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14 優しさの裏側

 雨の中で立ち尽くすミズナギは静かに目を閉じていた。頬に伝うのは雨ではなく涙ではないか?そんな風に感じながらレイモンドは言葉を飲み込む。

 そっとレイモンドの差し出した傘の下に入り、ミズナギは優しく微笑みを浮かべた。

「……強い術を使われましたね」

 全快したとはいえ、術は体の負担になる。ミズナギの体は不完全であるから無理をすれば消耗も激しいだろう。しかし、とレイモンドは思う。

 あの少女のために術を使ったのだ。執行者を倒すのであれば追尾銃や即死術で十分だ。それでもそうせずに、潰されても安らかな夢に落ちるという術を使った。

 レイモンドはミズナギの背に手をまわすと胸に引き寄せる。

「あなたはお優しい」

「お前は術は使わぬからな。眠らせるなど、あの娘と同じく首を折るくらいだろうが」

「……確かに。私のものは力技ばかりです……申し訳ありません」

「かまわぬ」

 少し離れた場所で見ていた鳶丸は二人の会話が途切れるのを待って近づいた。

「神様の力はやはり美しいのですね……」

「はい、ミズナギ様の術は全て美しいのですよ」

 と嬉しそうにレイモンドが語る。神の使徒も惚気るのだと鳶丸は笑うと空を見上げた。強かった雨は少し気配を弱めていた。

「こうして地上で見るのは嫌な物ですね」

 鳶丸は赤い腕を隠した袖をさする。

「そういえばお前も執行者だったか……」

 ミズナギに問われて鳶丸は頷いた。

「はい、そのとおりです。俺はあの子のように一人ずつでなく三人一辺に殺ったから……狩人には遭わなかった」

「そうだな……。しかし執行者は殆どを知らんだろう?それを教えることはゲームの価値がなくなると思うが」

 ハハ、と鳶丸が笑う。

「俺は……地獄で選ばれた時……確かに今ミズナギ様が仰ったようにルールを教えられなかった。他の連中もそうだと思います。けれど俺の傍にいた鬼が言ったんです。必ず一息にやる事をって」

「……そうか」

「はい」

 鳶丸は息を吐くと鬼の牛丸を思い出す。死んで地獄に落とされた鳶丸は執行者に選ばれた。その時、説明だけをした鬼たちとは違い、最後まで親切に傍にいたのが牛丸だ。でっぷりとした体に剥げた頭をした人の良いおっさんだ。

 執行者の殆どは恨みを持っている。皆誰かに裏切られたり傷つけられたりして、ここに落とされている。死んでも消えぬ呪いのような思い、だからこそ執行者にふさわしいと。

 鳶丸は親兄弟に売られていた。命を取られたのは違う人間だったが、それは自業自得だから仕方ないと諦めていた。そして執行者になった鳶丸は地上に降りたらすぐに親兄弟を探した。計三名、父、母、兄。

 彼らはすぐに見つかった、鳶丸を追い出した家に未だに住んでいた。だから鳶丸は中へ入り、まるで幽霊のように振舞って三人を集めるとその首を刈った。

 その後はお察しのとおり、鳶丸は無事に鬼になり、殺した三人は煉獄へ落としてやった。

 鬼のゲームとはいわば地獄へ行った者たちにとっての復讐の機会なのだ。だから神たちはそれを奪わずに、生者たちのためにもなるようにと執行者が一人殺めたら狩りを行なうとしたのだ。それを知っている牛丸は気に入った者だけに違反しないほどのアドバイスを行なっている。今地上に来ている三号も同じだ。そして何より、執行者として成功すれば記憶はそのままに鬼になる。これは暗黙の了解となっているが望まぬ者の記憶は消されてしまう。大体は記憶を消すことを選択する、それほどまでに忘れたい記憶なのだ。

「ああ、鳶丸殿」

 空想にふけっていた鳶丸が顔を上げるとレイモンドが首を傾げる。

「三号殿はどちらに?」

「ああ、三号は今あの宗教施設を偵察に行っています。なんだっけな、天心教だったか。あの辺はあいつは詳しいから。出たのは同じくらいですから、戻った頃には聞けるかと思いますが……」




 その頃、三号はニュースで見た宗教施設にいた。住宅地からは少し離れてはいるが静かな場所で施設の裏手には森が茂っている。

 空気が綺麗で、森のほうからは動物の声が聞こえている。三号はそれに微笑みを浮かべながら宗教施設の門を叩いた。木製の看板には天に心を教えると書いてアマツシンキョウと読むらしいフリガナが振ってある。

 中から出てきた信徒に素直に「中が見たいのですか」と伝えると以外にも笑顔で承諾されて、今は施設のミーティングルームと呼ばれる場所にいる。

 ここの施設は壁に囲まれており、大きな門が入り口となる。そこから通常のコンクリート製の建物が続いており、それを抜けると外庭に出る。その向こうに木造の施設が建っている。

 ミーティングルームは入ってすぐの建物にあり、窓から木造の宗教施設が見ることができる。

 三号はじっと窓辺に立ち、そこにある物を見る。鬼の目は少し特殊で、人とそれ以外の物を見分けることが出来る。少し色が変わるのだ。

 宗教施設の奥はずっと嫌な紫色の煙が上がっていて、多分あれが鳶丸が調べてこいとした物だろう。

「んー」

 小さな唸り声を上げると入り口にいた信徒が心配そうに近づいた。

「どうされました?」

「ああ、いいえ。雨が止まないなと……思いまして」

 三号がくしゃっと笑うと信徒は頷く。

「ウフフ、信じられないかも知れませんが、あれはわたくしどもがやっていることなんですよ」

「え?そうなんですか?」

「ええ。ご興味おありですか?」

 三号が頷くと信徒は嬉しそうに三号の手を握った。

「そうだと思いました。こちらへ。ご案内します」

 二人は部屋を出ると廊下を突っ切って裏口から外庭に出た。庭では護摩が轟々と燃えている。建物の中からは位置的に見えないようになっている。

 信徒に手を引かれて木造の宗教施設前に立つ。建物自体は本当に美しく、下から流れてくる紫の煙を除けば問題などなさそうだ。

「こちらは?」

 三号が問うと信徒は頷いた。

「こちらは天心教の教祖様と神様がおられる場所です」

「カミサマ……ですか?」

「はい。神様です。わたくしは先月初めて神の声を聞いたのです」

 恍惚に満ちた瞳に両手の指を組み、目を閉じる。この狂信的な者は三号にはキラキラとした優しさに満ちて見える。けして悪意などないのだ。

「そうですか……」

 三号がぽつりと呟くと信徒は言った。

「……あの、もしよければ今夜のミサに参加しませんか?」

「え?私もいいんですか?」

「もちろんです」

 ぎゅっと両手を握られて三号はにっこりと笑った。




 夜は深く、森の中で蠢く動物達の低い声が響いている。宗教施設、天心教のミサは厳かに始まった。信者達がぞろぞろと外庭に揃うと木造の建物の前に並び、教祖が来るのを今か今かと待ちわびている。三号は一番後ろでそれを見守っていた。

 前列で激しく怒号があがると、鈴の音が響き、建物の扉が開く。教祖は金色の衣装に身を包み、その腕に何かを抱いている。腕の中のそれは赤ん坊のように蠢くとガクガクと首を揺らした。

 三号は一歩後退した。紫色の煙は教祖の腕の中から溢れ出ている。滲むように信者たちに侵食し、キラキラしていた彼らの色がどす黒く変わっていく。

 あれは……何?

 三号は鳶丸が言っていた屍人形を思い出す。しかし三号たちが知る屍人形ではない。けしてそのようなものではない。

 あれはまがい物だとミズナギが言っていた。間違いなくそうだ。

 ミサと言われる何かは続いている。信者たちが鈴の音にあわせて祈りの言葉を口々に唄い、視線の端にある護摩の火の子が強く踊っている。

 雨がポツポツと降り出し、三号は空を見上げた。

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