↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
9/21

第9話 王都支店、開店初日から大行列

王都に店を出す。


 その話を聞いたとき、俺は最初、冗談だと思った。


「……もう一度、お願いします」


「王都に店を出すのだ」


 魔王ヴァルガは、当然のことのように言った。


 場所は、王都エルグラントの商業区。


 人口は辺境の町リュネの数十倍。貴族御用達の高級商店から、庶民向けの市場まで、あらゆる商売が集まっている。


 つまり、競争相手も桁違いということだ。


「いやいやいや。うちは、町の小さな雑貨店ですよ?」


「知っている」


「大規模な商会でもないんです」


「それも知っている」


「王都の土地代がいくらするか、ご存じですか?」


「調べさせた」


「人件費は?」


「調べさせた」


「……準備がよすぎません?」


 ヴァルガは、涼しい顔で紅茶を飲んだ。


「君の店には、王都でも需要がある」


「何の需要ですか?」


「安心して買い物ができる場所としての需要だ」


 俺は言葉に詰まった。


 王都に店を出すこと自体は、以前から考えていなかったわけではない。


 ただ、まだ早いと思っていた。


 リュネの店でさえ、仕入れや人手の問題が山積みだ。


 ベルク商会との関係も、決してよくなったわけではない。


 そんな状況で、王都にまで進出する。


 普通に考えれば、無謀だ。


「……どうして、そこまで俺の店を大きくしたいんですか?」


 ヴァルガは、少しだけ表情を引き締めた。


「君の店を大きくしたいわけではない」


「え?」


「必要な場所に、必要な店があればいい。それだけだ」


 彼は窓の外を見た。


「我が軍への食料供給が終わった後、君は兵士たちに、余った食料を安く売っただろう」


「余剰分ですから。倉庫に置いておくより、売った方がいいと思ったんです」


「その結果、我が軍の補給担当者は、君の店から直接購入したいと言い出した」


「……そうなんですか?」


「人間の商人からも、問い合わせが来ている。君の店では、魔族だからという理由で取引を断らないのか、と」


 俺は、ため息をついた。


 どうやら、またしても話が大きくなっているらしい。


「俺は、普通に商売をしたいだけなんですけどね」


「ならば、普通に商売をすればいい」


「王都で?」


「王都で」


 ヴァルガは、にやりと笑った。


「君が決めることだ。私が強制するつもりはない」


 その言葉を聞いて、俺は考え込んだ。


 王都には、リュネにはないものがある。


 大きな市場。


 多くの客。


 豊富な仕入れ先。


 そして、今まで出会ったことのない人々。


 もちろん、危険もある。


 だが、店を続けるためには、いつか次の段階へ進まなければならない。


「……一度、見に行ってみます」


 俺は答えた。


「出店するかどうかは、その後に決めます」


「それでいい」


 ヴァルガは満足そうにうなずいた。


     ◇


 王都へ向かう馬車の中で、ユリウスはずっと落ち着かなかった。


「本当に、王都に店を出すつもりなのか?」


「まだ決めていないよ」


「だが、場所を見に行くんだろう?」


「それはそうだけど」


「王都には、王国でも有数の商会が集まっている。ベルク商会だって、王都に本店があるんだぞ」


「知っている」


「知っていて、行くのか?」


「行かなければ、何もわからないだろう?」


 ユリウスは、頭を抱えた。


「お前は、恐怖というものがないのか?」


「あるよ。今も、土地代のことを考えて胃が痛い」


「そこなのか!?」


 向かいの席では、アリシアが笑いをこらえていた。


 彼女は今、店の護衛兼、商品の管理担当という立場になっている。


 剣の腕は相変わらず一流だが、本人は「皿洗いよりは少し責任が増えただけだ」と言っていた。


 ミロも同行している。


 母親の体調が安定し、近所の人たちにも助けてもらえるようになったため、数日間の出張なら問題ないとのことだった。


「レオンさん、王都って、そんなに大きいんですか?」


 ミロが窓の外を見ながら尋ねた。


「大きいぞ。人も多いし、建物も立派だ」


「お店もいっぱいある?」


「いっぱいどころじゃない」


「じゃあ、うちのお店なんて、目立たないんじゃ……」


 その言葉に、俺は少し考えた。


「そうかもしれないな」


「えっ?」


「でも、目立つことだけが大事じゃない。必要な人に見つけてもらえればいいんだ」


 ミロは、しばらく考えてから、うなずいた。


「ぼくも、そう思います」


 その小さな返事が、妙にうれしかった。


     ◇


 王都エルグラントは、想像以上だった。


 城壁は高く、街路は広い。


 石造りの建物が立ち並び、馬車と人々が絶え間なく行き交っている。


 通りには、焼き菓子の香りが漂っていた。


 宝石店。


 武器屋。


 魔道具専門店。


 衣料品店。


 食料品店。


 どの店も、リュネの商店街とは規模が違う。


「……これは、すごいな」


 思わず声が漏れた。


 店を出す以前に、どこで何を売ればいいのか、まったく見当がつかない。


 そんな俺に、案内役の商人が声をかけた。


「こちらが、今回ご紹介する物件です」


 通りの角に、二階建ての建物があった。


 立地はいい。


 人通りも多い。


 一階は店舗、二階は倉庫や事務所として使えそうだった。


「家賃は?」


「月額、金貨二十枚です」


「……はい?」


 聞き間違いかと思った。


「金貨、二十枚です」


 俺は、そっと視線を逸らした。


 リュネの店なら、何か月分になるだろう。


 いや、何年分だ?


 頭の中で計算しようとして、やめた。


「もう少し、手頃な物件はありませんか?」


「ございます。ただし、こちらより人通りが少なくなります」


「どのくらい?」


「通りを三本ほど外れた場所になります」


「見せてください」


 こうして、俺たちは王都の物件をいくつも回った。


 どれも一長一短だった。


 人通りが多ければ家賃が高い。


 安ければ、客が少ない。


 広ければ維持費がかかる。


 狭ければ、商品の種類を絞らなければならない。


 結局、夕方まで歩き回っても、決め手になる物件は見つからなかった。


「……今日は、ここまでにしましょう」


 俺は、疲れた足をさすった。


「王都は、商売をするにも金がかかるな」


「当たり前だ」


 ユリウスが言った。


「だからこそ、大きな商会が強いんだ。資金力が違う」


「そうだな」


 俺は、通りの向こうを見た。


 そこには、ひときわ大きな建物があった。


 正面には、麦穂と天秤の紋章。


 ベルク商会の王都本店だ。


 人々が次々と出入りしている。


 荷馬車が何台も並び、従業員たちが忙しそうに荷物を運んでいた。


 あれが、俺の店とは比べものにならない大商会。


 正直、勝てる気はしない。


 だが、俺は別に、ベルク商会に勝ちたいわけではなかった。


 ただ、客に必要とされる店を作りたい。


 それだけだ。


     ◇


 翌朝。


 俺たちは、再び王都の商業区を歩いていた。


 昨日見落とした路地を確認するためだ。


 その途中、ミロが足を止めた。


「あれ……」


「どうした?」


 ミロが指さした先には、小さな広場があった。


 広場の隅に、古い建物が建っている。


 周囲の店に比べると、かなり地味だ。


 看板は色あせ、窓も小さい。


 だが、入口の前には、なぜか人が集まっていた。


「何かあったのかな?」


 俺たちは、近づいてみた。


 人々の話し声が聞こえてくる。


「本当に、ここで売っているのか?」


「昨日、知り合いから聞いたんだ」


「でも、こんな場所に店があるなんて知らなかったぞ」


「店主が来るのを待っているらしい」


 どうやら、何かの店が開くのを待っているらしい。


 俺は、建物の看板を見た。


 文字は、ほとんど消えている。


 かろうじて読めたのは、『雑貨』という二文字だけだった。


「……ここ、空き店舗じゃないのか?」


 案内役の商人が答えた。


「ええ。以前は小さな雑貨店でしたが、半年ほど前に閉店したと聞いています」


「それなのに、なぜ人が?」


「さあ……」


 そのとき、建物の奥から老人が出てきた。


「お待たせしました。今日は、こちらの商品をお持ちしました」


 老人が掲げたのは、小さな木箱だった。


 箱の中には、針、糸、留め具、簡単な工具など、日用品が入っている。


「それを待っていたんだ!」


「昨日、売り切れてしまってね」


「これがないと、仕事にならないんだよ」


 人々は、次々と商品を受け取っていった。


 俺は、思わず目を見張った。


 この店は、閉店したはずだ。


 なのに、客が集まっている。


 老人は、どうやら近隣の職人たちから注文を受け、必要な商品を届けているらしい。


 店がなくなっても、客の需要はなくなっていない。


 ただ、商品を買える場所がなくなっただけなのだ。


「……なるほど」


 俺は、つぶやいた。


「何が、なるほどなんだ?」


 ユリウスが尋ねた。


「店を出す場所は、人通りだけで決める必要はないってことだ」


 俺は、古い建物を見つめた。


「この辺りには、職人が多い。必要な商品があるのに、近くで買えない人たちがいる」


「それで?」


「もし、ここに店を出せたら、役に立てるかもしれない」


 俺は、建物の入口へ向かった。


「すみません。こちらの建物について、詳しく伺いたいのですが」


 老人は、俺の顔を見た。


「建物を借りたいのかね?」


「はい。まだ検討中ですが」


「それなら、大家を紹介しよう。だが、一つだけ忠告しておく」


 老人は、真剣な顔をした。


「この場所は、儲かる場所ではないよ」


「……どういう意味ですか?」


「大通りから外れている。貴族も来ない。高級品も売れない。普通の商人なら、もっといい場所を選ぶだろう」


「そうでしょうね」


「それでも、借りるつもりかい?」


 俺は、もう一度、広場を見た。


 針を買った職人が、うれしそうに商品を抱えて帰っていく。


 必要なものが手に入った。


 それだけで、仕事が進められる。


 俺は、その光景を見て、自然と笑っていた。


「はい。少し、話を聞かせてください」


     ◇


 その日の午後。


 俺は、古い建物の大家と交渉した。


 建物は築年数が古く、修繕も必要だった。


 そのため、家賃は大通り沿いの物件より、かなり安い。


 ただし、改装費は自己負担。


 さらに、最初の半年間は、売上が少なくても家賃を支払わなければならない。


 決して楽な条件ではない。


 それでも、俺は契約書に目を通した。


「……ここにします」


 ユリウスが、驚いた顔をした。


「本気か?」


「うん」


「昨日まで、王都の物件は高すぎると言っていたじゃないか」


「高いのは、今も変わらないよ」


「なら、なぜ?」


 俺は、窓の外を指さした。


「ここなら、必要なものが近くで買えない人たちに、商品を届けられる」


「それだけか?」


「それだけだ」


 俺は、契約書に署名した。


 もちろん、不安はある。


 王都で商売をするのは初めてだ。


 知名度もない。


 仕入れ先も、まだ十分ではない。


 それでも、必要としている人がいるなら、やってみる価値はある。


「よし。決まりだ」


 俺は、手を叩いた。


「まずは、掃除から始めよう!」


     ◇


 開店準備は、想像以上に大変だった。


 床には埃が積もり、棚は古くなっている。


 壁の一部には、雨漏りの跡もあった。


 アリシアが剣を置き、雑巾を手に取った。


「……私は、剣士なのだが」


「今日は掃除担当です」


「そうか」


 彼女は、黙々と床を拭き始めた。


 ユリウスは、壊れた棚を修理している。


 ミロは、商品の箱を運んでいた。


 俺は、近隣の職人たちに話を聞きながら、何を仕入れるべきかを調べた。


 必要とされていたのは、派手な商品ではなかった。


 丈夫な針。


 切れにくい糸。


 安価な工具。


 靴の留め具。


 布を補修するための小さな部品。


 どれも、一つひとつの利益は小さい。


 だが、なくなると困るものばかりだった。


「……よし」


 俺は、仕入れ帳簿を閉じた。


 大商会のように、何でも大量に売る必要はない。


 まずは、この地域で必要とされる商品を、必要な量だけ用意する。


 それが、俺の店のやり方だ。


 そして、開店前日の夜。


 俺たちは、看板を取り付けた。


『レオン商店 王都支店』


 その下には、いつもの言葉。


『いらっしゃいませ』


「……いよいよだな」


 俺は、看板を見上げた。


 リュネの店を開いた日のことを思い出す。


 あの日も、不安だった。


 客が来るのか。


 商品は売れるのか。


 店を続けられるのか。


 何もわからなかった。


 今も、同じだ。


 ただ、一つだけ違う。


 今は、一人ではない。


「みんな、今日はありがとう。明日からも、よろしく頼む」


 俺が言うと、アリシアがうなずいた。


「任せておけ」


「ぼくも頑張ります!」


 ミロが元気よく手を挙げた。


 ユリウスは、少し照れくさそうに言った。


「……まあ、俺も手伝ってやる」


「ありがとう」


 俺は笑った。


「それじゃあ、明日に備えて休もう」


     ◇


 開店初日。


 朝、店の扉を開けた。


 通りには、まだ人影が少ない。


 俺は看板を確認し、商品を並べ直した。


 これで準備は整った。


「……開店します!」


 誰に向けたわけでもなく、声を上げた。


 最初の客が来たのは、それから三分後だった。


「すみません。針はありますか?」


「はい。こちらです」


「丈夫なものが欲しいんですが」


「でしたら、こちらがおすすめです。少し値段は上がりますが、長持ちします」


 客は針を手に取り、しばらく確かめた。


「……これを二つください」


「ありがとうございます」


 最初の売上。


 金額は小さい。


 それでも、うれしかった。


 続いて、別の客が入ってきた。


「靴の留め具はあるか?」


「ございます」


「糸も欲しい」


「こちらです」


 さらに、工具を買いに来た職人。


 布を補修するための部品を探す仕立て屋。


 仕事で使う小物をまとめて購入する工房の主人。


 客は、一人ずつ増えていった。


 昼前には、店内が人でいっぱいになった。


「すみません、糸はどこですか?」


「針が売り切れそうだぞ!」


「工具の追加はないのか?」


「順番にお願いします! 商品は十分ありますので、落ち着いてください!」


 俺は、汗を拭いながら対応した。


 まさか、こんなに客が来るとは思わなかった。


 しかも、誰も高級品を求めていない。


 必要な商品を、必要なときに、近くで買いたい。


 ただ、それだけだった。


「レオンさん、針が残り少ないです!」


 ミロが叫んだ。


「糸もです!」


「わかった! 倉庫の在庫を確認して!」


 アリシアは、商品の補充を手伝いながら、客の列を整理している。


 ユリウスは、なぜか店の外で案内係をしていた。


「押さないでくれ! 全員、順番に入れるから!」


 勇者が、雑貨店の行列を整理している。


 なんとも不思議な光景だった。


 午後になっても、客足は途切れなかった。


 そして、夕方。


 ようやく、店内が落ち着いた。


 俺は、椅子に座り込んだ。


「……終わった」


「終わっていないぞ、レオン」


 アリシアが、帳簿を差し出した。


「売上の確認が残っている」


「……そうでした」


 俺は、机に向かった。


 売上を集計する。


 仕入れ原価。


 販売価格。


 残った在庫。


 返品や交換の対応。


 すべてを記録し、確認した。


 結果は――。


「……すごい」


 思わず、声が漏れた。


 初日の売上としては、十分すぎる数字だった。


 もちろん、家賃や人件費、仕入れ代金を差し引けば、利益はそれほど大きくない。


 それでも、この店に需要があることは、はっきりした。


「よかったですね、レオンさん!」


 ミロが笑った。


「ああ。本当によかった」


 俺は、窓の外を見た。


 夕暮れの広場では、まだ何人かの職人が話をしていた。


「明日も開いているかな」


「今日、買えなかったものがあるんだ」


「近くにこういう店ができると、助かるな」


 その声を聞いて、胸が温かくなった。


 店を開いてよかった。


 そう思えた。


     ◇


 その夜。


 ベルク商会の王都本店。


 豪華な執務室で、商会長ドランは報告書を読んでいた。


「……レオン商店?」


 彼は、眉をひそめた。


「辺境の町にあった、あの小さな店か?」


「はい。王都の職人街に支店を開いたとのことです」


 部下が答えた。


「初日の売上は、予想を大きく上回っています。特に、針や糸、工具の小部品など、低価格の日用品がよく売れたようです」


「そんなものが、なぜ売れる?」


「周辺に、同種の商品を専門に扱う店が少なかったためかと」


 ドランは、報告書を机に置いた。


「……偶然だろう」


「しかし、近隣の職人たちから、追加注文が相次いでいるそうです」


「偶然だと言っている」


 ドランは、窓の外を見た。


 王都の商売は、単純ではない。


 大きな商会ほど、扱う商品の種類も、取引先も多い。


 だからこそ、細かな需要をすべて拾いきれないこともある。


 だが、辺境の小商人が、その隙間に入り込む。


 しかも、魔王軍や王国との問題を抱えながら。


 それは、気に入らなかった。


「……監視を続けろ」


「かしこまりました」


「どこから商品を仕入れているのか。誰と取引しているのか。何を売っているのか。すべて調べろ」


 部下は一礼した。


 ドランは、最後に付け加えた。


「それから、近隣の商店にも話をしておけ。あの店に、好き勝手をさせるな」


「承知しました」


 部下が出ていったあと、ドランは一人、机の上の報告書を見つめた。


 そこには、初日の売上と、商品の販売数量が記録されていた。


 利益率は低い。


 扱う商品も、ありふれている。


 大商会が本気で競争するような相手ではない。


 それなのに。


 なぜか、嫌な予感がした。


     ◇


 翌朝。


 俺は、店の扉を開けようとしていた。


 そのとき、店の前に、見慣れない男が立っていた。


 高級な服。


 整えられた髪。


 そして、胸元に輝く麦穂と天秤の紋章。


「おはようございます、レオン店主」


 男は、丁寧に頭を下げた。


「私は、ベルク商会王都本店の支配人、マルセルと申します」


「……ベルク商会?」


「はい。商会長ドランより、あなたにご挨拶を申し上げるよう、仰せつかっております」


 男は、笑顔を浮かべた。


「本日は、あなたの店について、ぜひお話を伺いたいと思いまして」


 俺は、扉の取っ手から手を離した。


 どうやら、王都での商売は、思った以上に忙しくなりそうだった。


 しかも、客だけではない。


 大商会まで、うちの店に興味を持ち始めたらしい。


「……それは、わざわざありがとうございます」


 俺は、店の扉を開けた。


「どうぞ。お話を伺います」


 男は、満足そうに店内へ足を踏み入れた。


 その瞬間、壁に貼られた規則に目を留めた。


『店内での威圧・脅迫行為は禁止』


 男の笑顔が、ほんのわずかに固まった。


 俺は、それを見逃さなかった。


「当店では、お客様を歓迎しています」


 俺は、いつもの調子で言った。


「ただし、商談も通常どおりです。お互い、納得できる条件で話をしましょう」


 男は、規則から目を離した。


「……もちろんです」


 こうして、王都での二日目が始まった。


 俺は、まだ知らなかった。


 この小さな店が、やがて王都の商業そのものを揺るがすことになるとは。


 そして、俺自身が、今まで以上に大きな選択を迫られることになるとは。


 ただ一つ、確かなことがある。


 今日も、店を開ける。


 それだけは、変わらない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。