エピローグ
その日も、くず鉄亭は多くの客で賑わっていた。
「ご主人サマ、お腹すきマシタ」
「はいはい、もうちょっと待ってな」
夕食を急かすレティシアを宥めながら、シユウは蒸留酒を三つのグラスに注いでいく。
「あー、出来れば私は少なめがいいかな……。明日仕事だし」
シユウの正面には、妹のアリカが座っている。
プライベートで飲むことが少なくなったというのを仕事前に聞いていたので、シユウは彼女を誘ったのだ。
「何を今更。今夜は寝かせないぞ」
事後処理は、実に大変なものだった。
まず、大量に書かされた報告書。怪我をした身体で書いたものだから、なかなか捗らずに大変だった。
次に、西部地方軍からの引き抜きだ。今回の活躍が騎士団の者達にも認められたためか、各方面の部隊から勧誘が来たのだ。特に、ルートヴィヒの部隊からの勧誘がしつこかったのは、言うまでもない。親しい仲ではあるが、彼の誘いに乗る気などは毛頭なかった。
そして、報告書と手紙の推敲である。しっかりと書かなければならないため、何度レティシアに赤を入れられたか覚えていない。
「さあさ、遠慮せずお飲みなさい。俺の奢りですよ、アリカ・セイヴァル中尉殿」
シユウは蒸留酒を注いだグラスを、アリカに差し出した。
「ちょっと、私の方が階級高いからって、その言い方って無いんじゃないの? シユウ・セイヴァル少尉」
色々と大変ではあったが、シユウとアリカの階級がひとつ昇進した。この若さで尉官ということ自体が信じ難いことなのだが、これも実力主義の技術国家で育ってきた結果だろう。頑張って結果を残した分だけ、認められるのだ。
だが、その分、認められなければ落ちていく。
今回の事件の首謀者である、オーギュストがそうであったように。
オーギュストは認められなかったことを恨み、帝国への復讐を誓っていた。彼なりに考えた結果なのかもしれないが、反逆罪で重い刑罰を与えられるのは避けられないだろう。
彼の配下の魔導人形は、シユウが懇願した結果、二年間は国の監視下に置かれるものの、重罰は免れたようだ。これが十年以上前だったら、認められなかったに違いない。魔導人形に対する意識が、徐々に変わりつつあるということも知ることが出来た。
「こいつも色々あるんだよな……」
ちらり、とシユウはレティシアに視線を移した。
レティシアは、蒸留酒をちびちびと舐めるように飲んでいる。
「しっかし、お前達のおかげで助かったよ。ありがとな」
「これに免じて、無茶なことはしないでほしいものね」
「そのとおりデス」
「お前らが言えたことかよ……」
今回の事件は、アリカとレティシアがいなければ、何も出来なかっただろう。
自分の無力さを痛感したが、シユウは心の内で二人に深く感謝していた。
「はい、おまちどおさま」
危なっかしい手つきで、ウェイトレスが料理を運んできた。
ジャガイモとベーコンを胡椒で炒めたものと、安っぽい肉を串に刺したケバブだ。食欲をそそる香りが鼻孔を刺激する。
「よし、それじゃあ食うか」
事件の疲れを癒すべく、三人はささやかながらもぬくもりのある食事を始めた。
今回耳にした、『アイアン・ハート』という存在。恐らく、彼らはレティシアの出生を何か知っているのだろう。彼女のためにも、その者達について調べ、また警戒しなければならないなとシユウは心に決めた。