第21話 建国祭、浮気王太子が真実の愛を叫ぶ
「皆の者、聞いてほしい! 私は今日、この輝かしい建国祭の場において、我が国の未来に関わる重大な真実を告発する!」
豪奢なシャンデリアが眩く輝く、王宮の大広間。
各国の使節や高位貴族たちが集まり、優雅な音楽が流れていたはずの祝賀の場は、突如として王太子エドガーが発した大声によって、水を打ったような静寂に包まれた。
エドガーは広間の中央へと進み出ると、自身の腕に、純白のドレスに身を包んだ男爵令嬢ミレーヌをこれ見よがしに抱き寄せた。
「私の正式な婚約者である公爵令嬢クラリス。彼女は、私と心を通わせる愛しきミレーヌに対し、嫉妬に狂い、数々の陰湿な嫌がらせを行った! ドレスを引き裂き、茶に泥を混ぜ、あろうことか先日には階段から突き落とそうとすらしたのだ!」
エドガーの言葉に、広間がどよめきに包まれる。
名指しされたクラリスは、エドガーから少し離れた場所に立っていた。
周囲の貴族たちが彼女からサッと距離を取り、好奇と非難の視線を向ける。
しかし、クラリスの美しい顔には、焦りも、悲しみも、一切浮かんでいなかった。
扇を持つ手は微塵も震えず、ただひどく冷ややかな、哀れみすら含んだ静かな瞳で、滑稽な芝居を打つ王太子を真っ直ぐに見つめ返しているだけだった。
「……エドガー様、私、怖かったのです。でも、あなたがこうして守ってくださるから……っ」
ミレーヌがエドガーの胸に顔を埋め、涙ぐむ悲劇のヒロインを嬉々として演じる。
エドガーは「もう大丈夫だ、私がついている」と彼女の肩を抱きしめ、さらに得意げに胸を張った。
(あぁ……本当に、呆れるほどテンプレ通りの茶番だわ)
群衆の端に紛れ込んでいたレティシア・アーヴィングは、内心で深くため息をついていた。
証拠の提示もない、ただの言いがかり。しかも公の場で、他国の賓客までいる前での醜態。
前世の法務部時代、株主総会で愛人を役員にすると騒ぎ立てて自滅したワンマン社長と、全く同じ光景だ。
レティシアの任務はただ一つ。
相手が完全に後戻りできない決定的な『違約の言葉』を口にするまで、待つことである。
下手に途中で止めてしまえば、「破棄するつもりはなかった」「ただの注意だ」と言い逃れされる可能性があるからだ。
「古い政略という鎖に縛られた愛のない婚約が、いかに人を狂わせるか。皆もよく分かっただろう!」
エドガーの演説は、ますます熱を帯びていく。
自分が古い因習を打ち破り、真実の愛を貫く偉大な主人公であると、本気で信じ切っているのだ。周囲の冷ややかな空気など、彼の目には「自分の勇気に圧倒されている」ようにしか映っていない。
「もうすぐね」
レティシアが小さく呟いた、その時だった。
「……こっちだ、レティシア」
背後から、低く重い声が耳元を掠めた。
漆黒の夜会服を纏った王弟殿下ノア・ヴァルトハイムが、レティシアの腰にそっと腕を回し、彼女の身体を引き寄せた。
「で、殿下……?」
「ここからでは、いざという時に近衛の動きが邪魔になる。君が真っ直ぐにあの愚か者の前へ出られる位置へ誘導する」
ノアの氷のような瞳が周囲を睥睨すると、立ち塞がっていた貴族たちが、王弟の圧倒的な威圧感に気圧され、モーゼの十戒のように無言で道を空けた。
ノアはレティシアの腰を抱いたまま、群衆の最前列――王太子とクラリスのちょうど中間点であり、王太子専属の近衛兵がどう動いてもレティシアには手が届かない、完璧に計算された『安全な特等席』へと彼女を立たせた。
(こんな大広間の最前列で……っ、完全に守られている)
ノアの腕の中から伝わる熱と、その頼もしすぎる厚い胸板の感触に、レティシアの心臓がトクンと大きく跳ねた。
彼は、約束通り。レティシアの立ち位置を安全に確保し、彼女が仕事に集中できるよう完璧な防壁を構築してくれているのだ。
「時は満ちた。君が前に出るまで、誰にも邪魔はさせない」
甘く、そして力強いノアの囁きが、レティシアの背中をしっかりと支えた。
レティシアは深く頷き、眼鏡の奥の瞳に、冷徹な元法務部の光を宿す。
広間の中央では、エドガーが演説のクライマックスを迎えていた。
「私は次期国王として、このような悪辣な女を未来の王妃として迎えることはできない! そして、身分などという壁を越え、魂で惹かれ合う真実の愛こそが、この国を正しく導くと信じている!」
エドガーは、ミレーヌの手を高く掲げた。
「よって私エドガーは、この場においてクラリスとの婚約を破棄し、ミレーヌとの真実の愛を選ぶと宣言する!!」
広間が、爆発したような騒然とした空気に包まれる。
玉座の前に座る国王が、「エドガー、貴様何を――」と激怒して立ち上がろうとした、その瞬間だった。
コツン。
静寂を引き裂くように、硬い靴音が一つ、大理石の床に響いた。
ノアの庇護下から、ただ一人の令嬢が、スッと一歩前へ進み出たのだ。
豪奢なドレスを着飾った貴族たちの中で、極めて簡素な、公証院の事務官の制服を身に纏ったレティシア。
彼女は、呆然とする群衆と、勝ち誇った顔で固まっている王太子エドガーを真っ直ぐに見据えた。
そして、かつて別の愚かな男に投げかけたのと同じ、氷のように冷たく、一切の感情を排した声で、はっきりと告げた。
「エドガー殿下。今、『婚約破棄』と仰いましたか?」
この国の未来を揺るがす、決定的な反撃の幕開けだった。




