5 かくれんぼ
午後になり雨は一層強くなっていた。アスファルトを叩く雨が少し煙っている。
二人は傘をさして町の中心を目指していた。この先で殺人事件が起きたと今朝、速報で流れていたからだ。
「犠牲者は女だったか?……刺殺体だったと聞いたが」
「そのようです。執行者はまだ発見されていませんが、一人手にかけているとなると、お決まりの遊びを始めるかと思われます」
「ああ、かくれんぼか」
鬼のゲームに参加する執行者は一人殺すと、快楽を覚え遊びに見立てて被害者を追いかけることがある。これはどの執行者も同じで、どうやら殺しがスムーズに進むようにとの鬼の配慮らしい。
アイ、シー、ユー。それが遊びの決まり文句。レイモンドはすでに三人狩っているが、それぞれ文句を口にしていた。
「鬼どもも酔狂よの」
ミズナギがぼやくとレイモンドは苦笑する。
「そうかも知れません……ミズナギ様、武器はお持ちですか?」
「ああ、追尾銃を。お前は物理で戦うつもりか?」
「いいえ。私も追尾銃を。それにミズナギ様もおられますから戦いは楽になるかと」
「だといいが。執行者とはいえ、もとは人であるからな……」
ミズナギが呪いを唱え視線を空に向けると稲光が走り、雨が強くなった。ピシャンと雷が落ちる。辺りが停電したのか、ふっと暗くなると向こうの道路から人の走る音がかすかに聞こえた。
ずぶ濡れの少女が走ってくる。二人を見つけるとぐしゃぐしゃの顔で飛びついた。
「助けてください。怖い人に追われてて」
ミズナギの胸に飛びついた少女は顔を上げた。彼の顔を見た瞬間、その目は潤み頬は上気する、砕けるように足が揺れるとミズナギに縋りついた。どんな人間であってもミズナギを見ればそうなる。見かねてレイモンドが少女を引き取った。
「いいですか?ここから少し行った場所にコンビニがあります。そこへ逃げ込んでください。ご家族に連絡して、雷が治まったら迎えにくるようにおっしゃってください」
少女に傘を握らせてレイモンドは微笑む。少女はまた顔を赤らめたが、先ほどとは違い安心したように頷くと走り去ってしまった。
ミズナギは自分の傘をレイモンドに差し出す。パラパラとその肩が濡れたのでレイモンドは彼を抱き寄せた。
「……どの世も変わらない、くだらぬ」とミズナギはそっぽを向く。
「私はあなたのその全てを愛しております」
当たり前と微笑むレイモンドにミズナギは鼻で笑った。
「口が上手いな。さて、登場だ」
少女のやってきた道から黒いパーカーを来た人物が軽やかな足取りでやってくる。
「アイ、シー、ユー」
楽しげな声が響いてフードを被った顔が引きあがった。まだ幼さの残る青年はミズナギを見て嬉しそうに笑う。
「ええ?えええ?本当に?」
その場でくるっと回ると、まるでサーカスのピエロのように頭を下げた。
「信じられない。あなたのような美しい方がいるなんて。二人目はあなたにしよう、そうしよう!そうしよう!」
ゲラゲラ笑う青年にはミズナギしか見えていないようだった。すっとレイモンドは気配を消す。音もなく青年の後ろに降り立ち、ミズナギに近づいていく背後にぴったり付くと、影のようにそこにいた。
青年はミズナギの顔を見上げて手を伸ばす。
「ああ、綺麗だなあ。見たことない、こんな綺麗な顔」
赤黒い爪が頬に触れて、ミズナギの白い肌が汚れていく。
「ああ、汚した!汚した!さっきの子よりもあなたがいい!いいなあ!」
ぐうっと首を伸ばして顔を近づける。唇を尖らせた青年の頭をレイモンドが両手で鷲掴むと右手を前に出して首を回した。ゴキッと大きな音を立てて青年の顔が横を向き、両目が白くなり、顔からアスファルトに倒れこむ。
「物理じゃな……」
ミズナギが冷たい視線を向けると、雨に濡れたレイモンドは両手で髪を撫で付ける。
「仕方ありません……触れましたので」
レイモンドは片手をスーツで拭い、綺麗にした手でミズナギの頬に触れる。
黒い汚れを取ると、愛しそうに撫でた。
「これでよろしいでしょう」
「……ああ」
ミズナギは背中に差していた銃を取り出すと、執行者の頭に向けて撃ち込んだ。
「眠れ。お前が行く先は地獄ではない」
執行者をしとめたが先はまだ長いと、狩りを終えた二人は帰路に着いた。
マンションの部屋の前、男が一人苛立った様子で立ち尽くしている。二十代後半だろうか、会社帰りのようでスーツは少し草臥れている。男は二人に気付いて眉をひそめた。
「……もしかして……あんたら……」
つかつかと歩み寄ると二人の顔を交互に見て睨みつける。
「どっちが、レイモンド?」
失礼な言葉に一瞬ミズナギの眉がぴくりと上がる。それを見せぬようにレイモンドが前に出た。
「私がレイモンドです。初めましてイツカさん」
軽く会釈するレイモンドの胸元を掴んでイツカは顔を近づける。
「ナツキは?」
イツカに掴まれたままでレイモンドは微笑を浮かべている。
「中におります。入りましょう」
眉一つ動かさないレイモンドにイツカは舌打ちすると乱暴に手を外した。
開錠しイツカが先に飛び込むと酷い剣幕でナツキを探し始めた。二人はゆっくりと部屋へ入り、ミズナギがジャケットを脱ぐ。リビングの入り口でそれを見たイツカは目を丸くした。
「……本当に男なんだ」
ソファに座りタオルを被ったミズナギは、すっと視線を降ろしイツカを足元から頭の天辺まで眺める。鼻で笑いタオルを首にかけると長い髪を指先で遊ばせた。ふわりと花の香りが広がって、イツカの喉がごくりと鳴った。
「女みたいだ……」
その一言にミズナギの冷たい視線がイツカに刺さる。
「我に欲情するな」
一喝してソファにもたれて顎を上げる。苛立ちに口を開きイツカの顔が紅潮する。罵声を浴びせる前にレイモンドに制止された。
「こちらへ」
拳を握りイツカはミズナギを睨みつけるとレイモンドに従って浴室へ向かった。
バスタブには水が張られており、ナツキが沈んでいる。レイモンドが声をかけるとナツキはゆっくりと浮かび上がり水面に顔を出した。
イツカは駆け寄り心配そうに手を伸ばしたが、レイモンドはそれを止めた。
「まだ安定していません。触らないようにしてください」
「安定?何したんだよ!」
「言うなれば分離です。ミズナギ様の宿主であったナツキ様は、ミズナギ様の力によりとても高い状態で保護されていました。が、分離してしまったため、彼女の力は大変微弱になっている。ミズナギ様が少しお力を貸してくださいましたが……安定するまではこのままが良いでしょう」
説明を聞いてイツカは頭を掻く。
「……意味わかんねえ」
「そういうものです。こちらへ……一から順に説明をいたしましょう」
リビングに戻り、レイモンドから全てを説明されたが殆どついていけず、イツカはずっと眉をしかめている。
「お分かりいただけましたか?」
レイモンドはミズナギの傍に立ったままで、礼儀正しくそう言った。
「分かるも何も、分かんねえよ……ただ、ナツキが大変なのは分かったけど、それで……そのゲームってのは何時終わんだよ?」
「さて……どうでしょう」
「……なんだよ、それ」
うんざりした顔で長い溜息をつき、イツカは後ろに両手をつくと、苛立って舌打ちをした。
「雨だってあんたらのせいなんだろ?鬼だっけ?全部あんたらがやらかしてることじゃねえか。巻き込むなよ、俺達を」
ソファに座っていたミズナギが口を開く。
「……鬼もまた人であった。業が深く慈しみすら持てぬ者たちよ。煉獄に焼かれても何も変わらぬ哀れな魂……それが人だ」
低く柔らかい声にイツカは息を飲む。
「鬼のゲームは人の業の果てに作られたもの。神はせめてと人の自由を侵さぬように動いておる……」
ソファの後ろに立っていたレイモンドは、ミズナギの顔を覗きこむ。
「ミズナギ様、そのあたりで」
そうか、と青白い顔でゆっくりと目を閉じ、抱き上げたレイモンドにもたれかかる。あまりに自然でイツカはただ見惚れていた。
「失礼します。あなたはそこで寛いでいて下さい」
「ああ、はい」
二人が寝室に消えて、好奇心からイツカは立ち上がった。足音を忍ばせて少しだけ開いたドアの隙間から中を覗く。ベットサイドの小さな灯りだけがほんのりと二人を照らしている。
レイモンドがミズナギの服を剥いで覆いかぶさった時、イツカはとっさに顔を背けた。震える両手で口を抑える。嫌でも聞こえてくる衣擦れと肌の触れ合う音に耐えられず、リビングへ逃げ込んだ。
「何なんだよ……まじで」
小さな呟きにイツカは目を閉じる。バスタブに沈んだナツキの姿に不安を覚えながら長い溜息を吐いた。




