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17 黒い水

 マンションの窓を酷く雨が叩いている。寝室のベットの上でだらりと横になるミズナギの顔が青く、レイモンドはその頬に触れていた。

 完全に力が戻ったとしても、使えば消費してしまう。ミズナギの体は修復ができないためにこのとおりだ。ミズナギの女のガワを持つナツキもここにいない。ガワに力はないものの、あれはミズナギなのだ。

 レイモンドは青白い頬を優しく撫でる。それに気付いたのかミズナギはその手を捕まえて唇に触れさせた。

「レイ……すまぬ。疲れてしまった……」

「はい、心配ありません」

「うん……先ほど我の飛ばした水が戻ってきた。随分と走り回ってくれたおかげで事がよく分かった。しかし……あの宗教については危険かも知れぬ」

「ああ、あれですね」

「ナツキは連れ去られたのであろうな。ナツキに力があるわけではないが、生と死を持つ娘ではある。あのもどきもそうじゃ」

 ミズナギはゆっくりと体を起こして、レイモンドにもたれかかる。

「少しこのままで、お前の力をおくれ」

「はい、ミズナギ様……今あの宗教施設には三号殿が行っていると鳶丸殿が言っていましたが」

「ああ、三号はいた。あやつも困惑しておるわ。人間の中にも力のある者はおる。しかし殆どは支障のない程度で、誇張すればペテン師と呼ばれるようなものよ。でも時々、我らのような者と接触する者がおってな……それが色々と手記を残したり口伝したりで風習になったり。やめておけばいいものを、してはならぬとされた事をしては悪習となり、命を弄んでは、今度はそれを神としたり」

「では……やはりあの屍人形は……」

「ああ。あれは屍人形もどきとも言えぬ、もっと酷いものじゃ。手記を見て、真似ては失敗し、それで自らの考えを加えて作ったようじゃな。元は小さな双子の子供よ。一人を実験で殺して、丁度良いと人形をこしらえようとした。しかしうまく行かず、ならばと片割れを材料にしてみたが、それもうまく行かずに、物理的に併せてみたんじゃろうよ。不自然に繋ぎ合わされて、動くようにはなった。それはそうじゃ、半分は生きているからな。けれど中身はめちゃくちゃになっておる。双子以外にも入れようとした魂の残滓に獣、それから邪念もな」

 レイモンドが眉を寄せるとミズナギは微笑む。

「人間などしょうもないものよ……」

「ミズナギ様……」

「それから、呪符を縫いこまれた執行者がおったろ?あれもあの宗教だ。あの連中……というか教祖という奴が鬼のゲームを知っておる。我の水がなかなか戻らんかったのも、その辺りを調べておってな。我が返した呪はかけた者を死なせたようだ」

「……愚かな」

「レイ……悲しむな」

 気づかぬうちに零れたレイモンドの涙に、ミズナギは唇を寄せる。

「人とはそういう物だ。命というものを真に理解せず、悪戯に犯し、痛めつける。生というものがどこか永遠だと思い込んでおるのだろう。しかし生が簡単に途切れ、その先の死に繋がっている。それを知る頃には全てが遅い」

「私も……そうだった」

 かすかに残る人間の頃の記憶、ミズナギの話を聞くたびに自身も同じだと感じてしまう。

「ああ、しかしお前は子供であった。子供とは全てが親の手の中じゃよ。選べるものなど幾つもありはせぬ。……レイ、もしお前が望むならば我がお前の人としての記憶を消そう」

「いいえ……これは私の戒めとして」

 胸にあてられたミズナギの手を掴んでレイモンドは微笑を浮かべる。

「あなたと一緒にいられる限り。永遠に」




 雷鳴が轟いている。酷く雨が降り出したせいもあって、護摩が白い煙を上げていた。信者でごった返しだった庭は今はがらんとしている。遠方から来た信者の幾人かは施設に泊まるようだった。

 三号はまだ宗教施設にいた。ミサに参加したこともあって、帰るタイミングを逃していたのだ。

「サンゴさん、お部屋ご用意しましたよ。どうぞ」

 案内の信徒に呼ばれて三号はその後に続く。ミサに参加したことで信頼を勝ち得たのか、泊まる場所を提供してくれるらしい。三号には必要はないけれど、せっかくだからとお言葉に甘えようと頷いた。

「すいません。ご迷惑をおかけします」

「いいえ、何かありましたら声をかけてくださいね」

 部屋はベットが置かれているだけだが、綺麗に清掃されている。三号はベットに座った。匂いも気配も悪い感じはしない。信者達もミサが終われば元通りで初めて見た時と同じようにキラキラしていた。何か一つに集中すると悪いものになるのか、それとも悪意に寄せられてしまうのか。

 三号はベットに横になると目を閉じた。

 気になるのはあの屍人形か。動いてはいた……気配もおかしかったし。鳶丸たちと連絡を取る必要があるが、多分もう気付いてはいるだろう。

「うーん」

 両手をぐんとあげて体を伸ばす。それでもこんな風に休むのは久しぶりだ。

 三号は束の間の休暇をほんの少し楽しむことにして眠りについた。




「ん?」

 水の流れる音がして三号は目を覚ました。窓の外は陽が登っておらず、体を起こして大きな欠伸をする。

 何かの気配がしている、立ち上がり部屋を出ると廊下を進んで施設入り口の見える場所まで進んだ。

 入り口には数人の信者が何かを囲んで話している。一人がバスタオルを中央に差し出すとそれが見えた。びしょ濡れの女だ。真っ白でその目は何も映していない。

 信者達は口々に「巫女だ」と言い、けれど三号にはその女の纏う美しさが神の物であるように見えた。

 ……匂い……これってミズナギ様?

「その方、どうなさったんですか?」

 三号の声に信者は微笑む。

「巫女様です。教祖様が来ると言われていました。とうとういらっしゃった!今、信徒様を呼んでおります」

 女は巫女らしい。わあわあと盛り上がる信者たちをよそに女をじっと見つめた。確かにこの気配、匂いはミズナギだ。

 施設を管理する信徒が来る前に調べるか。三号は当たり前のように口にした。

「あ、私が運びますね。どちらまで」

 そっと巫女を抱き上げる。腕の中でだらりともたれかかっている顔を確認した。美しいが別人だ。軽々と巫女を抱き上げたことで信者達は三号に納得したようだった。

「あ、こちらに」

 案内された部屋へ向かい、巫女をベットに横たわらせると彼女の指が三号の服を掴んだ。途中合流した信徒が笑う。

「あら……巫女様、安心されたのかしら。サンゴさん、お願いしてよろしいですか?」

 笑顔でそう言われて、ただ微笑み頷いた。

 二人きりになりベットに腰かけると彼女の手をそのままに息を吐く。

 この距離で巫女からレイモンドの匂いも感じて、どうやら二人に関係ある人間だと分かり、少しホッとした。この施設にはあの気味の悪い屍人形がいるからだ。出来ればそろそろお暇したいところだが……この巫女も放っておけない。

 三号が彼女の顔を見下ろすと、巫女はゆっくりと目を開いた。

 白く濁った瞳は三号を映していない。きっと話かけても聞こえていないだろう。

 鬼の目で彼女を確認する。体に施された神の印を見つけて頷いた。

 鬼の力で干渉するのはよくはないが仕方ない。色のついた手で彼女の胸元に触れた。薄くなっていた梵字が淡く光るとそれを持ち上げるように掴んで、ぐっと拳を握り締める。

 小さな囁きで呪いを唱えゆっくりと息を吐く。巫女の体が胸元からドンと浮かび上がって大きく躍動すると、口を開いて黒い水を吐いた。

 咳き込んで体を動かし巫女は瞬きを繰り返す。その目は綺麗な色で、傍にいた三号を映した。

「……だ、誰?」


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