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16  接触

 小雨の降る街の映画館は閑古鳥が鳴き、閉館の札が立っている。

 イツカは大きな溜息をつくと、さっき畳んだ傘をパチンと開いた。

 久しぶりの休日だというのに娯楽施設すら営業していない。少し向こうにあるゲームセンターですら酷い有様だ。仕事は無駄にあるというから、雨がどうだとか関係ない。避難勧告が出ている場所があるのだから、仕事をしている場合ではないはずなのにおかしなことだ。その割に街は休業する店が増えて嫌気がさす。

 イツカはポケットから携帯端末を取り出すとメッセージアプリを起動した。さっそく出てきたのは今朝送ったセックスフレンドからで、一言、嫌とだけ書かれている。

 小さく舌打ちをして、他の女も確認するが殆どは既読もついていない。

 普段は誘えばホイホイ出てくる女どもだから、イツカは雨に負けたんだろう。

 操作していくとナツキの名前が見えた。そういえばあれからずっと会ってない。あの日、ナツキはベットの上にいた。あの男と一緒に。イツカの顔を見て嬉しそうに笑ったのは嘘じゃないだろうが、あの状況はどう見たって裏切りだろう。あの後、怒って出てしまったけど、ナツキはあいつと……そう思うだけで腸が煮えくり返る。

 端末をポケットにしまって肩を大きく上下させ息を吐くと足元で空を蹴った。

 パシャンと水が弾けてジーンズを濡らすとまた舌打ちをする。

「ついてない」

 こんな日は女を抱くのがスッキリする、でもセフレは捕まらないし、わざわざ商売女を呼ぶ元気もない。こんな時はコンビニで酒でも買って帰るか。と家までの途中にあるコンビニへ足を向けた。

 小ぶりだった雨がまた降り出し、大粒になり傘の上ではじけ始める。

「またかよ」

 この異常な雨もあの連中のせいだとわかったからには、苛立ちが募るばかりだ。

 足元の排水溝が水を吐き出して小さな川を作っている。このまま続けば、水害になりそうだが……あの連中、神様とか言ってたが、人間に迷惑かけてどういうつもりなんだか。ぼそぼそと悪態をつき、イツカは視線を上げた。

 雨が酷く降る中、向こう側の道路を傘もささずに女が歩いている。フラフラとした足取りで、顔は髪がへばりついてよく見えない。ただ女が裸足だと気付いた時には、なんだか気味が悪くてイツカは傘を降ろした。

 視界から女を消してコンビニへ向かう。けれど数歩進んで気になって傘をあげたがそこにはもう女の姿はなかった。

 ……まさか、幽霊か?背筋がゾワッとして首を横に振ると一目散に駆け出した。

 コンビニで酒を買いマンションへ帰る。ちょっと前に片付けてくれた名残があるくらいで、もう空き缶の入ったビニール袋が転がっている。

 テレビの電源を入れて、空っぽの冷蔵庫を開けると缶ビールを数本つっこんだ。

 つまみとビールを片手にTVの前に座ると、丁度ニュースが流れている。

「あ、気色悪いやつだ」

 イツカはプルタブを開けて一口ごくりと飲み干した。

 ニュースは最近出てきた新興宗教の話題で、気味の悪い子供を映している。

 先日も見たが、この子供が映し出されると画面が乱れるのが余計に気味が悪い。作り物のように見えるのに、うぞうぞ動くのだ。

 つまみの袋を開けて、裂きイカを指で摘むと齧りついた。

「新しく信者を獲得しているようです……。また新しく巫女が……」

 キャスターの言葉に視線を上げた。映像は信者を多く映しているが、その中に真っ白な顔の女が椅子に座っている。目を閉じてぐったりしており、イツカは目を凝らした。

「……ナツキ?……か?」

 TVに映っているのはナツキに良く似ている。が、色が白く知っているナツキとは違う。

「似てる……だけか?」

 まさか……とテーブルに置いていた携帯端末をとり、ナツキに電話をかける。

 まだ水の中にいるとしても、アイツが出るだろう。そう高をくくり応答を待つ。

「はい」

 スピーカーから聞こえてきた声はレイモンドだ。

「……おい、あんた。ナツキはどうした?」

 答えがなく、しんと静まりかえったのでイツカは声を上げた。

「だから!ナツキは?」

 怒鳴った声に、穏やかな返答が優しく響く。

「ナツキはおらぬ」

「はあ?あんた、確かミズナギ様だっけ?どういうことだよ!さっきテレビでナツキみたいな女が宗教のニュースに出てたぞ」

「……ああ、そのようだ。やっかいな物に目をつけられた」

「は?」

「我らが出ている隙に起き出したようだ。今のところは何も出来ん」

 電話から離れたのか、レイモンドが引き継いだ。

「イツカさん……申し訳ありませんが、私たちも為すすべがありません。今のところ」

「今のところってなんだよ?意味がわかんねえよ!つうかなんで!何もしねえってなんだよ!」

 レイモンドは少し黙ってからそれに答える。

「私たちは私たちのやり方があります。あなたたちが自由であるように」

 イツカの中でブチンと音を立てて何かが切れた。

「ふざけんなよ!ナツキはどうすんだよ!」

 頭で思っていたことが同時に口から出て大きく息を吐く。

 携帯端末の電源を落とすとベットに投げつけた。

 何でこんなに苛立ってる?何でこんなにムカつくんだよ!

 ナツキなんてどうでもいい女じゃないか!どうだっていい!

 ぐしゃぐしゃと頭を掻くとうな垂れた。目を閉じて何度か頭を叩く。

 記憶の向こう側にいるナツキはいつも笑っている。イツカがどんなことをしようとも笑って許してくれていた。

「なんでだよ?なんで……」

 床に拳を叩きつけて顔を上げた。

 この感情はなんだ?この苛立ちは?俺はどうしたい?

「くそっ!」

 部屋を飛び出すと嵐の中走り出した。傘も持たずに着の身着のままで走り出して頭は真っ白だ。水が入って靴の中がぐつぐつ鳴っている。

 何で俺は走ってんだよ!何でだよ!

 空は真っ黒で雷が走っていく。ピシャンと音が響いた時、目の前に誰かが立っていた。大雨の中、パーカーのフードを被って俯いて突っ立っている。

 隣を横切ろうとしたが、何故か気になって振り返った。

「……どうかしましたか?」

 パーカーのフードが上がり五十代くらいの男の顔が見えた。男の目は困惑し、不安そうに揺れている。

「……あのう」

 男はイツカに気付いたのか口を開いた。

「天心教の場所をご存知ですか?」

「あまつ……ああ、あの新興宗教の」

「はい!」

 男がパッと笑顔になる。人懐こく笑ったのが印象的だった。

「良かったら一緒に行きますか?今から行かなくちゃで」

「是非!」

 二人で天心教へ向かい歩き出す。何気ない男の表情にさっきまで苛立っていたイツカ自身が少し落ち着いていた。

 ……俺は何を焦ってたんだろう。

「それにしても酷い雨ですね」

 男はフードの下でニコニコ笑いながら雨に打たれている。イツカはやけに若々しい服だと思いつつ何気なく口にした。

「……でもどうしてこんな雨の中をあの場所で?そんな格好で……傘も差さずに」

「あはは。信じるかどうかは分かりませんがね、聞いてくださいますか?」

 男は雨に濡れたパーカーに両手で触れる。

「なんだか若い子が着るような服ですけどね、気付いたら雨の中立っていました。元々はね、私……作業服を着ていたんです。けどこのとおり」

 イツカが首を傾げると男は続けた。

「ああ、いいんです。気にしないでください。不思議なことっていうのはあるもんなんですね。こうしてここにいると言うのはチャンスなんですよ。ありがたいことです」

「はあ」

 理解できないままにイツカが返事をすると男はただ微笑んだ。

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