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3 蠢くからだ

 デジタル時計は深夜二時を回り刻々と進んでいる。

 部屋の壁際にはレイモンドが立っており、、気になって座るように促したが、これが普通だと言い負かされてしまい今にいたる。

 ナツキはソファで縮こまったまま、ちらりと横目でレイモンドを見る。背の高い男だ。百九十センチほどあるだろうか、頭が小さいせいで余計にバランスよく見える、雑誌で見るモデルのようだ。

 神の使徒、わけの分からないことを言っていたが、ナツキの体の傷が治ったことから信じざるを得ない気がしている。

 それに体の中にミズナギとかいう神様が寄生しているらしい。しかも力が戻れば食い破ってくるなんて言われて、考える度にあの有名な映画のワンシーンが頭の中で再生され続けている。

「怖すぎる……」

 独り事にレイモンドは反応したように見えたが、黙ったまま視線を降ろしている。

 それにしてもどうしたものか……友人には相談できないし……机の上に置いた携帯端末を見た。ランプが点灯している。手にとって操作すると、イツカからだった。

 イツカは恋人だ。数週間前、大喧嘩して別れるまでに発展してしまった恋人。別れは告げていないものの、このまま行くと自然消滅しそうだった。

 イツカに相談してみようか……そう思ってレイモンドに声をかけた。

「あの、知り合いに話をしたいんですが……いいでしょうか?」

「はい、かまいません。しかし頭がおかしいと思われますがよろしいのですか?」

 傍に跪いたレイモンドに「確かに」とうな垂れて苦笑した。

 確かにそうなのだ。こんな小説やアニメのような話を信じる奴はいないし、頭がおかしくなったと思われても変じゃない。

 携帯端末を前に迷っているとレイモンドは優しく言った。

「では数日留守にするかも知れない、そのような形でお話をなさってみては?ミズナギ様をあなたから出した後、あなたは皮だけの状態になり無防備です。できれば誰かに付いてもらえれば私たちも動きやすい」

「……皮だけ……」

「はい、皮だけです。私の力であなたをお守りしますが、人の中にも力を使う者がおります。万が一に備えておく必要はあります。勿論、ここには結界を張り、あなたは守られます」

「私の中のミズナギ様とやらの……お力はお借りできないんですか?」

 レイモンドはにっこり笑うと頷いた。

「わかりかねます。ミズナギ様はミズナギ様ですので。あなたが自由なようにあの方も自由なのです。私がどうこう言って何かなさる事や、強いる事はできません」

「じゃあ、私がお願いしても?そういうのはダメなの?守ってくださいなんてのは聞き入れてもらえないのかな」

「なるほど。ではあなたがそうなさってください。皮になった後でそうできるかは分かりかねますが」

 ナツキがムッと頬を膨らせるとレイモンドはクスリと笑い、ソファの後ろに立った。どうやら電話は後ろで聞いているつもりらしい。

 携帯端末を操作してイツカに電話をかける。いつもは眠っている時間にも関わらずスリーコールで電話に出た。

「はい、イツカです」

 慌てていたのか珍しく声が跳ねていた。ナツキはレイモンドの指示に従いスピーカーにする。

「もしもし、私、ナツキ。こんばんは」

 挨拶に一瞬息を飲んだのが聞こえた。

「こんばんは。どうしたの?」

 少しぶっきら棒な声にナツキは笑う。

「ごめんね、遅くに。ちょっと相談したいことがあって……」

「何?」

「うん。実は少しの間留守にするかも知れなくて……」

 ちらりとレイモンドを見ると彼はにっこり笑って頷いた。

「それで……その時はお願いできないかな~って」

 要領を得ない言葉にイツカが苛立った声を出した。

「おい、意味がわからん。どういうことだ?留守にするかもって……お前がどこかへ行くのはいいとして、どれくらい留守にするんだよ」

 この声は怒っている……意味が分からないのはナツキも同じだ。

「ええと……」

 言葉を探しているとレイモンドが小さな声で耳打ちした。

「雨が止むまで」

 マイクが拾ったのか、スピーカーからイツカの怒鳴り声が飛んでくる。

「ナツキ!お前誰といるんだ!つうか男か!まさか、なんかされてんじゃねえだろうな!」

「ちが……ちょっ」

 言い終わる前にナツキの口をレイモンドは手で抑えた。

「どうも……こんばんは。私はレイモンドです。イツカさん、お話をしてもよろしいでしょうか?」

 低く響く声でレイモンドが話すとしんと静まりかえった。

「ああ……あんた何でナツキと一緒にいる?どういう関係だ?」

 明らかに不機嫌な声にレイモンドは微笑む。

「ナツキ様には少し協力をして頂いております。イツカさんにもご協力をお願いしたく、こうしてお話を」

「なんだよ、協力って……」

「はい。これからナツキ様にはして頂かなくてはいけない事がございます。その後、ナツキ様は動けなくなりますので、イツカさんに護衛をお願いしたく」

 スピーカーから音が消えると沈黙が続いている。レイモンドはナツキの口から手を外した。

「お分かり頂けなかったのかも知れません。ナツキ様、お役に立てず申し訳ありません」

 レイモンドには悪いが、そもそもこんな訳の分からない話を急に信じろというほうがおかしい。

「気にしないで……」そう言いかけた時、スピーカーからイツカの声がした。

「分かった。何時そっちに行けばいい?」

 ナツキがギョッとすると、レイモンドは優しい声で言う。

「では、ナツキ様からのメッセージをお待ちください」

「……分かった。待ってる」

 電話が切れて、液晶の光が落ちた。ナツキは目を丸くして呟く。

「……あれで……分かったの……かな」

「どうでしょう。しかし、恋人がピンチとなりますと普通は何でもうまく収まるものですよ」

 そんなものかな……と思いながら、怒ってくれていたイツカに少し嬉しさもある。大喧嘩してまだ謝れてもいないのに、引き受けてくれたのだから。

「では……ナツキ様」

 レイモンドはナツキの手に触れる。

「どうなさいますか?私に権限をお与えになりますか?」

 ミズナギ様を体から出す……か。

「……一つ聞きたいんですけど」

「何でしょうか?」

「どうやって出すんですか?魔法みたいな呪文でパパッと?」

 笑って両手を空中で遊ばせると、レイモンドは頭を振る。

「いいえ。物理的に私の手であなたを切ります」

 レイモンドは胸元から小さなポケットナイフを取り出した。銀製で美しい装飾が施され、切っ先に向かって鋭く光っている。

「これであなたを切ります」

 ヒッとナツキが声を上げると、レイモンドは頷いた。

「言葉だけで聞くと恐ろしいかも知れませんが、肉体にはオーラが存在します。それを切り、あなたの中にあるミズナギ様を取り出します」

「オーラ?なんかスピリチュアルな感じ?」

「そうですね。アレとは少し違うのですが、分かりにくいので同じだと思ってください。皮は切れてしまいますが、切った後は必ず綺麗に元に戻ります」

「ちなみに……どこを切るの?」

 ごくりと唾を飲んだナツキの額にレイモンドは人差し指を当てた。

「ここです。ここからまっすぐに切り首元まで進みます。そこから少し剥ぎ、私の手で取り出します」

 想像してナツキの顔が青くなる。

「……怖いなあ。もし……切らなくて……ミズナギ様が自分で出てきた場合はどんな風になるの?」

「お聞きになりますか?」

「……参考程度に」

 レイモンドは声には出さずナツキの目の前で何かを引き裂くように両手を広げた。それを見てナツキは顔を背ける。

「……やっぱりいいです。言わなくて」

 ナツキの様子にレイモンドは声を出して笑った。

「お任せくだされば悪いようにはいたしません。お約束いたします」

 両手を大きな手で包まれてナツキは頷いた。

「分かりました。お願いします……けど明日でもいいですか?」

「かまいませんが……まだ何か?」

 ナツキは笑うと冷蔵庫を指差した。

「実は……冷蔵庫に取って置きのケーキが入ってて、まだ食べてないから。ミズナギ様を出しちゃったら、当分動けないんですよね?腐っちゃったら困るし」

「そうですか。ではお茶をお入れしましょう」

 するっと立ち上がりレイモンドはキッチンへ向かう。ナツキは彼の背中を見ながら頷くと決心したように立ち上がった。


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