いた。

「早いうちに何かしら号令があるかも知れんから、準備だけはしておけよ?」

「はい」と元気よく返事はしたものの、三号は持ち場に戻りながら口を尖らせた。

 上司の牛丸のポカはいつもの事だ。どこか抜けていて可愛げのあるおじさんだ。

 今回も盗み出した玉に見惚れて落としたというのは本当だろう。牛丸は少し剥げたぽっちゃりのおじさんだが、鬼の間では人気がある。気さくで優しく、時にアホなこともする。

 三号も会う時はいつもご馳走になるし、その時、お土産の寿司をもらったりもする。なんともまあ愛すべき上司なのだ。

 しかし牛丸が落とした玉が問題だった。あれには強力な神が封印されている。

 三号も実はそれを見たことがある、あれは危険で牛丸が見惚れてしまうのがわかるものだ。

「はああ~」

 溜息をついて持っていた棒を両手で掴んで持ち上げる。

 それにしても、地獄に落とされる魂の数が少ないからと始まった鬼のゲームは神公認のものだ。自由を侵してはならない、それを守る神たちの計らいで、鬼達はスコアを上げるために鬼のゲームのコマ、所謂、執行者を選ぶ。

 執行者はランダムに選ばれる。ルールは簡単、地上に戻り三人を殺めて戻る。そうすれば地獄へ行ける。勿論彼らには選択肢はあるが、殆どがそれを希望する。

 そして鬼のゲームには狩人が存在する。それは神が定めた妥協案というところだ。

 神の力を持つ者が執行者を狩る。一人殺めた時点でその執行者への狩りがスタートする。狩で捕まった執行者は因果から解かれ、縁も切られ、消滅する。どちらにしても参加する者にとっては地獄に変わりない。

 ちなみに昔からこの鬼のゲームは開催されているが、無事クリアしたものが三号たちのような奇妙な色の腕をしている。

 三号は持ち場につくと、結構上まで来ていた手を棒ではがした。

「あ~、もう!」

 どちらにしろ鬼達は魂を増やす必要がある。それがスコアだ。 多く落とした者が良い職につける。上司の牛丸もそれなのだ。大きく息を吐いて三号は下を見る。キラキラ光る石を這う姿は何度見ても暑苦しいものだ。


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