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23 意識ある者

 イチタは雨の中、ぼんやりと空を眺めている。顔を打つ雨が心地よく、けれど胸の中にある気持ち悪さは流れていかなかった。

 二人殺した、あと一人で完結する。でも実際は三人なんかでは足りない。イチタは何故三人でしかダメなんだろう……そんな気分だった。

 さて、と歩き出し最後の一人の場所へ向かう。地上にやってきて不思議だったのは殺したい相手がどこにいるのかわかることだ。

 会いたくなんてない、けれど会いにいく矛盾はこの胸の殺意そのもの。

 バシャンと視線の先に人影が現れてイチタは目を細めた。男が二人立っている。スーツを着て上背がある。一人は女のような、もう一人は外人のような大男。二人はパチンと傘を閉じると、傍の壁に立てかけた。

「なんですか?」

 イチタは訝しがりフードを被ると、外人の男が軽く会釈した。

「おや、あなたは意識があるのですね?」

「……誰ですか?あなた」

「私はレイモンド。こちらは神であるミズナギ様です」

 ミズナギは口元を微笑ませる。女に見えた顔は男のようでもある。

「……何か御用ですか?」

 一歩後ずさりしてイチタは二人を睨みつけた。次の奴の所まで行かなくちゃいけないのに……。

 レイモンドは片手を上げてミズナギを制止すると、ゆっくりと水を蹴るように進む。

「あなたは執行者ですね?」

 目の前で立ち止まった大男をイチタは見上げた。

 そういえば鬼がそんな話をしていたような……記憶の隅にあった話を思い出す。

「……ああ、じゃあ、あなたは執行者を狩る人?」

「はい」とレイモンドが笑う。

 こんな大男と殺り合うのか?と言っても、二人殺した時点でよく分かったのは自分が生きていた頃よりもずっと強くなっているということ。でも、こんな大男と戦うなんて気が知れない。

「……あの」

 イチタは顔を上げると首を傾げた。

「出来ればあなたとは戦いたくありません。俺、あと一人殺したら他の奴のことは忘れてあっちに帰ります。それじゃダメですか?」

「……申し訳ありません。ダメなんです。私は執行者を狩るという目的でここにいます。あなたがあちらに帰れるとしたら、一人も殺さない事が必要でした」

「……そうなんだ、知らなかった」

「多分、その辺りは説明しないのかも知れません。申し訳ありません」

 レイモンドは悲しそうに頭を下げる。

「どうしてあなたが謝るんですか?関係ないのでは?」

「いいえ。取り決めですから。私は狩りをする側として全て把握していますし、本来執行者は全てを知り、その上で参加する必要があるのです」

「……ああ」

「鬼にも色々おりますから……お許しください」

「それは人もおんなじだから。……じゃあやっぱり戦わなくちゃダメ?」

「そうなります」

「そっか」

 イチタは前かがみになり片手でレイモンドの腕を掴むと、くるっと体を反転して右足を振り下ろす。ストレートにレイモンドの首に当たると、彼はそれを一瞥してイチタの足を捕る。そしてイチタの体重を利用して投げ飛ばした。

 ゴッと建物の壁に打ち付けられて、イチタはよろよろと起き上がる。痛みはないのが不思議だ。けれど足を立てようとしてぐにゃりと曲がった。

「あ……折れてる」

「手加減は出来ません」

 レイモンドが素早く動き、イチタの傍に降り立つ。大きな手で首を捕まれて持ち上げられた。ギリッと首が軋む音がして、イチタの目が大きく開く。

 両手でレイモンドの手を掴み、力ずくでそれを開くと、バリッと音がしてレイモンドの指が反対に折れ曲がる。

「レイモンドさん、強いなあ」

 イチタの言葉にレイモンドは笑う。

「あなたこそ、意識のある執行者は初めてですよ」そう言い、折れた指をもう片方で戻した。

「そうなの?他の執行者っておかしくなっちゃってるってこと?」

 折れた足を庇うようにイチタは立ち上がる。

「そうです。だから……私たちは戦いやすい」

「ああ」

 そうか、だから少し優しいのか。イチタはレイモンドの足に飛びつくと、膝を折り彼を押し倒す。バシャンとレイモンドの背中がつくとイチタはその場から飛び上がった。半円を描いてミズナギの目の前に降り立つ。

「ミズナギ様……も背が高いね」

 イチタの赤黒い指先で鋭い爪が揃うと、ミズナギの頬をかする。それは線を描き、白い頬に赤い血がつうっと流れ出た。

「神様も赤い血だ」

 レイモンドの目の色が一瞬で変わる。彼が動くより早くイチタはミズナギの腕を折った。だらりと落ちた手にミズナギは静かに視線を落とす。

「お前……」

「痛くなんて……ないんでしょ?神様は。」イチタが言葉を続けようとした時、後ろに現れたレイモンドの両手がイチタの肩と頭に触れ、もぎ取った。鈍い音が響き、ミズナギの白い顔がイチタの血で赤く染まる。

「やっぱり怒るよね……ごめんね」

 首だけになったイチタの口が動き、レイモンドの怒りに満ちた瞳が揺れた。

 ……やっぱり優しいんだな、レイモンドさん。

 イチタがそう思った次の瞬間、ミズナギの銃がこめかみを撃ち抜いた。バシュっと音と共にイチタの両目がゆっくりと閉じ、水面に頭が転がった。

 レイモンドはだらりと落ちたミズナギの腕を見て、真っ青になり唇を震わせる。

「申し訳ありません」

 その場に崩れるとミズナギの足元で頭をついた。

「よい、気に病むな」

「本当に、申し訳ありません」

「それより」

 ミズナギは目の前の頭のない体を押しのけた。バシャンと倒れて水の中でそれは融けていく。

「……あと、二人か?」

 レイモンドは立ち上がると青い顔で頷いた。

「……はい。そうなります。ただ実際には一人になれば……良いかと」

「そうじゃな」

 ミズナギが微笑むとレイモンドはただ目を閉じた。

「はい」



 その夜、天心教の施設では信者達の前に巫女が差し出された。白い巫女は二人の従者に守られており、巫女の前には赤黒い淀んだ赤ん坊が座っている。

 読経にも似た信者たちの声が響く中、赤ん坊はぶよぶよとした手を巫女へ伸ばした。バチンと音がして赤ん坊の小さな手がはじけ飛び、弾けた肉の元では蛆が湧いてポタポタと落ちていく。

 最前列にいた信者の女が悲鳴を上げると、それに連鎖して多くの者が恐怖に落ちた。

 赤ん坊がその場にぱたりと倒れたからだ。

「神様が死んだ!神様が!死んだ!」

 混乱で慌てふためく信者達の前に教祖が現れて、赤ん坊を腕に抱く。そしてよしよしとあやすと、また赤ん坊は動き出した。

「神は死なぬ」

 教祖の言葉に信者達は奇跡を見たのだ。

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