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24 贖う者たち

 部屋に戻ってから随分と長く、トイレに突っ伏してナツキが咳き込んでいる。その背中を三号が撫でながら、入り口を警備している鳶丸に視線を向けた。

 夜遅い時間にナツキは巫女として神とされる赤ん坊と対面した。その赤ん坊は鬼の護りの力により弾け飛んだ。ナツキの目には映りはしなかったものの、体に飛んできた蛆と腐敗臭のせいで戻ってからこの状態になっている。

「あの教祖……ヤバイな。まだ意識はあるが何か入り込んでいる」

 鳶丸は腕組してドアにもたれた。

「なんでしょうか……欲に絡みついたものでしたが……」

「さあなあ……。虫でないことは確かだ」

「そうですね、むしろ赤ん坊の方が酷かったです……もうあの体を維持は出来なくなるでしょうに。あんなに小さいのに可哀相です」

「ああ」

 青い顔をしたナツキが顔を上げて三号にもたれかかった。

「ごめんなさい……お風呂に連れて行ってくれますか?」

「はい」

 三号はナツキを抱えるようにして風呂場へと向かった。ナツキが風呂を使っている間、二人は外で待機していた。

「なんとかナツキ様は守れそうだな」

 鳶丸が笑うと三号は頷いた。

「そうですね、なんとか……けれどナツキ様のお心も心配です」

「確かにな。あんなもん人が見ていいものじゃない。まあ……ナツキ様は今、見えてはいないが、感じてはいるだろ。早いとこ此処から出たいもんだな」

「はい」

 やっと落ち着いたナツキを眠らせて、部屋の外で二人は話しこんでいる。施設はしんと静まり帰っているため、二人は黙ったまま思念を使って話していた。

「鳶丸様、ここ……どう思いますか?」

「そうだな。基本的には気持ちが良いものだ。しかし何かしら始まると気味が悪くなる」

「そうなんですよ……私、鬼になってから分かったんですが、人というのはあんな風なんですね」

「まあな。俺達もそうだったわけだが……。お前は初めてだったか」

「はい。キラキラしている時は良いんです。でも、あの悪意みたいなもの……殆どが必死な思いなわけですが、どうしてああなってしまうんでしょうね。気持ちが悪かったです」

「どの時代も同じだ。人の信念というものなのか……念が強くなる。なんでもしてやる、そんな気持ちなんだろうな。それなら理解もできるだろう?」

「はい」

 三号は眉をひそめて顔を上げた。

「けど……どうしてでしょう。あの屍人形……悲しいんですよ。気味が悪いのに、その中に悲しみが満ちている」

「ああ……赤ん坊の中の本来の者が虫に食われているんだ。虫は穢れを食い尽くすからな」

「それなら……助けてやれないんでしょうか?」

「どうだろうな。俺達なら何かできるかも知れないが、人の世界に干渉しすぎるのはあまりよろしくはない。お前も分かっているだろう?」

「はい、分かっています」

 情けなく声を出した三号を見て鳶丸は頷いた。

「なら……いいさ。ナツキ様を守っているのだって……あまりよろしくはないからな」

「はい」

 二人は会話を終わらせるとすうと目を閉じる。鬼は休む必要はないが、人に見せるために眠るフリをする。丁度ドアを開けて中を覗いた信者の目には二人が眠っているように見えただろう。信者はにこりと微笑むとまたドアを閉めた。



 マンションの浴室。バスタブに水を張って、レイモンドが青い顔で呪いを唱えている。水面がゆらりと動き波紋を作り始めると水は泡立ち、淡い色に変化した。両手をぐっと握って目を開くと急ぎリビングに戻り、ソファに倒れこんでいるミズナギを抱えて、バスタブに沈める。

 折れたままの腕は赤黒く腫れていた。レイモンドはぶつぶつと呪いを唱えてミズナギに触れる。彼の青白い顔に少し赤みが差すと長い睫毛が持ち上がった。

「ああ……レイ」

「申し訳ありません。本当に申し訳ありません」

 レイモンドの目に涙が滲むとミズナギは微笑む。

「大事無い。お前は優しすぎる……神は死なぬと知っておろ?」

「しかし……私はあなたを傷つけたくはありません。あなたが強いからといって……このような酷い目には遭わせたくないのです」

「仕方がない……干渉はせぬという約束がある」

「だからといって、腕を折られてやる……など。私が代われればよかった」

 ミズナギは白く変わって行く腕を指先で撫でる。

「愚か者よ。お前が代わったとて、我の負担は変わらん。それに治癒は出来るのだから……」

 レイモンドの涙が止まらないのを見て、ミズナギはその頬に手を伸ばした。

「良いのじゃ。しかし……すまなかった。気をつけよう」

「お願いいたします」

 お互いの唇を近づけて体の水の流れを整えると、二人の周りを柔らかな水が包み込む。

「泣き虫は変わらんな。昔と同じじゃ」

「泣いてはおりませんよ。……それよりあの執行者ですが」

「ああ。意識がある者は厄介じゃ。何より狩る者の気持ちを削ぐ」

「はい。でも今までなかったような事ではないかと……」

「さてな。ただ、人の歴史も長い。今回のように訳の分からぬ者が介入しているとなると予期せぬことも起ころう。神が絶対だとしても、贖う者は出てくる」

「贖う者ですか……」

「そうじゃ。人は時折、神になりたがる」

 古来より、人間の世界では神を名乗るものが少なからずいた。それらは自らを神として人に崇めさせて信仰とする。恐ろしいのは神などではなく、ただの人であり、欲の塊だということだ」

 ミズナギは傷の癒えた体で立ち上がり、レイモンドを見下ろした。

「レイ……我をベットへ」

「かしこまりました」

 ミズナギを抱きかかえて浴室を後にする。ミズナギの腕は治っているように見えた。そっと寝室のベットに横たえて、体重をかけないようにのしかかる。美しい顔に唇を落として、体に指を這わせる。ピリピリと伝わる力が指先から走っていく。

 ミズナギはゆっくりとレイモンドの頬に触れて微笑みを浮かべた。

「人は神にはなれぬ。神のように崇められたとしても、我らのような神とは違うのだ。輪廻を繋ぎ、心を残していく。儚くも美しいものじゃ。生とは死と連続しておるが……それはまた生に戻るためのもの。レイ、お前の魂はそれらと切り離され我と繋がれた。水の神の戯れだとしても……お前の意志ではなかろう」

「……それでも私はあなたのお傍に」

「ああ、我もお前を離すつもりはない。けしてな」

 神の使徒は永遠に死ぬことはない。神と同じで。切れない絆で結ばれた神と使徒は夫婦にはなれずとも……永遠を生きる。

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