表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
32/38

32 アマツの狐

 時は戻る。廊下を徘徊していたナツキたちは教祖の下へと連行された。木造建物の最奥に通されたナツキは片手で三号の袖をぎゅっと握り締めた。

 甘ったるい香が煙たく、部屋の中央には気味の悪い赤ん坊が転がっている。

 その奥では細身の男が女達と交わっていた。

「遅い、待ちくたびれた」

 男は自分の上にいた女を跳ね除けるとナツキに手を伸ばす。

「お前が必要だ。こちらへ」

 拒絶するようにナツキは三号に縋りつく。それに苛立って声を荒げる。

「何をしている?早く」

 全裸で立ち上がると男は両手を広げた。

「分からんか?私は教祖アマツだ。あのだらしない男ではしょうもないだろう?この娘たちを見ろ。楽しんでおるわ。お前は巫女だ、私と子を作れ。お前の子が次の神になる」

 絶句するナツキに教祖は強くなる。

「来い、今すぐ」

 その言葉にナツキの傍にいた鳶丸は一歩前に出た。じろじろと教祖を下から上までねめつけると鼻で笑う。

「狐か?」

「……は?」

「狐だろ、お前……何してんだ」

 たじろぐ教祖にもう一歩近づいて鳶丸は顎をしゃくる。

「低俗な、欲深い、狐」

 何かに気付いたのか教祖はその場にへたり込むと、恐怖に顔を青くした。

「……鬼?」

「ああ、鬼だ。お前、俺の質問に答えろ、何をしてる?」

 鳶丸はしゃがむと片手で教祖の頬を叩いた。

「何を、してる?」

 語尾が強くなり、キュウと鳶丸の瞳が縦に細くなる。教祖は歯をカチカチ鳴らした。

「……よ、呼ばれたのです。」

「誰に?」

「この男に。きょ、教祖とか言うので色々教えました」

「はん、それで?」

「……それで………………交尾を……」

 教祖は眉を下げると顔が動物の狐のように変化した。

「交尾ねえ?……お前、今そうやって綺麗にしてんだろうが、元の教祖ってのはでぶのオッサンだろ?女と子を成してもオッサン似だろうが」

「ああ……そうですねえ」

 鳶丸は仕方ないと笑うと尖った爪で教祖の頭を掴む。

「さっさと出ろ。つか、お前はどっかの神社で修行してんだろうが?」

「はい。全部お見通しですか。すいません」

 教祖が白目を向くと口がぽかんと開いた。そこから紫の煙が這い出て狐の形に変わり走って逃げだした。抜け殻になった教祖はでっぷりとした身体に戻り、その場に倒れこむ。

「いいのですか?」

 ナツキを抱えている三号が笑う。

「いいさ。どうせそんなに影響はねえよ。それよりもこいつか」

 くるっと踵を返し中央で転がっている赤ん坊の前に立つ。腐敗が酷いのか口から蝿が出入りしている。

 三号はナツキをその場に残すと鳶丸の傍に近づいた。

 赤ん坊はまだ生きているらしく、アババと両手足を動かしている。目は白濁としてその奥には何もなかった。

「……もうダメですね、殆ど食われてます」

「ああ、どうする?俺はこのまま死骸になるまで見届けてもいいが」

 三号は跪くと赤ん坊の腹に手を添えた。

「……鳶丸様。」

「うん?」

「虫を…………取り除きたいです。せめて……そうしたいです」

 泣き出しそうな三号に鳶丸は頷く。赤ん坊は随分と頑張ってきたのは分かっていた。

「そうしよう」

「すいません…………すいません」

「いいさ」

 二人は赤ん坊を囲んで両手で印を結び、小さな声で呪いをする。赤ん坊の下に光の円が浮かび上がると梵字が幾つか飛んでは消えた。赤黒くぶよぶよしていた赤ん坊の腕からしゅるしゅると虫が這い出ては梵字に触れて消滅していく。

 赤ん坊は次第に動きを止めてパチパチ瞬きすると、小さくアババと笑った。

 ゆっくりと目を閉じ小さな指先が丸くなる。

 二人の呪いの声が小さくなると赤ん坊の下の光の輪は回り、術の終わりと共に赤ん坊の腹に吸い込まれた。

「取れたな」

 鳶丸は眠るように死んでいる赤ん坊の頭を撫でてやる。優しく動かすとそっと抱き上げた。

「三号」

 赤ん坊を三号に手渡し、柔らかな頬に指を触れさせた。虫を取っ払っても、死体には変わりない。酷い縫い目に色の変わった皮膚は痛々しい。

「ありがとうございます、ありがとうございます」

 三号はぼろぼろと涙を零すと腕の中に抱きしめて部屋を出て行った。それに続き鳶丸、ナツキと外へ出る。

「鳶丸さん」

「なんですか?ナツキ様」

 悲しげな三号の背中を見つめながら声を潜める。

「三号さん……どうして?」

「ああ、昔の記憶の名残でしょうね……俺達は鬼になると記憶が消えてしまう。でも無意識に手を伸ばしてしまう時がある。三号にはあの子だった」

 施設の裏手にある大きな木の根元に三号はしゃがみこむと赤ん坊をそこに置いた。雨に濡れないが、もうすでに赤ん坊は崩壊を始めている。足の指が融けて土に還り、三号は赤ん坊の全てが消えてしまうまでその肌に触れ続けていた。

「逝ったか?」

 蹲る三号の頭に触れて鳶丸は優しく微笑む。

「はい、無事。きっとあちらでは二人仲良く過ごせるのではないでしょうか」

「そうだな……さて、メソメソしている時間はなくなって来た」

「はい、近づいて来ています」

 二人は遠くの空を見上げている。ナツキもそちらを見たが雨が降り続けているだけだ。

「近づいている?」

「はい。もうじき。ナツキ様、どうか私達と一緒におられますよう」

「ああ、俺達ならナツキ様を守れる。離れないように、こちらへ」

 鳶丸に手を引かれてナツキは胸に飛び込む。ナツキを抱えたまま、鳶丸はぶつぶつと呪いを唱えて手の平を目線で右から左へ、下から上へと動かした。

「目隠しをしておきます。これから起こることはあなたにとって危険です」

「何が……」

「まだ猶予はあるでしょうから、少し休みましょう。三号も」

「はい」

 三人は出入りのない部屋に入ると休息を取る。ナツキが眠りにつくと鳶丸と三号は周りを警戒しながら耳を済ませていた。

 施設の中の信者達はほぼ全員が木造施設へと移動している。何かあるようで巫女を捜しにくる可能性も否定できないが、今のところ何か皆浮かれている。

 鳶丸が視線を上げて思念を飛ばした。

「三号、わかっているな?」

「はい」

 それでも三号の顔色はさえない。

「俺達はあくまで見ている、忘れるな」

「お二人が来られれば……もう私たちは」

「ああ」

 傍で眠るナツキに二人は視線を落とした。

「ご無事でおられますよう」

「ああ、出来る限りそうしよう」



 その数時間後、ミズナギとレイモンドが天心教に到着した。

 空は黒く、雨は酷くなる。これが人々にとって浄化の雨ならば、きっともっと降れと願うのだろう。神の元、救済を願って。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ