第4話 憎悪と血潮と鉄の心
1
アリカは遺跡に侵入していた。
地上では、騎士団西部地方軍にキールが合流し、獣人の駆逐にあたっている頃だろうか。彼らの戦況も気になるところだが、発掘されたという魔導機兵をシユウが稼働できるように調整したらしいので、問題ないだろう。
本来ならば、自分は此処に来るべきではなかった。しかし、やはり唯一の肉親である兄――シユウのことが心配だった。だから、アリカはキールの後をつけて、苦手な飛空艇に乗ってまでこの場までやってきた。
地下遺跡に入ろうとしたらキールに制止されたが、それを振り切ってきた。
途中で、騎士団の者と思われる死体を何度も見かけてきた。至る所にトラップも仕掛けられており、魔物も多く生息しているため、それがアリカの不安をより助長させた。
アリカの手には、古びた羊皮紙が握られている。シミだらけのそれには、通路や部屋と思われるものが描かれており、それが地図であることを証明している。
マッピングが済んでいる場所だけでもかなりの広さなのだが、済んでいない場所を入れるとひとつの中小都市並みの広さはあるかもしれない。そんなことを思いつつ、アリカは薄暗い通路を進んでいく。
しかし、アリカがシユウの位置を知るのは容易かった。彼が出立する前に渡した発信器からの情報で、大まかな位置は掴めているのだ。
通信系の魔術を介したもので、対となる物に位置情報が伝達される。未だその情報は伝えられているため、破壊されたわけではなさそうだ。しかし、まったく動きがないのが気掛かりである。
だとすれば――
(捜索に難航しているか、あるいは捕らえられているか。出来れば、前者であってほしいけど)
悪い方向には考えたくないが、長い間この仕事に就いていると、そうはいかない。後のことを考えながら動かなければならないのだ。それでも、兄を、唯一の肉親を救いたいという気持ちは変わりない。
アリカは視界に複数の影を捉えた。通路を陣取るかのように、三つの影が動いている。
距離にしておよそ五メートル、薄暗い通路のために気付かなかったが、アリカはその者達が何者なのかすぐに気付いた。
ゴブリンだ。相手は夜目の利く魔物だが、どうやらこちらにはまだ気付いていないらしい。余裕は充分にある。それならば、こちらから攻めていくしかない。
「邪魔よ」
通路で待ち伏せていたゴブリンに対し、アリカは手を翳して強く念じる。
小さな白い手から、ゴブリンに向けて一条の青白い電光が迸った。文字通り電光石火の速度で、雷撃の矢がゴブリンの頭を撃ち抜く。ゴブリンの頭にはこぶし大の穴が空き、そこから白煙が立ち上った。即死である。
異変に気付いた二体のゴブリンが、アリカの姿を捉えた。仲間が撃ち抜かれたことに激昂したのか、凄まじい形相を浮かべながら、短剣を掲げてアリカへと突っ込んでくる。
その動きを見て、ゴブリン達がただ者ではないことを、アリカは再認識した。装備品も整っており、動きも洗練されている。ただ只管突っ込むだけではなく、二体同士の間で連携が取れているのだ。先手を取って斃した一体の得物を見ると弓を装備しており、遠距離から狙い撃つつもりであったのは想像に容易い。
調べた情報に挙がっていた、獣人の傭兵だろう。その一部が反乱勢力に加担しているのは間違いない。今後の国防に大きく関わってくるのは、避けられないかもしれない。
だが、そのような詮索は後回しだ。この状況を打破するのが先決である。
確かに、ゴブリン達の動きは洗練されている。しかし、この距離であれば、アリカにとっても都合が良かった。休む間もなく、アリカは次の魔術の詠唱に入っていた。
「遅い!」
ゴブリンは間合いに入ろうとしたが、それは叶わなかった。
アリカの手元から、複数の燃え盛る火球が放たれた。狙いは完璧で、轟速の火球はゴブリンの腹部にめり込み、炸裂した。炎の爆ぜる音とゴブリンの断末魔が混ざり合い、薄暗い通路に響き渡る。
数秒遅れて、消し炭となったゴブリンが二体、地面に転がった。
(他愛ないわね……)
この程度の魔物ならば、苦戦する筈も無かった。アリカは倒し終えたゴブリンを余所に、再び歩を進め始めた。
徐々に、発信器からの反応が近づいてくるのが解る。しかし、この発信器を稼働するためには魔力を必要としており、実質、シユウに渡してから稼働させているため、ずっと魔力を使っているようなものだった。
魔力を消費すると、身体に負担がかかる。それでも、表情に疲れが出ていないことから、彼女が豊富な魔力を持ち合わせていることが窺える。
暫く進んでいると、奥から何者かが歩いてきた。チェインメイルに、サーベルという装備だ。
服装を見たところ、帝国騎士団のものであるのは解った。いくつかの班を遺跡の中に送り込んでいるという話は聞いていたのだが、様子がおかしかった。
「っ――!?」
アリカは、その者を見て驚愕した。
何者かに襲われたのだろうか。兵士はボロボロで、血まみれだった。手足の損傷が酷く、此処まで足を引きずって、何とか辿り着いたようだ。
「君は……何者だい……? 騎士団の者では……ないようだが……、敵でも……ない……」
「それより、まずは手当てを!」
すぐにアリカは、大怪我をしている兵士に駆け寄った。そして、彼の身体を地面に横たえる。
アリカは意識を集中して、持ちうる魔力を可能な限り注ぎ込もうと、魔術の詠唱を始めた。手先から淡い緑色の光が放たれて、傷口を包みこんでいく。傷の再生能力を促進する魔術、《リカバリー》だ。
しかし――
「駄目だ……。俺はもう助からない……」
損傷が酷ければ、焼け石に水である。如何に治癒魔術とはいえ、万能ではない。元の傷が大き過ぎれば、普通の魔術だけで治すことは不可能なのだ。大怪我の治癒は、神官が行使する神聖魔術の領分となってくる。
つい反射的に手当てを始めたものの、アリカには解っていた。
もう、彼は助からないと。
「ごめんなさい……」
手遅れであるのは、自分があまり治癒魔術に精通していないということもあった。古代魔術や精霊魔術は得意なのだが、特に信仰する神はおらず、それ以前に神聖魔術の才には恵まれていなかった。力量の無さに、アリカとは悔しそうに顔を俯かせた。
「気にするな……。俺だけ……戻ってこれただけでも……」
既に虫の息だ。喋るたびに、口から血が流れ出てくる。
しかし、いったい何があったのか。アリカには、まるで理解が出来なかった。
恐らくは、何者かに襲われたのだろう。魔物という可能性も有り得るものの、実戦慣れしている西部地方軍が魔物相手に後れを取ることなど、考えられない。今までに見てきた者達についても不可解だった。
だとすると、いったい何が?
「君が何者か……知らないが……報告……せねば……」
地面に仰向けになった兵が、口を開いた。呼吸も荒く、弱っていく様が目に見えて解る。
「喋らないで、傷に響くわ」
「いや、いいんだ……。少しでも……伝えねば……」
瀕死の兵士は、上半身を起こしてアリカを見据えた。
「深部に……魔導機兵と……魔導人形……。罠に……やられた奴も……。敵は……恐らく……ロイエン……の……」
「何ですって?」
アリカは思わず声を上げた。
今まで、キールと共に立てた推論が当てはまっているのだ。反乱勢力が動いている――その反乱勢力がロイエン王国の者達であるというのは、大いにあり得るのだ。それだけ、アークヴァイス帝国とロイエン王国の関係は芳しくない。
キールの言葉を思い出す。たとえ、どんなに些細なことでも、大局に影響を与えることは珍しくない、と。
そう。これは、国際問題に発展する可能性を、充分に秘めているのだ。
「……君は……何者なんだ? 見かけない顔……だが……」
「私もアークヴァイスの人間よ。情報部の者だけど……」
「そう……か……。騎士団として……不甲斐ない……な……」
それは、彼らなりのプライドなのだろう。今回の遺跡調査の任務も、表向きは調査だが実際は魔物討伐がメインであった。あまり他の部隊の力を借りずに遂行したいという、ユリウス卿の方針に従っていたのだ。しかし、それが叶わなかったのが悔しいのだ。
「外も……気掛かりだ……。大丈夫だろうか……」
「大丈夫よ。発掘された魔導機兵のうち数機は、修理が完了しているみたい。ラウルに駐屯していた軍も合流しているから、獣人の討伐については心配ないわ」
「そう……か……。感謝する……」
そう言うと、兵士は静かに息を引き取った。
彼らも彼らなりに、帝国に忠誠を誓っているのだろう。よく考えの違いから衝突することが多い者達だが、アリカは死んだ兵士の心中を悟り、彼の手を胸の前に重ねてやった。
己の不甲斐なさに嘆いたり、悲しみに明け暮れている暇はない。
アリカはさらに奥へと歩みを進め始めた。
徐々に、シユウに持たせた発信器が近づいてくるのが解る。だが、立て続けに魔力を使い続けてきたためなのか、アリカの表情に疲労が見え隠れし始める。
(まずいわね。消耗が激しいわ……。もう、心配ないと言っておきながら、何やってるのよ……)
発信器の精密性は、消費する魔力に比例する。もう少し抑えたいと思っているのだが、僅かな動きでも捉えようとしているため、アリカはフルで魔力を使っているのだった。
心の中で、シユウに対して悪態づく。しかし、それで何の状況が変わるわけでもない。
「はぁ……はぁ……」
呼吸が徐々に荒くなってくるのが、自分でも解っていた。
そして――
「うそ……でしょう……?」
ついに、アリカは対となる発信器の存在を掴むことが出来た。だが、それは彼女にとって、あまりにも残酷な現実であった。
銀のネックレスの先端に付けられた、黒い石。現在は、魔導工学の分野においても広く使われている、魔石だ。シユウに渡したモノが、そこにはあった。
そのアクセサリー型の発信器と、いくつかの銃弾――それが、無造作に地面に転がっている。
それだけだ。持たせたはずの相手が、そこにはいなかった。
僅かな希望を打ち砕かれたような気分だった。アリカはそのまま、地面に座り込んだ。
「莫迦よ、兄さんは……。ほんと、莫迦……」
何処か自嘲的な笑みを浮かべながら、アリカは天井を見上げた。無骨な岩肌だけが、視界に入ってくる。
いったい、自分は何のために来たのだろうか。ただ、兄の動向が気になるという理由だけで、私情に振り回されて、此処まできてしまったのだが――
遠くから、物音が聞こえてきた。かなりの速度で近づいてくるのが解る。しかし、目的を見失って脱力したアリカには、振り返る余裕などが無かった。
そして、物音がすぐ近くまでやってくる。
「侵入者を発見しました。どうしますか?」
「命令通り、排除しましょう」
「そうだな、現在この基地は厳戒態勢にある」
「えー!? 結構可愛いのに、殺しちゃうの? そんなことしないでさ、身ぐるみ剥いで犯っちまおうぜ」
「ったく、黙ってろお前は。女を見つけるとすぐこれだ。どういう思考回路してんだか」
「関係ない話は慎みなさい。今は、任務中です」
若い男と女の声だ。それぞれ二人ずつ――
アリカはゆっくりと、顔を上げた。
そこには、整った顔立ちの青年が二人と、小柄な少女が一人、そして長身の女性が一人が立っていた。誰もが武装しており、手に持っている剣の切っ先がこちらに向けられていることに気付く。
それだけではない。彼らの後方には、魔導機兵が佇んでいた。胴体に砲身が取り付けられたオーソドックスなタイプで、銃口がアリカへと向けられている。
この状況を理解するのには、時間がかからなかった。驚くほど冷静になっていたのだ。
だが、アリカは座り込んだままで、逃げ出そうともしなかった。いや、出来なかった。
「妙ですね。このような状況に陥ると、人間は正気を保てないと聞くのですが」
「それは我々の知るところではないだろう。とりあえず、早く仕留めてオーギュスト様に報告しに行くぞ」
ああ、此処で自分は死ぬのか。アリカは諦めにも近い感情を抱いていた。
出来ることなら、この場から逃げ出したい。しかし、それも不可能だった。
後ろは壁。そして、敵は取り囲むかのように前に立ちはだかっている。完全に袋の鼠だった。
戦うにしても、大がかりな魔術を詠唱するような隙がないし、下級の魔術では決定打にならない。武器の扱いには長けていないし、まず武器の持ち合わせもないのだ。
それに、まともに戦ったところで、勝てる相手ではなかった。勿論、下級の魔物なら容易く葬れるし、強力な魔物だとしても渡り合うだけの自信はあった。
だが、こいつらの場合は違う。人間よりも遙かに身体能力の優れた、魔導人形だ。虚ろな瞳を見れば、それを知るのは容易い。
どう足掻いたところで無駄だった。
(ごめんなさい……兄さん……)
もうこれまでだ。アリカは覚悟を決めて、魔術の詠唱に入ろうとした。
このまま朽ちるのならば、こいつらを巻き込んで自爆してやろう。そう思っていた。無論、詠唱の隙すら与えられずに殺されるかもしれない。それでも、何もしないよりはマシだ。
だが――
何か温かいものが顔にかかった。顔を拭き取ってみると、それが血液であるのに気付くが、自分はまだ斬られていない。
では、いったい何が起きたのか。気になったアリカは、改めて顔を上げてみる。
そこには――
「アリカサマ、ご無事デスカ?」
四人の魔導人形が両断され、奥に佇んでいた魔導機兵も機能を停止していた。
そして、アリカの目の前に、ただ一人だけ、その者は立っていた。
流れるような銀髪。透き通ったルビーの瞳。両手には、二振りのブロードソードが握られており、そこからは赤い液体が滴っている。
小柄な身体を包むのは、黒いワンピースだ。しかし、ボロボロになっており、下着や肌が顔を覗かせている。
「レティシア……?」
アリカは、この少女が何者なのか知っていた。
シユウと共に行動している魔導人形――
「アリカサマ、ご主人サマ――いえ、お兄サマを助けに行きマショウ」
2
シユウは色々と諌められる理由が、なんとなく解った気がした。
再び牢にぶちこまれてから、どれだけの時間が経過したのだろうか。半日以上経過したようにも感じるが、ついさっきぶちこまれたようにも感じる。
相変わらず、鉄格子の向こう側に見える通路では、魔導人形達が徘徊している。先程よりも警備が強化されており、まるで隙がない。
また、彼らの自分に対する態度が、より激しくなったのが解る。恐らくは、彼らのリーダーであるオーギュストに盾突いたのが原因であろう。
話を聞くところ、彼らはロイエンの人間だという。世界情勢にはあまり精通していないのだが、両国の関係が芳しくないことくらいは、シユウにも理解できた。
しかし、あくまでも冷戦状態であり、お互いに刺激するようなことは避けたいはずだ。かつての大戦でも、どちらの国も大きな被害を受けたのだから。この状況での戦争は、どちらも望んでいない筈だ。
そんな状況で、何故このようなことが起きているのだろうか?
そして、彼が言葉にした『アイアン・ハート』という集団。同じ名前の戯曲があるが、彼らが一体何を企んでいるのか?
「…………」
考えても、答えは出てこなかった。自分は技師であり、情報部の人間ではない。
「畜生……何なんだよ!」
薄暗い部屋の中で、粗末な寝台に身を預けながらシユウは悪態づいた。
無駄だとは解っていたが、シユウは拳を壁に叩きつけた。軍手越しに硬質な感触が伝わり、続いて鈍い痛みがビリビリと腕を駆け上ってくる。
何も出来ずに時間が経過していくというのが、心苦しい。
魔導工学に限らず、機械のひとつやふたつを弄りたい気分だ。
昔から、シユウは機械を弄るのが好きだった。レイファン王国にいて、周囲から迫害され、父親からの虐待を受けていた頃、いつも機械を弄って気を紛らわせていた。その時は、アリカと一緒に壊れた時計を直したりしたものだった。周囲に対して何も出来なかった自分の、唯一の逃げ場でもあったからだ。
アークヴァイスに入ってからも、機械弄りに明け暮れていた。
ギルドの門を叩き、下積みの時代から始めたものだ。魔導工学ギルドに入ってからは、周囲の者達の手腕に驚かされたものだ。その時まで機械弄りが得意だったと自負していたが、そこではそれが普通だったのだ。
多くの者は挫折するのだろうが、シユウはやれると考えた。此処ならば、優れた結果を残せば周りから認められる、と。
そして――
レティシアと出会ったのも、魔導工学に本格的に手を出し始めてからだった。
***
ある時、シユウはアルクのはずれにあるゴミ捨て場にくず鉄を運んでいるところだった。その時、ゴミ捨て場に倒れていた少女がいた。
黒衣に身を包んだ、銀髪の少女だ。当時十五で、周りに反抗したがる年頃のシユウでも、素直に可愛らしいと思った。暴漢にでも襲われたのか、可哀想なことに全身がボロボロだった。
ただ、その少女は同時に不気味さも持ち合わせていた。
冷たかったのだ。それは、二つの意味で――
魔導工学について学んでいたため、少女が魔導人形であることに気付くのは、時間がかからなかった。気が付いたら、シユウはその少女をギルドへと運んでいた。それを見た親方には思い切り怒鳴られたのだが、その辺りのことはよく覚えていない。
いくら声をかけても、揺さぶっても、少女は目を覚まさなかった。
瞳は閉じられたままで、身体も冷たかった。まるで、死んでいるように――
周りの者達は、既に魔力が切れているし、運動機関も死んでいるから無駄だと言っていた。
それでも、シユウは、何とかしてその少女を救いたいと思ったのだ。何故、そのような考えに至ったのかは解らない。
仕事の合間を縫って、シユウは只管文献を読み漁った。
魔力切れや運動機関の停止が、魔導人形としての死を意味することを。もしかしたら、動力が切れたために、捨てられていたのかもしれない。
それでも、シユウは諦めなかった。何とかして、少女を救いたいと思ったのだ。
休暇を貰っても、ギルドに籠りっぱなしだった。三日間、水とバナナだけで過ごしたことも覚えている。
そして――
空腹で気を失っていた自分を起こしてくれたのは――
***
「ご主人サマ」
呼ばれて、シユウはゆっくりと寝台から身を起こした。
「んあ……?」
我ながら間の抜けた声だと思いながら、辺りを見渡す。すると、ベッドの傍らには、見慣れた人物が立っていた。
黒のワンピース。白銀の髪。ルビーの瞳。
レティシアだ。
どうやら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「おはようございマス、ご主人サマ」
「レティシアか。何でこんな――」
言おうとして、シユウはすぐに自分の状況を理解した。鉄格子の向こう側では、先程まで見張りをしていた魔導人形達が転がっている。物理的な損傷がないことから、死んではいないようだ。
そして、もう一人見慣れた人物がいた。
「あら? おはよう、兄さん」
「アリ――むぐぐぐ!?」
妹の名を叫ぼうとしたが、レティシアが口を塞いできたために出来なかった。
「ご主人サマ、静かにしてクダサイ」
レティシアがシユウの口から手を離す。
此処は敵地だ。下手に大きな声を上げてしまっては、折角助けに来てもらったというのに、再び窮地に陥ってしまうことも考えられる。
「悪いな、助けに来てくれたのか」
「はい、ご主人サマ」
「うん、レティシアは解るんだが、何でこんなとこにアリカが?」
そうだ。アリカは情報部の仕事で、帝都に留まっていた筈だ。今回は留守番だと聞いていたのだが、何故此処にいるのかが解らない。
「私が来ちゃ駄目なのかしら?」
意地の悪そうな笑みを浮かべて、アリカはシユウへと詰め寄った。ローブ越しの豊満な胸が揺れる。それを見たレティシアは、むーっと頬を膨らませて自分の胸に手を当てていた。
「いや、そういうワケじゃ……」
気まずそうに妹から視線を逸らす兄。
心配いらないと言っておきながら、このザマだ。今は平静を保っているように見えるが、気が気でなかったのは間違いないだろう。アリカの顔をちらりと見てみると、泣いたような跡があるのが解る。
(……ああ、俺としたことが)
「ほんと、お守りも無意味だったわね……」
アリカは懐から、二つのアクセサリーを取り出した。銀のネックレスの先に、黒い宝石が取り付けられたものだ。
確か、これは出掛ける前にアリカから受け取った筈なのだが――
シユウはまさかと思って、懐を漁った。だが、ポケットの中には何も入っていない。
「おい、まさかそれって」
「落としていたんじゃ、折角の発信器も無意味ね。別に、兄さんが心配で渡したわけじゃないんだけど。情報部の人間として、少しでも何かを掴めないかって思って……」
とは言っているものの、アリカは少し顔を赤らめて俯いている。
「アリカサマ、照れてマス?」
「照れてないわ!」
からかうように笑っているレティシアの言葉に、アリカはつんと顔を背けた。
「まあ、とりあえずだ。こんな場所に長居する意味は無いし、とっとと脱出しようぜ」
シユウは立ち上がると、レティシアとアリカの肩をぽんと叩いた。
「ありがとう、二人とも。あと、ごめんな、心配かけて……」
顔を俯かせて、謝罪の言葉を述べるシユウ。
「ふふっ……。らしくないわね、兄さん」
「そうデス。ご主人サマは、もっと堂々としている方がいいデス」
「…………」
二人の言葉に、シユウはきょとんとしてしまう。
そして――
「悪かったな」
そう言うと、レティシアとアリカがそれぞれ差し出してきた武器を受け取り、ベルトに装着する。どうやら、取り返してきてくれたらしい。
「では、行きマショウ」
4
出来ることなら、このまま地下遺跡から脱出をしたかったのだが、それを相手は許してはくれなかった。
レティシアとアリカがシユウを救う際に、地下遺跡内のマッピングを兼ねていたのだが、狭い通路では何度も戦闘を余儀なくされ、幾度も進行ルートを変えなければならなくなり、遠回りをしているのが現状だ。
前衛をレティシアが務め、後衛をシユウが務めている。アリカは地図によるナビゲートのため、二人の間で指示を出している。また、シユウの救出の際に、魔力の半分以上を使っていたため、魔力の温存及び回復という意図もあった。
今は、特に敵は見られないようだ。シユウは魔導銃で後方を警戒しているが、特に敵の姿は見られない。
「どうだ、アリカ」
銃を構えたまま、シユウはアリカに現状を尋ねる。彼もあまり芳しくないのは解っているのだが、焦りからか聞かずにはいられなかった。
「うーん、ごめん。この先はマッピングが済んでいないのよね……」
地図と周囲の様子を交互に見ながら、アリカが謝る。
「いや、気にすんな。俺が突っ走らなきゃ、こんなことにはならなかったんだ」
「上位古代魔術の《テレポート》が使えれば、一気に外にいけるんだけど、生憎、私は空間転移系の魔術はまだ上手く使いこなせないのよ」
「やめとけ。無理に詠唱してぶっ倒れられたら困る。それに、使いこなせずに壁の中や別の大陸に飛ばされたらたまったもんじゃねえよ」
「莫迦、そこまで不器用じゃないわ。でも、気遣ってくれてありがとう」
魔術には疎かったが、それが非常に高度なものであることは、シユウは知っていた。また、たとえ使えたとしても膨大な魔力を消費するが故、身体に大きな負担がかかるということもだ。
「また敵とはち合わせるかもしれないが、一度引き返すか? 出口からは離れてるわけだしな。出会った奴らは斃してきたし、数は少ない筈だ。何とかなるだろ」
「……この先……デスネ」
様子を窺っていたレティシアが、ぽつりと呟いた。彼女の視線の先には、薄暗い通路が続いている。同じような構造の場所が多いため、一度通った場所なのかもしれないが――
レティシアの表情は、怒りとも取れるようなものだった。ルビーの瞳は、真っ直ぐと通路の先へと向けられている。
「レティシア?」
シユウが心配そうに声をかけるが、レティシアは無言のまま通路の先へと進み始めた。突然のレティシアの行動に、シユウとアリカは思わず顔を見合わせたが、お互いに頷くとレティシアの後をつけることにした。
通路を進んでいくと、鋼鉄の扉に突きあたった。遺跡の中には同じような扉が数カ所に見られたのだが、それらと比べると堅固な構造であるのが目に見えて解る。
レティシアは扉に手をかけたが、ぴくりとも動かない。何度も押したり引いたりしてみるのだが、それも無駄なようだ。
「此処も魔術がかかってるわね。すぐ解除するから、待ってて――」
「待て」
アリカは扉にかかった魔術を解除すべく、《ディスペル・マジック》を詠唱し始めようとしたが、シユウがそれを制した。シユウは魔導銃に銃弾を込め直すと、扉に向けて構える。
「兄さん?」
「お前はあれだけ魔術を唱えてきてるんだ。少しでも休んでろ」
一発の銃声と共に、鉛弾が扉に向けて放たれる。
すると、ガラスが砕けるような音と共に青白い光が四散し、変形した銃弾が空しく地面に転がった。
「よっしゃ、これで進める筈だ」
「此処までデス。ご主人サマとアリカサマは、このまま引き返してクダサイ」
レティシアは振り返り、二人に向けてそう告げた。何処か、物悲しそうな表情を浮かべながら――
彼女は何を言っているのだろうか――
「おい、待て。どういう気か知らねえが、俺が許すと思ってんのかよ」
「この先は危険……そんな予感がするのデス。ですから――」
レティシアは、二人の身を気遣っているのだ。生身の人間である二人を、これ以上危険にさらすわけにはいかない、と。万が一のことが、あってほしくないから――
「莫迦、何言ってんだよ」
シユウには、レティシアが身を案じていてくれていることがすぐに解った。
だが、それを察した時には、レティシアは鋼鉄の扉の先へと進んでいた。全力で走っているのが解る。このままでは遅れてしまう。シユウもレティシアの後を追いかけようとしたが――
「待って!」
それは、アリカによって引き取られた。
「レティシアの言っていたとおりね。私達は、引き揚げた方がいいわ」
「おい、アリカ……」
「レティシアのことを想う兄さんの気持ちも解る。でも、仮に戦闘があったとして、私達が満足に戦えると思う? 乱戦で銃は使うのは大変だし、私の魔術にも限度があるわ。余力を残しているとはいえ、何が待ち受けているか解らないところへ行く意味は無いわ」
アリカの言葉は的確だった。
そもそも、何が待ち受けているか解らない扉の先に行くこと自体が愚かしい。それでも、レティシアが進んでいったということは、何かが待ち受けているのだろう。
「それに、私達は地下遺跡の中の様子を記録しているでしょう。魔導機兵や魔導人形のこと。何者かが水面下にいること。捕まっていた兄さんが、一番よく解っている筈よ。だから、それを報告する義務がある」
「義務って……」
「感情で動いて此処まで来た私が言えた口じゃないけど……」
「…………」
このまま自分達も先に進み、そのまま殉死するというのが最悪のパターンだ。
だが、シユウとしては、やはりレティシアのことも気掛かりだった。どちらにしろ、誰かが危険にさらされるのは間違いない。それならば――
「それでも、俺は行くさ。危ないのは解ってる」
ニヤリと笑みを見せるシユウ。
「はあ……。やっぱり兄さんは莫迦ね」
「うるさいな。俺の身を案じて、私情で動いたお前に言われたくないっての」
「まあ、止めても無駄なのは解っていたわ。でも、それでこそ兄さんね」
そう言うと、アリカはシユウに向けて、意識を集中した。
淡い光がシユウの身体を包みこむ。光は暫くその場に留まった後に、空気に溶け込むかのようにして消えていった。
「ある程度の衝撃は防げるけど、あまり過信しないで」
「お前は?」
「私も付き合いたいけど、そうもいかないわ。最後まで付き合うのが道理かもしれないけど、私には報告する義務があるから。本当は、兄さんがやるべきことだけど」
「帰りの分の魔力は大丈夫なのか? 敵に遭わないって保証はねえだろ」
「平気よ。私達魔術師は、魔力が無くなった時のために、魔術のアクセサリーを用意してあるから。そこから予備の魔力を取り出せば、何とかなるわ」
「悪いな」
また自分の都合で、周りを心配させてしまっている。
だが、此処でシユウはレティシアの言葉を思い出した。好きなように振舞って良い、と。
それならば、遠慮せずにそうさせて貰おう。
「それじゃあ、行ってくるぜ」
シユウは手を上げて挨拶すると、開かれた扉の先へと進んでいった。
アリカはシユウの姿が見えなくなるまで、見送っていた。彼の姿が見えなくなると、大きく溜息をついた。
「あーあ、なんか嫉妬しちゃうなぁ」
レティシアのことになると、シユウは周りが見えなくなってしまうことは承知していたが、アリカは妹として少し複雑な気分であった。
別に、レティシアのことを憎んでいるわけではない。ただ、やはり寂しいのだ。
それに――気掛かりなことがあった。
二人の関係を否定するわけではないのだが、あまりにも固すぎる結束が、アリカにとっては不安の種であった。
「『アイアン・ハート事件』……。あの事件の首謀者も、そんな感じでしたね」
後ろからの聞きなれた声に、アリカは振り返る。
そこには、まるで御伽噺に出てくるかのような出で立ちの男が立っていた。羽根付き帽子がよく似合っている。
上司である、キール・シャルフェンだ。
「シャルフェン中佐、いつの間に?」
確か、キールはラウル方面へと攻めようとしていた獣人達の駆逐にあたっていたはずだ。それなのに、何故此処まで来ているのだろうか。
「いやあ、ついさっきからですよ。兄妹愛ですか。信頼しているんですね、お兄さんのことを」
キールは帽子の縁に手を当てて、おどけたように言った。
「……あ、あの、勝手に動いて申し訳ありませんでした」
恥じらいを隠すように、アリカはその場で深々と頭を下げる。
「いいんですよ。あなた達の活躍で、少しずつ敵方の動きも掴めてきましたからね。勿論、まだ解らないことの方が多いのですが」
「獣人の討伐は?」
「ああ、もうほとんど終わっていますよ。現在は、この遺跡の出入り口を、私達が封鎖しています。あとは、報告を待つだけです」
フッ、とキールは笑みを浮かべた。
「若き魔導工学技師と、殲滅のコッペリアの報告をね……」
5
シユウは先行するレティシアにすぐに追い付いた。
初め、レティシアは驚いて諌めたものの、シユウの決心を悟ってか、同行することを認めた。
そして、二人は大きな部屋に辿り着いた。シユウが先程連れてこられた場所よりも広かった。
敵は、そこにいた。
オーギュスト・エリオ。確か、名前はそう言ったか。
優しげで落ち着いた雰囲気を醸し出しているものの、目にかかった前髪が、その男の影を具現しているかのように思える。顔も痩せており、如何にも不健康だと言わんばかりの表情だ。
男の前には、一機の魔導機兵が置かれている。
見たことの無い型だ、とシユウは思った。
胴体にいくつもの銃口が取り付けられており、腕や脚の部分も武装されている――これは多くの魔導機兵に見られる特徴なのだが、おかしいのはサイズだった。
普通、魔導機兵は二、三メートル程の大きさだ。しかし、この魔導機兵は、五メートルは軽く超えているだろう。多少の誤差を考慮したとしても、規格外の大きさなのだ。この一機で都市のひとつやふたつを制圧――いや、壊滅させるのは容易いに違いない。
「牢屋の見張りをしていた魔導人形からの連絡がないと思ったら、脱獄か。随分とふざけたことをしてくれる」
男――オーギュストは、静かながらも怒っていた。その表情が歪んでいるのを、シユウとレティシアは見逃さなかった。
オーギュストの傍らでは、三体の魔導人形が武器を構えている。幸い、持っているのは近接用の武器で、狙い撃ちにされることはなさそうだ。どの魔導人形も、レティシアと同じような可愛らしい少女の出で立ちだ。ただ、彼女達にはレティシアのような『温かさ』というものが感じられなかった。
襲ってこないことから、オーギュストは話し合うつもりらしい。レティシアは今にも彼に向けて飛びかからんとしているが、シユウはそれを手で制した。
「ふざけているのはそっちだと思うけどな。それにしても、何か話したそうにしてやがる」
オーギュストの目的が何なのか、反乱を企てている動機が何なのかは知らないが、シユウには協力する気など無かった。レティシアは、自分の大切な人を酷い目に遭わせたとして、激しい怒りの籠った視線で、オーギュストを睨みつけている。勿論、怒っている理由はそれだけではない。
「そうだ。私は君を歓迎しているのだよ。シユウ君、君をね」
まるで何かの芝居のように、オーギュストは両手を上げた。
「気持ち悪いな。親しくも無いのに、馴れ馴れしくファーストネームで呼ぶなよ」
尊大かつ不遜なオーギュストの態度に対し、シユウは冷静に突っ込んだ。しかし、それに気を悪くした様子も無く、オーギュストは芝居がかった態度で話を続ける。
「その反抗的な態度も素晴らしいな。この実力主義に囚われたスクラップの国に対し、力を示すのに丁度良い」
「確かに、アークヴァイス帝国は実力主義だ。偉そうな貴族が不満に思うのは解るが、お前は何が不満なんだよ?」
度を超えた実力主義は、国を崩壊させる。
そのようなことをルートヴィヒが言っていたのを思い出した。だが、この男の場合はそれに不満を抱いているわけではなさそうだ。
「何が不満かだって? この国だよっ!! 私の人生を滅茶苦茶にしたな!!」
突然、オーギュストが激昂する。
瞳孔が開き、口を大きく開ける。まるで、獲物を前にした肉食獣かのように。
「解るか? 成り上がりのお前に、敗者の私の気持ちが。どれだけ努力をしても結果を残せなかった私を、周りの奴らは散々にけなしてきた」
「解らないな。結果を残せなかったら、人一倍努力すればいいだけだろ? 生きている限りチャンスは何度でもあるんだ。失敗から学ぶことだってあるだろうが」
「黙れ! 私は周りの奴らが妬ましかった。僅かな努力で結果を残していく奴らが。この国には、そんな奴らばかりだった……!」
それはオーギュストの激昂でもあり、慟哭でもあった。
「確かに、天才ってのはいる。芸術にしろ勉学にしろ、何の苦労をせずとも大きな結果を残せる奴がな。確かに、そいつらに勝つのは厳しい。そいつらが努力をすりゃ尚更だ。でもな、そいつらを妬ましく思った時点で……お前は負け犬だ」
「黙れ!」
シユウは悟った。
この男が如何に哀れで、不器用な人間かということを。
「お前達もだ。お前達も、私の研究成果に傷をつけてきた――!」
「研究成果?」
シユウをかばいつつ成り行きを見守っていたレティシアが、怪訝そうな態度で尋ねる。
「ああ、そうだ! 私の努力の結晶だ。私の命令に忠実に動く、この奴隷達のな」
オーギュストは再び芝居がかった態度で、配下の魔導人形達の前を行き来する。
そして、オーギュストのその言葉に、レティシアが怒りを露わにした。
「魔導人形は……、ワタシ達は奴隷なんかじゃありマセン!」
「ほう、言ってくれるな。フランツ様が作り上げた時よりも、随分と賢しくなったくず鉄だな。お前が調教したのか、シユウ・セイヴァルよ!」
「おい」
今まで耐えてきたが、シユウも怒り心頭であった。
「奴隷だ? くず鉄だ? 調教だ? ふざけたこと言ってんじゃねえよ、負け犬が」
オーギュストの発したレティシアに対する言葉は、シユウの怒りを爆発させるには充分すぎた。
「こいつにだってあるんだよ、熱い心がな」
シユウの張り上げた声に、レティシアはぴくん、と身体を震わせた。
(ご主人サマ……)
此処まで想われていたのか――
レティシアの心の内から、熱いものが込み上げてきた。だが、今は――今は、自分の大切な人を守る時だ。
レティシアは込み上げてくる感情を抑え込み、オーギュストを見据えた。
「熱い心? まるで安っぽい戯曲に出てくるような言葉だ。くだらんな」
オーギュストが見せたのは、嘲笑だった。
「所詮、魔導人形など兵器に過ぎん。人間に忠実に動く、鉄の奴隷だ。だが、奴隷とはいえ力を示すための駒になる。そう思わないか? 我等に忠実な僕。素晴らしいだろう」
再び芝居がかった態度で、両手を大きく広げるオーギュスト。
「魔導機兵だってそうだ。結局は、人を殺すための兵器に過ぎん。そもそも、魔導工学自体が、戦争のために生み出された技術だからな」
「お前いい加減にしろよ」
魔導工学が戦争に使われてきたのは、紛れもない事実だ。だが、今は武力行使よりも、人類がより高度な文明を築き上げるためのものとして、確立されている。シユウはそう考えていた。
「魔導工学は他人と争うためのものじゃない。お前も技師なら、技術発展という目標があるんじゃないのか?」
「黙れ! 帝国の犬が! 我々に協力すれば、そこのくず鉄により壊された研究成果のことは大目に見てやろうと思ったが――生きて帰さぬぞ!」
オーギュストは声を張り上げると、背を向けて走り出した。シユウは、オーギュストが何をしようとしたのかすぐに察知した。後ろにある魔導機兵に乗り込もうとしているということを。
あれを動かされてはマズい。
機体の大きさから、威力がどれ程のものか想像するのは容易い。シユウは魔導銃を構えて、オーギュストの足を狙おうとしたが――
銃弾の軌道上を、魔導人形達が妨害した。何とか移動して的を確保しようとするも、彼女達もそれを許さない。
なるほど、この者達は既に奴隷なのか――
シユウは苦い表情を浮かべながらも、魔導銃からショートソードに持ち替えた。魔導人形に接近され、銃の間合いから剣の間合いになっていたのだ。
だが、慣れていない武器を使うのは自殺行為に等しい。シユウが武器を使い慣れていないことを悟ったのか、一人の魔導人形がレイピアを構えて、彼の隙を狙い急所を突いてきた。
「ご主人サマ! 下がってクダサイ!」
レティシアが割って入り、レイピアによる刺突をブロードソードで受けた。レイピアの軌道が逸れて、魔導人形に隙ができる。
レティシアは好機と、ブロードソードを横に払い、魔導人形に斬りかかろうとした。しかし、相手も相当な熟練者のようで、その場から大きくバックステップをして、レティシアとの間合いを取った。
その間にも、別の魔導人形がシユウに向けて襲い掛かってきた。
身の丈ほどある大剣――クレイモアを振りまわし、シユウを両断しようと斬りかかる。この一撃は受けられない、そう判断したシユウは、とりあえずクレイモアの魔導人形と距離を取ることにした。
だが、追撃は終わらなかった。残りの一人の魔導人形が、魔術を詠唱していたのだ。
本来、魔導人形が魔術を詠唱するというケースは少ない。というのも、魔術の詠唱には魔力を使うため、魔力が生命力となっている魔導人形にとっては、文字通り命を削る行為に等しいのだ。勿論、緊急時にやむを得ずというのはあるのだが――
想定外だった。
このオーギュストという男は、自分の部下である魔導人形を此処まで酷使しているのだろうか。いや、それとも彼女達が忠実なだけなのだろうか。複雑な思いに駆られながら、シユウは振り下ろされてきたクレイモアを間一髪のところで回避する。
レティシアが詠唱を止めるべく、詠唱中の魔導人形に斬りかかろうとしたが、レイピアを持った魔導人形がそれを許さない。シユウも休む間もなく振り回されるクレイモアに気を配らなければならないためか、なかなか打開できずにいる。
クレイモアを持った魔導人形が、突然シユウから距離を取った。この状況から、その行為が何を意味しているのかシユウにはすぐに理解できた。
「しまっ――」
シユウは背筋が凍りつくような感覚に見舞われた。
そして、自分の魔術に関する知識の浅さを、激しく憎んだ。
「ご主人サマっ――!」
魔導人形の猛攻を振り切ったレティシアが声を上げるが――
遅かった。
シユウの視界が青白い光に包まれる。続いて、辺りに耳を劈くような轟音が鳴り響く。
そして――
「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」
シユウは声を張り上げて絶叫した。
全身の血液が沸騰するかのような激痛が、シユウの身体を駆け巡った。地下だというのに、空中から雷光の槍が次々とシユウの身体に撃ち付けていく。
レティシアはシユウを救おうと思ったが、シユウの周囲を雷撃が檻の如く包囲しており、近づくこともままならなかった。魔術師の使う呪文の中でも、かなり高度なものだった。当然、まともに受ければ立っていることは不可能だ。全身を焼かれながら、シユウはその場に倒れ伏した。
やがて、雷槍が止み、雷の檻が消える。レティシアの目に映ったのは、彼女にとって残酷とも言える結末だった。
シユウの衣服はズタズタに引き裂かれ、身体のところどころに痛々しい火傷の痕が出来ている。ぴくりとも動かない。
「ご主人……サマ……」
あまりにもあっけない。
こんなことがあっていいのだろうか。
レティシアは眼前で起きた悲劇に、得物を落としそうになった。だが、レティシアには悲しんでいる暇など許されてはいなかった。
「私が出るまでもなかったか」
オーギュストの声が響く。
だが、何処か機械的な声だ。くぐもっており、まるで何かの中から発せられているような、そんな声質だった。
レティシアが声の響いた方向に視線を移すと、巨大な魔導機兵が稼働していた。上部には、オーギュストが乗り込んでいるのだが、彼の周囲を半透明なシールドのようなものが包みこんでいる。恐らくは、魔術による障壁だろう。
「さて、邪魔者がいなくなったところで、お前に問おう。そこの犬はレティシアと呼んでいたが……。どうだね、我々のもとに帰ってくる気は無いか? かつての主、フランツ様もお前が戻ってくることをお望みだろう。『殲滅のコッペリア』よ」
「……その名前で……呼ばないでクダサイ」
「ふん、何を今更。かつての『アイアン・ハート事件』において、いくつもの命を刈り取った挙句、のうのうと逃げていたお前が何を言うか」
「…………」
「どうした? 図星のため返す言葉も無いか? それとも、愛する主が斃されたことに、怒っているのか?」
レティシアを嘲笑するかのように、オーギュストが言う。
「ワタシのご主人サマは、シユウサマ一人です」
「ふん、そこにボロ雑巾のように転がっている男のことか? 無駄だ、最早彼は死んでいる」
刹那――
「あ……あぁっ……ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」
絶叫。慟哭。あるいはその両方か。
レティシアはルビーの瞳から涙を流しながら、魔導機兵へと向けて突貫していった。そうはさせまいと、彼女の後ろを、二人の魔導人形が追いかける。残りの一人は、上級魔術を使った反動のためか、膝を突いて呼吸を荒げている。
背後からの斬撃を聴覚と気配で察知し、レティシアは刃を振るって弾き飛ばす。
「愚かな」
オーギュストはぼそりと感想を述べた。それは、誰もが想うような模範的な解答だろう。
五メートルを超える巨人に、小柄な少女が一人で挑むこと自体がそもそも間違いだ。たとえそれが、魔導人形だったとしてもだ。
「立ち向かうか! それならば全力で受けよう。お前を破壊し、私があの方を超えたことを証明してみせる!」
オーギュストは、手元にあったトリガーを思い切り引き倒した。
過去に魔導機兵による射撃は何度か見てきたが、この魔導機兵によるものは規格外だった。レティシアはその場からすぐに跳躍し、無数の銃弾の軌道上から大きく逸れる。だが、完全に回避するまでには至らず、腕の一部に傷を受けてしまった。
無論、この程度の傷では戦闘に影響は無い。だが、あの射撃がシユウに当たってしまったら――人間の身体など粉々に粉砕されてしまうだろう。もし、そうなったら――レティシアに自我を保つ自信は無かった。
「ちょこまかと鬱陶しいくず鉄だ! その機動性は評価に値する! だが、我が奴隷達のように、心を捨て切れていないのが惜しいな。それが、あの方の失敗でもあった」
狂気に満ちた表情を露わにしながら、オーギュストは次なる銃弾を放った。
先程よりも量が多い。避けるのは不可能だろう。長期戦になることが予想されるため、消耗は抑えたかったのだが、レティシアは高速で魔術を詠唱した。
「っ――!」
全身に鈍い痛みが走る。魔導人形にとっての魔術の詠唱は、己の命を削る行為にも等しいためだ。
だが、唱えなければやられる――
片手を振り上げて、周囲に半球状の光を発生させる。外側からのあらゆる衝撃を大幅に緩和させる力場だ。
「ほう、主のためなら命を削るのも厭わないか!」
オーギュストの言葉が不愉快だったが、レティシアは次の攻撃に備えるために周囲の状況を見渡した。警戒すべき攻撃は、魔導機兵だけではないのだ。
レティシアの警戒した通り、魔導人形達は動いていた。
足元から爆炎が噴き上げた。高度な魔術の詠唱で疲労していた魔導人形が、戦線に復帰していたのだ。レティシアはその場から飛び退き、何とか爆炎を回避する。余波が吹き付け、チリチリとした乾いた痛みが頬を走る。
続いて、レイピアによる刺突がレティシアの側面から襲いかかってきた。レティシアはレイピアの刃をブロードソードで撃ち落とし、反撃に出る。
だが――
「うぅっ……!」
背後からのクレイモアによる斬撃に反応したつもりなのだが、若干動作が遅れたようだ。身体の前でブロードソードを構えるも、不自然な体勢で受けたためか、左手に構えていたブロードソードが宙を舞った。
「はぁ……はぁ……っ…………」
ブロードソードが地面に転がる。
何とか攻撃を防げたものの、度重なる攻撃でレティシアは疲弊していた。今までの戦闘の疲れも溜まっており、満足に力も出せない状況だ。
こんなところで終わりたくない。
いや、終わらせてはならない。
――絶対に、この男は許さない。
「ああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ――!」
喊声――いや、慟哭だろうか。
激昂や悲痛の入り混じった声を上げながら、レティシアはブロードソードを掲げて魔導機兵へと突貫していった。
持てる力の全てを出し、全速力で駆け抜ける。
途中で何度も魔術による攻撃が身体を掠り、レイピアやクレイモアの刃が四肢を傷付けたが、気にしなかった。
そして、魔導機兵の目の前に立つ。
「小癪なくず鉄め!」
オーギュストが憎しみを孕んだ表情で怒鳴り散らす。
どうやら、この魔導機兵は、機動性は低いらしい。先程まで、射撃を行うばかりでほとんど動いていない。
それならば、懐に入り込んでしまえば怖くない。
レティシアはそう判断すると、突出した部分を足場にして、鋼鉄の巨人を登っていった。まるで、小動物が岩の絶壁を駆け登るが如く――
そして、上部へと登りつめる。
「アナタは絶対に許しマセン――!」
登りつめてしまえば、銃弾は怖くない。部下の魔導人形達も、魔導機兵を登ろうとしているが、こちらがオーギュストに一撃を与える方が早い。レティシアは、そう考えていた。
いや、そのようなことよりも――
この男を斃さなければならない、と思っていた。
レティシアは障壁をぶち破るべく、ブロードソードを大きく振りかぶり、自分の全体重を乗せて振り下ろした。
だが、オーギュストの表情は、まるで変わっていない。
いや、笑っていた。
このような状況にありながらも、にたりと笑っている。その表情に、レティシアは焦燥を覚えた。
そして――
「がふっ!?」
レティシアの身体が宙を舞った。
全身に迸る激痛。吹き飛びそうになる意識を、レティシアは必死に繋ぎ止めた。
何が起こったのか、レティシアはすぐに理解した。魔導機兵の腕の部分により、殴り飛ばされたのだ。
「あぐっ!」
不意打ちであったため、レティシアは対応することが出来なかった。彼女の身体は壁に叩きつけられる。相当な衝撃だったのか、それと同時に壁にいくつもの亀裂が走った。もし、彼女が魔導人形でなければ、今の一撃で身体は破壊されていたに違いない。
レティシアはそのまま、力を失った小鳥のように、地面へと崩れ落ちた。
「ぅ……あぁ……」
レティシアは立ち上がろうとしたが、全身が既にボロボロだった。
運動機関も完全にイカれている。動かそうと思っても、まったく言うことを聞かない。
「これで終わりだな。かつての主に免じて機能だけは生かしてやろうと思ったが……。心を捨てきれぬ奴隷に、用は無い」
オーギュストの声が響く。
部下の魔導人形が、ジリジリと寄ってくるのが解った。
悔しいが、何も出来なかった。
ご主人サマのために、せめて一矢報いたい。
でも、それも出来ない。
「申し訳……あり……マセン……、ご主人……サマ……。お傍に……参りマス……」
魂という概念があるかは解らないが、せめて――
「おーいコラ……、勝手に人を殺すな」
刹那――
三発の銃声が響き、三人の魔導人形が地面に転がった。
「……ご主人サマ……!?」
レティシアが銃声の響いた方向に視線を移すと、シユウが魔導銃を構えて立っていた。
あれだけの魔術を受けて、このように生きている筈がない。何が起きているのか――だが、レティシアの内に、安堵や喜びといった感情が少しずつ湧きあがってきた。
「莫迦な!? 何故生きている?」
一方、オーギュストは驚きと焦りを隠せずにいた。
無理もない。自分の部下の魔導人形により、仕留めた筈なのだ。生身の人間が、上級魔術をまともに受けて立っていることなど、まず有り得ないというのに――
「だから勝手に殺すなって言ってんだよ。滅茶苦茶痛かったけどな」
シユウは大袈裟に腕を振りまわして、銃口を魔導機兵へと向けた。
「此処に来る前に、妹に防御系の魔術をかけてもらったんだ。どうやら、皮膚を硬質化させてダメージを抑えるものらしいが、よく解らん。ま、とにかく助かったってワケだ」
まだ痺れる感覚が残っていたものの、シユウは充分に動くことが出来た。
「だが、この状況を打破することは出来まい。お前達を二人纏めて、粉々にしてくれる」
「そいつは無理だな、オーギュストさんよ」
「くっ、気安くフルネームで呼んで、私を莫迦にしているのか」
「お返しだ。俺とお前の仲じゃないか」
シユウは皮肉を込めて言ってやった。
「く……うぅ……」
レティシアも何とか持ち直したようで、ふら付きながらもシユウへと寄り添っていった。
「おい、お前は休んでろ」
「いえ、大丈夫デス」
そう。自分のあるべき場所は此処だから。
「そっか。でも、すぐ終わらせてやる」
シユウは微笑んで、レティシアの頭に手を置いてやった。そして、改めて魔導銃を構え直し、銃口をオーギュストへと向ける。
「雷に撃たれて、俺は死にかけた。だが、何とか可愛い妹の魔術のおかげで意識は保てたんだ。それで、お前の乗っている魔導機兵について、観察させてもらった。若造の技師の俺が言うのもなんだが、見たことの無い型で結構悩んだものさ」
「黙れ!」
シユウの高説に苛立ちを覚えたのか、オーギュストは魔導機兵から銃弾を放った。シユウはすぐに魔導銃を撃ち、それに対応した。
前方に光の障壁が現れ、横なぐりの豪雨が窓に吹き付けたかのような音が響く。
「莫迦な……」
魔導銃に、防御系の魔術を込めて撃ったのだ。オーギュスト程の者ならば容易に悟ることが出来るのだが――
焦りを覚えた人間の思考力ほど、空しいものは無い。
「攻撃の特徴を見る限り、オーソドックスな射撃タイプである《ウル》を大型化させたものかと思った。だが、それにしては精密性がちと低いのと、妙に威力が高かったのが気になった。射撃戦型の魔導機兵では、威力よりも精密性を重視することが多いからな」
レティシアは、またシユウの説明が始まった、と半ば呆れていた。
しかし、今回はシユウを止めようとは思わなかった。むしろ、最後まで聞こうと思っている。
「黙れ! 黙れ!」
オーギュストは銃弾を発射するも、それも障壁に防がれてしまう。
「レティシアを殴り飛ばした時は流石の俺もブチ切れそうになったが、魔導機兵の動きを探るために我慢した。まあ、立ち上がる力が戻ってなかったってのが本音だがな。あの強力な近接攻撃は、恐らくは《マグニ》……いや、今では《テュール》辺りの型に見られるものだ。それらの型を組み合わせた、新型の魔導機兵だろうな。破壊力は抜群だ。欠点はその機動性だが、これは後の研究で充分に克服できるレベルだ」
銃弾が放たれるも、結果は変わらない。
「複合型の魔導機兵を作るのは難しい。だが、これ程のものを作れるってのは、あんたは只管努力したんだな。尊敬に値するよ……うぉっと!?」
シユウは賞賛したつもりなのだが、銃撃されたために、新たな障壁を発生させなければならなかった。しかし、慌てた様子はなく、慣れた手つきで魔導銃のトリガーを引いた。
「だが、問題は出力だ。オーギュストさんよ、あんたは飛ばし過ぎだ。もっと優しく扱ってくれって、そいつが悲鳴を上げている。此処に横たわってる奴らもそうだ。ああ、安心しな。《スタン・クラウド》……だったか、そんな感じの魔術で一時的に動きを止めてるだけだからな」
「悲鳴? 何を言っているんだお前は。兵器にそのような気遣いなど無用だ!」
オーギュストは叫びながら、トリガーを引いた。
だが――銃弾はすべて使いきってしまったようだ。銃口からは煙が出るばかりで、何も発射されようとはしない。
トリガーを引く空しい音だけが、辺りに響き渡る。
「……駄目だ。あんたには、魔導工学の技師を名乗る資格は無いな」
「黙れ!」
それならば、自分の力で仕留めるだけだ。相手は満身創痍だ。こちらが先手を取るのは容易い。
オーギュストは魔導機兵から飛び降りると、ホルスターから魔導銃を取り出そうとした。
だが――
オーギュストの視界を激しい閃光が覆った。思わず目をつむるが、激しい光に視力を奪われ、思わず目を覆う。
光はすぐに晴れた。
レティシアが背後からオーギュストの身体を拘束し、シユウの魔導銃がオーギュストのこめかみに当てられていた。
「往生際が悪いんだよ」
冷たく吐き捨てるシユウ。
「何なんだ、お前達は! お前達まで私を莫迦にするのか!」
この期に及んでまだ叫ぶか、とシユウとレティシアは呆れていた。
「黙れ、負け犬が」
鳴り響く一発の銃声。
だが、殺しはしない。
銃弾を受けたオーギュストの身体が、壊れた操り人形の如く、地面に転がった。
「俺は帝国の犬なんかじゃない。こいつの相棒、それだけだ」




