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28 鱗が落ちて

 数時間前、ナツキは鳶丸、三号と共に木造の施設へと移された。薄暗い部屋の中は煙が立ちこめて空気が汚染されている。三人は鳶丸が見つけた空気の流れを辿って、少しでもましな場所へと避難していた。

「それにしても酷いですね。なんですかね?」

 三号は建屋の隙間を見つけて顔を近づける。

「昔よく流行った香だ。催淫効果がある」

 鳶丸が膝を立てて顎を置くと、ナツキの肩がびくりと上がった。

「大丈夫ですよ、我々には効きません。そもそも鬼は性欲がないのですよ」

「え?」

「鬼は子供を作る必要がありませんからね。地獄で永遠に鬼として生きるんです」

 三号が笑って頷くとナツキが恐る恐る口にした。

「……あの、あなたたちのことを聞いてもいいですか?」

「はい、勿論です。何も分からないままでしたね……失礼しました。ではナツキ様の知りたいことを聞いてください」

 鳶丸が姿勢を正すと三号も同じく背筋を伸ばした。

「じゃあ……鳶丸さんはどういう鬼なのですか?」

「はい。俺は管理職になります。鬼としては階級は上の方ですね。地獄というのは死んだ者たちが初めに送られてくる場所なんです。それらを管理している場所、謂わば入管みたいなものですね」

「……あ、死んだら地獄に行くんだ。やっぱり閻魔様に会いに行くって嘘じゃないんだ?」

「ハハ。確かに閻魔様はおりますが……入管を通って、何処に送られるかはその魂の行いですね。勿論、閻魔様に会う魂もおりますよ。殆どは地獄のビジネス街みたいな場所で労働をして、次の輪廻まで時間を過ごします」

「わあ……死んでも働くのか。大変だなあ」

 鳶丸はナツキがうな垂れたので破顔した。

「いえいえ、無茶な労働ではありませんよ。皆、得意なことをやって、簡単に言えばスキルアップという奴です。次の輪廻で使う物を上手にできるようにと。子供たちは賽の河原に送られますが、石を積むのもバランス良くという話ですね」

「え?賽の河原って鬼が石を崩すんじゃ……」

「それはそうなのですが……」

 鳶丸が口ごもると三号が助け舟を出した。

「あれは……大きい石を積もうとして子供が怪我をしないように。でもあそこにいる鬼たちは見かけが怖いから……意地悪してるように見えるんですかね」

 ナツキが噴出すと、鳶丸も笑った。

「まあ、人の世界で伝わっている天国と地獄というのは見たことのない人間が考えた話だと……思ってください」

「はい、そうします」

「では、私もお答えします」

 三号が言うとナツキは頷いた。

「はい、三号さんはどういう鬼なんですか?」

「私は地獄の端にある崖を担当しています。美しい崖なのですが、その下は結構悪いことをした魂たちが落とされています。崖を登りきったら次に進めるんですけど、私はその邪魔をする役なんです。棒で手を剥がして下に落とすんです」

 照れながら三号は話す。

「あ、でも!でも、悪い事ではないんですよ。そもそも魂ですから死にませんし怪我もしません。本来私のような役は必要なかったんですが、やたらと体力のある魂がいましてね。ガッツで上がってくるんですよ」

「……ガッツで………………」

「えへへ、そうなんです。今はちょっと代わってもらっていますが」

「そうなんだ」

 ナツキは少し思い悩んで顔を上げた。

「………………あの……」

「なんでしょう?」

「……鬼って……元々なんなんですか?」

 三号は鳶丸を見てから困ったように微笑む。

「人間です。死んだ魂は地獄にて鬼になるのです。しかし……鬼になれるのはほんの一部。あとは輪廻に乗り人の一生に戻ります」

「え、じゃあ……もう生まれ変われないということ?」

 黙り込んだ三号の頭を撫でて鳶丸が代わる。

「はい。そうなります。だから鬼は未練がないのですよ」

「……寂しくないんですか?」

 ナツキの目が潤んだのに気付いて鳶丸は微笑む。

「……こうして、地上に戻ればその感覚、寂しさというものを感じます。俺達は鬼として生きていますが、人の記憶を少しだけ持っています。ほんの少しだけ。家族の事などはわからない、けれど……元いた場所などはノスタルジーというんですか?懐かしさに寂しさも混じるんです」

「そう……三号さんも同じ?」

「はい。……私は今回初めて地上に来ました。街を見て…………胸が震えました。不思議です、何も覚えていない、何もわからないのに…………懐かしくて、切なくて。きっと此処にいたんだって思って」

 三号の目が潤んで涙が零れた。

「ナツキ様、私は……今、行なわれている鬼のゲームの元参加者でした。私は人を殺しているのです」

「執行者……」

「はい。私のこの腕はその証です」

 ぐっと袖を捲って腕を見せた。しかしナツキの目は濁っているため見えはしない。それに気付いて三号は慌てると、ナツキが頷いた。

「私の目を戻してくれますか?」

 その言葉に反応したのは鳶丸だ。ここで術を使えば他にも気付かれる可能性が高い。

「ナツキ様、しかし」

「お願いします。ちゃんとお話してくれて……それなら私も頑張れる。もうここにいるのなら隠したって仕方がないし……それに」

「それに?」

「一緒に戦えます。目が見えた方が良い」

 三号がくしゃっと笑って、鳶丸は噴出した。

「面白い方だな。では俺があなたの目を戻します」

 ナツキに近づいて鳶丸は小さな声でぶつぶつ唱えると片手をかざして、一本ずつ指を閉じてゆく。拳をぐっと引き上げるとナツキの瞳から白い鱗が零れ落ちた。茶色の目が現れて二人を映すと優しく笑う。

「見せてください」

 頷いて共に色のついた腕を見せる。三号は黄緑、鳶丸は深紅。

「人を殺すと色がつくのです」

 少し震える声で三号が自分の腕を摩ると、ナツキが手を触れさせた。

「……どうしてゲームに参加することになったんですか?」

「未練です。俺達、鬼はゲームの参加者を選ぶ時、一際強い念を持つ者を探します。その殆どが、殺人やいじめなどの被害者です。鬼のゲームはそもそも鬼たちのビジネス、地獄に魂をという願いから作られたものです。しかし……それは建前で、あまりに辛い死を経験した者の救済として……そう聞いています」

 鳶丸は泣き出した三号の頭を撫でながら話す。

「俺達は鬼になってしまったから、正確な記憶はない。しかし今ゲームに参加している者たちは苦しみの果てにいて、絶望に身を震わせている。殺すのは三人としているのは神の配慮です。実際、執行者となれば鬼の力が使えます。人の身体ですが死者なのである程度制限はされますが。痛みも疲れもなく、まるでサバンナで狩りをする永遠に動くライオンのようになります」

「……あの、人を殺している時は……それをしているって分かっているの?」

「いいえ。一人殺した後はただの殺し屋のようになります。だから二人目の時に傍に人がいると巻き込んでしまうんです」

「ああ……だから。私はあの時」

「レイモンド様から聞きました、ご無事で良かったです」

 ナツキは首を振ると優しく笑う。

「それはもういいの……、ただ意識があるままで殺すのは……辛いなって思って。だから、自分がわからないのなら……少しはましなのかな?なんて……ね。ごめんなさい、辛いことを聞いてしまって」

「いいえ……全て分かった上であなたが俺達と行動してくれるのでしたら、あなたをもっと守ることができます」

 鳶丸はそう言うと、すっと冷たい目を扉の方へと向けた。

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