29 烏
巫女が来てから数日、信者たちの目があちらに向いている。カミサマという赤ん坊がいると言うのに、神秘的な娘に従者を二人連れているというのが魅力的に映るのだろうか。先日の対面で巫女は赤ん坊の手を弾き飛ばした。
触れることもなく怪しげな力で。そのあとは死んだであろう赤ん坊を生き返らせて奇跡を見せることができた。が信者は揺れている。
どうしたものか……。教祖は大きく息を吐いて煙草に火をつけた。
床には裸の女が数人転がっている。教祖自身には覚えがないが、どうやら赤ん坊から入り込んだ何かが自分の身体で好き勝手しているようだ。
おかげで性欲は治まってはいるが、どうにも納得はしていない。
あの巫女が来ると予言したのも赤ん坊の中にいる何かだ。
教祖はでっぷりした身体を起こすと傍にあった服を着た。ベットの端のテーブルには香が焚かれた痕がある。
あれを使ったんだろうか?あんなものなくても少々目を瞑れば事は上手く運ぶのに、転がっている女たちを見るに満足を得たということか。
部屋を出ていつもの場所へ向かう。昨日から巫女がそこにいるはずだ。それとあの従者たちも。どういうわけだか、後から来た者まで巫女に張り付いている。話をしようにも小さい方はともかく、でかい方が威嚇してきて恐ろしい。
廊下を抜けて最奥の扉の鍵を開けた。木造だがしっかりとした建物だから逃げるのは容易ではないだろう。
ドアを開くと部屋の中央に白い巫女、そして従者が二人。皆こちらを見ている。どうやら来るのがわかっていたような雰囲気だ。
「少し話をしてもいいだろうか?」
「かまいません」
一番手前にいた黒い従者が低い声で応答する。すらりとした烏のような男だ。美しい顔でなんだか腹が立つ。
「私は!巫女と話をしたいんだが!」
ずいっと前に出るともう一人の従者が眉をひそめた。
「すみません、後ろに下がりますね」
烏の腕を引いて白い巫女の後ろに一歩下がる。ただ二人とも隙がなく、立て膝なのはこちらが何かしたら飛び掛る気満々ということだ。
小さく溜息をつくと教祖は肩を落として巫女を見た。その辺の色白の女よりももっと白い、青いと言ったほうが的確だろうか。細身の身体に美しい顔が乗っている。さらりとした髪も御伽噺から抜け出して来たようだ。
「……なんでしょうか?」
巫女の声に視線を上げる。その瞳が射抜くようで教祖はドキリとした。
「……意思疎通が出来るようだな。カミサマと対面した時とは随分と落ち着いたように見えるが?」
「………………」
巫女は黙り込んだまま視線を逸らす。
「まあ、いい。私はな、あのカミサマを作ったのだよ。可愛い可愛い愛しいカミサマをな。今は少々腐っているが、出来た頃はフランケンシュタインのようで愛らしかったよ」
教祖は胡坐をかいて頬杖をついた。
「その中に予言をするものが現れた。まさしく成功したと。巫女も不思議な力を使うようだが私も散々書物を読み漁って何とか出来るようになってね。今では教団に幾つか術師が生まれている。そして巫女、君が新しく命を宿せば万々歳だ」
その言葉に反応したのは後ろの小さい従者だ。
「あのう……お聞きしてもよろしいでしょうか?」
「何だ?」
「術とは必ず成功をするのでしょうか?」
突然何を言い出すのかと思ったら、術は必ず成功するか?だと。教祖は息を吐くと片手を払う。
「当たり前だ。しかし術を使えるようになるには修行が必要だ。だから皆、修行して、ああして護摩を焚き、祈っている。お前は何が聞きたい?」
「いえ……どうにもうまく行っていないようにも感じられたので……出すぎたことでした。申し訳ありません」
深々と頭を下げて旋毛が見えた。こうして平伏されるのは気分は悪くない。
「……しかしうまく行っていないとはどういう意味だ?」
教祖の呟きに後ろの烏が呟く。
「間違いがある。」
「は?」
「あなたが持っている即ち教本とも呼べるものが間違っている。初めから正しくなど書かれていないということだ」
「何を?知ったような口を聞くな」
「……」
黙り込んだ烏に教祖はムッとして立ち上がった。
「とにかく、巫女には働いてもらう。私と来い」
白い腕を掴んでぐいっと引っ張ると、巫女のまっすぐな瞳が教祖を射抜く。
一瞬手を離しかけてもう一度強く握った。ギリっと巫女の腕が鳴る。
「痛っ……」
従者二人はまだ動く気配はない。ただ送られる視線が強くなっていた。
それ以上するな、言葉ではない意思が肌にピリピリと感じられる。
少し力を入れた時、烏の指が動いた気がして教祖は巫女の腕を離した。
「後で迎えを寄越す、必ず来い」
巫女の後ろ、鋭い目をした二人から逃れるように教祖は部屋を出る。ドアを閉めた瞬間、脂汗がどっと噴出した。
……なんだアレは。
両腕の手が逆立っている。そうだ、アレに良く似ている。カミサマに何かを降ろした時もこんな風に気味が悪かった。
廊下ですれ違った信徒を捕まえると吐き捨てるように命令した。
「後で巫女を私の部屋に連れてきなさい」
なんにせよ、ムカムカする。でも巫女を抱けば……あの連中も。
教祖は噴出すとそのまま大笑いした。
鉄筋コンクリートの団地の前、警察官が出入りしているのを団地の住民たちが見つめている。雨は酷く、端のほうでは消防が避難するようにと呼びかけていた。彼らから少し離れてミズナギとレイモンドは団地を見上げている。
「住人の話ではニュースの被害者以外にも殺されているようです」
「…………そうか」
黙り込んだ二人の傘を雨が叩いている。その向こうで住人たちの声が大きくなった。雨で聞こえないからだろう。
「五階のXXさんだっけ?酷いわね」
「本当に酷いわ。あれでしょ?子供さんも殺されてたのよね」
「そうそう。奥さんは頭が潰れてたって」
「えー、やだ!怖いわ!」
「四階もでしょ?」
「四階って言ったらXXさんじゃない。あそこは赤ちゃん産まれたばかりでしょ?怖いわ、通り魔なんて」
住人たちは恐怖しているようで、この後も嘘か本当か分からない話が続いている。そこへ消防隊員が避難要請に飛び込んできた。
レイモンドは少し傘を上げてミズナギを見る。
「行きましょう」
二人は踵を返し歩き始める。坂を下ると水の流れが強くなっていた。
「次はどこでしょうか」
ぽつりとレイモンドが呟くとミズナギは顔を上げた。
「あそこだろうな……」
「やはりそうですか……おかしな動きをしていますし」
「ああ……どちらにしろ行かねばならん」




