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18 巫女と鬼

 巫女は驚いた顔でシーツを引き寄せると三号を睨む。けれど落ち着かせようと両手を挙げた三号の色のついた手を見て目を丸くした。

「え……?」

 三号は苦笑して片手を隠す。眉を下げて立ち上がると少し離れた。

「あの……私、三号と申します。あなたはもしかしてミズナギ様とレイモンド様のお知り合いではないですか?」

「……どうして二人の事を……まさか!」

 巫女は身を縮めて威嚇する猫のように睨み付けるが、三号は首を横に振った。

「いいえ!いいえ、違います。確かに私、鬼なんですけども。ミズナギ様やレイモンド様は私がお仕えする方々です」

「お仕え?」

「はい。人の世界では天国と地獄などと言われますが、実際は繋がっております。仲良くしておりますよ。こんな説明をしても疑ってしまいますね?証拠をお見せしましょう」

 三号はサイドテーブルの上の水差しから手の平に水を零す。色のついた手にパシャンと弾けると水は円を描いて形になった。それは小さな魚の形で三号がもう片方の手をかざして指を折ると、丸く変化しその水の中に人影が映る。

「あ、レイモンドさん!」

 巫女が声を上げたが人影は気付かない。

「すいません……私の力はそんなに強くはないのです。簡単な呪い程度で……見るくらいです」

 へへと三号が笑うと巫女は噴出して破顔した。

「面白い人。本当に二人とは知り合いなのね?」

「はい。私がここに来ているのは私の上司、鳶丸様がご存知なので、戻らないことが分かればこちらに来ると思います」

 水の中に映った長い黒髪の男を指差して笑う。

「この方です。優しい方で私と同じ鬼です」

「そう……ええと、サンゴウさんだっけ?ここはどこか聞いてもいい?」

 巫女はベットから起き上がると窓の外を見た。

「はい、ここは街の外れにある天心教という宗教施設です。あなたは今朝早くお一人でここに来られました。何か覚えていらっしゃいますか?」

 大まかな説明を聞いて巫女は首を横に振る。

「……いいえ。でも、怖い夢を見た気がする。気持ち悪い赤ちゃんみたいな……」

「ああ、それは多分、ここにいる神様にされてる奴ですね」

「神様?あれが?」

「ええ、禍々しいですが……人は時にそういうものを祀ったりしますから。あの……」

 三号は両手を前に組むと首を傾げる。

「あなたのお名前をお伺いしてもよろしいですか?」

「ああ、ごめんなさい。ナツキです」

「ナツキ様ですね。かしこまりました」

 三号はその場に膝を着き頭を下げる。ナツキはギョッとして声を上げた。

「ま、待って!何!?」

「ナツキ様からミズナギ様、レイモンド様の匂いがします。お二人の力をあなたが纏っているということは、あなたは守るべき存在だということです。お二人の下に戻られるまで私が必ずお守りします」

「でも……守るって……?」

 ナツキが困惑すると三号は人懐っこい微笑を浮かべた。

「ナツキ様は守れと私に言えばいいのですよ。それとこれからの事ですが……」

 三号はナツキがここに来た時の状態を説明した。自分の体から黒い水が出てきた事を知ってナツキは咳き込む。

「だ、大丈夫ですよね?」

「ええ、それは。私が少し処置しましたので……ただここにいるとナツキ様には影響はあるでしょうね。ナツキ様はご自宅におられたんですよね?」

「そう。レイモンドさんが水を綺麗にしてくれて……そこでずっと」

「そうですか。なら、まだナツキ様自身は完全ではないのでしょうね。その証拠に色が抜けてしまっている。人はそのように真っ白ではないのです」

 ナツキは両手を掲げて真っ白い腕を見る。

「ナツキ様?一つ私から申し上げます。あなたは今、生と死の狭間より死に近いのです。なので死に近いもの、すなわち私のような鬼や、あの赤ん坊も近づきやすくなります。いいですか?生きている者は大変遠くあります」

「……はい」

「生きている者からは死に近いものは大変美しく見えるのです。ミズナギ様を覚えていらっしゃいますか?大変魅惑的だったでしょう?あなたは神ではありませんが、人が最も欲しがるものなのです」

 ナツキはごくりと唾を飲み込んだ。

「最も欲しがるもの?」

「永遠の命です」

「……まさか……でも」

「人であった私にもこれだけは分かります。人は生きるという事にどこか希望を持ち、その反面で絶望しています。死に近い永遠には憧れを抱きます。永遠に生きられれば良いだとか、そのような世迷言を繰り返して生を大切にしないのです」

 三号は窓辺に寄るとナツキを呼んだ。カーテンを引き少し目隠しをする。

 窓からは外を歩いている信者が見えた。

「彼らはただ幸せになりたいと願い此処にいるのです。けれどそれを願い過ぎる、盲信は時に危険なのです。人は時々盲信する者を笑います。神を貶されたり侮辱されたりすると内に閉じてしまうのです。例えばあの神として祀られている赤ん坊が酷く扱われればどうなるでしょうか?もし、あれは違うと声を上げれば……どうなると思いますか?暴走したり、次を欲しがると思いませんか?」

 三号の問いにナツキは顔を青くした。

「……想像したくないです」

「私もです。ナツキ様、あなたはここに来た時、巫女と言われていました。その意味はお分かりですか?」

「……そんな。まさか」

 ナツキは三号の手を掴んだ。

「私……何をさせられるの?」

「わかりません。ただ……あの赤ん坊を作った連中ですから、何かしらするとしか」

 腰が抜けたようにそこに膝をつくナツキを三号は両手で抱えた。

「大丈夫ですか?ナツキ様」

「どうしよう……どうしたら……」

 震える指先で三号の服を掴むと呼吸が速くなっていく。

「ナツキ様、落ち着いてください。彼らはまだあなたが正気に戻ったことを知りません。けれど、ここから出るのは簡単ではないはずです。黒い水があなたの中に入ったことは事実です、確かに私が追い出しましたが記憶は残るのです。だからいつでもあなたの中に侵入が出来るのです。まだ黒い水が何かはわかりかねますが」

 過呼吸になっていくナツキの背中を三号が優しく撫でる。

「でもあなたにはあのお二人がついています。どうかお二人を信じて行動してください。私も全力でナツキ様をお守りします」

 三号はナツキを見下ろして手の平を彼女の目にかざした。

「ナツキ様、どうか私を信じてください」

 指先がくっと動くとナツキの体がぴくんと動き、三号の手が離れると彼女の目は真っ白に濁った。

「え?目が……見えない……」

 困惑するナツキに三号は彼女の手を強く握り締める。

「あなたが此処へ来た時、目は見えていませんでした。彼らはあなたのその姿しか知りません。いいですか?ナツキ様。あなたは思っていても話してはいけません。けして、してはいけません」

「……でも……怖い」

「はい、私が必ず傍におります。怖くなったら私に触れてください。あなたは私が守ります」

 三号がぎゅっと手を握ったので、ナツキは何度か頷いた。

「わかった……やってみる。でもお願いします……傍にいてくださいね?」

「はい。もちろんです」

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