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第11話 勇者様、今度はアルバイトですか?

「勇者様。今日からあなたの時給は銅貨十二枚です」


「……待て」


「不満ですか?」


「そうではない」


 王国最強の勇者、ユリウス。


 魔王討伐の使命を背負い、聖剣を授かった男。


 その彼が、今、俺の店の前で麻袋を抱えていた。


「なぜ俺が、雑貨屋の店員になっている?」


「昨日、自分から手伝うと言いましたよね」


「言った。だが、商業組合との交渉を手伝うという意味だったはずだ」


「交渉の前に、やることがあるんです」


「それが、荷運びか?」


「はい」


 俺は満面の笑みで頷いた。


「それも、王都で一番目立つ場所でお願いします」


 ユリウスは眉間に皺を寄せた。


「……レオン。お前、何を企んでいる?」


「人聞きの悪い」


 俺は麻袋の口を結び直した。


「ただ、勇者様に商売を教えようと思いまして」


「商売?」


「ええ。剣を抜かずに人を救う方法を、です」


     *


 昨日届いた商業組合の書状。


 そこには、俺の店に対する臨時審査と、保存食・薬品・金属製品の新規仕入れ停止が記されていた。


 だが、よく読むと妙な点があった。


 発行者は、王都商業組合の審査部。


 国王でも、王国商務局でもない。


 しかも、停止命令の法的根拠が書かれていない。


「つまり、無視できるということですか?」


 朝食の席で、アリシアが尋ねた。


「いや。そこまで簡単じゃない」


 俺は書状をテーブルに置いた。


「組合の内部規則に基づく取引停止勧告なら、組合員の問屋は従う可能性が高い。法的な強制力がなくても、実際に仕入れが止まれば店は困る」


「ずるいですわね」


 セレスティアが紅茶のカップを置いた。


 昨夜、彼女は本当に店の仕事を手伝いたいと言い出した。


 公爵家の令嬢が雑貨屋で働くなど、普通なら冗談だ。


 だが、本人は本気らしい。


「商業組合は、王国の法の上にあるわけではありません。それなのに、まるで行政命令のような書き方ですわ」


「詳しいですね」


「父が、王国の財務と商業に関わる仕事をしておりますから」


 なるほど。


 頼もしい。


 ただし、公爵家の権力で一気に解決してもらうつもりはない。


 そんなことをすれば、俺の店は今度こそ公爵家の庇護なしには商売できなくなる。


「セレスティアさん」


「セレスティア、とお呼びください」


「……セレスティア」


「はいっ」


 なぜそんなに嬉しそうなんだ。


「商業組合の規則を調べたいんですが、一般の商人でも閲覧できますか?」


「できますわ。登録商人には閲覧権があります。ただ、閲覧できる場所と時間が限られています」


「十分です」


 俺は頷いた。


「じゃあ、今日は役割分担をしましょう」


 紙を取り出し、全員の名前を書き込む。


 アリシアは仕入れ先の安全確認。


 セレスティアは組合規則の調査。


 ミロは在庫と注文の記録。


 リリアーナは――。


「わたくしは、レオン様のお隣です!」


「却下」


「どうしてですか!」


「まず、君は王都への正式な入城許可を取ろう」


「お父様の使節として来ています!」


「だったら、その証明書を確認しよう」


「むう……」


 リリアーナは頬を膨らませた。


 魔王の娘といっても、こうしていると普通の少女に見える。


 もっとも、彼女の背後に控えている巨大な黒竜を見ると、その感想はすぐに吹き飛ぶのだが。


「それと、リリアーナ」


「はい!」


「婚約の話は、いったんなしです」


「なぜですか!?」


「昨日会ったばかりだからです!」


「では、今日で二日目です!」


「日数の問題じゃない!」


 セレスティアが楽しそうに笑う。


 アリシアは無言でパンを切っている。


 なぜか、その切り口が異様に綺麗だった。


「それで、俺は?」


 ユリウスが尋ねた。


「君には、一番重要な仕事を頼みたい」


「……ほう」


 勇者の目が鋭くなる。


「危険な任務か?」


「ある意味では」


「相手は誰だ?」


「王都の人々」


「……?」


「勇者様。今日からアルバイトです」


     *


 王都中央広場。


 普段なら商人の呼び声と馬車の音で賑わう場所だが、今日は少し空気が違っていた。


 保存食を扱う露店には、朝から長蛇の列。


 薬品を売る店の前では、値上がりに怒る客が声を荒らげている。


 俺たちの店だけが困っているわけではない。


 それが、はっきりと分かった。


「では、始めましょう」


 俺はユリウスに、手書きの看板を渡した。


『保存食・薬品・金属製品の不足状況を調査しています』


『お困りの方は、状況をお聞かせください』


 ユリウスは看板を見つめた。


「……これを持つのか?」


「はい」


「俺が?」


「はい」


「聖剣を授かった勇者である、この俺が?」


「その肩書きが役に立ちます」


 ユリウスは不服そうだった。


 だが、渋々看板を持った。


 すると。


「あれ……?」


 通りがかった女性が足を止めた。


「あの人、もしかして……」


「勇者様じゃないか?」


「本物?」


 ざわめきが広がる。


 数分後。


「勇者様! 息子が病気なんです!」


「薬屋で包帯が買えなくて!」


「うちの工房も材料が届かないんです!」


 人々が、次々と集まってきた。


 ユリウスは、完全に固まっていた。


「レ、レオン……」


「はい」


「どうすればいい?」


「まず、話を聞いてください」


「聞くだけでいいのか?」


「はい。名前、困っている商品、いつから買えなくなったか。それだけでいいです」


 ユリウスは、一人の老婆に向き直った。


「……何に困っている?」


 老婆は、震える手を差し出した。


「孫の傷に使う薬がなくてね。昨日、三軒回ったんだけど、どこも売り切れで……」


 ユリウスの表情が変わった。


「傷は、ひどいのか?」


「深くはないよ。でも、赤く腫れてきてねえ」


「……分かった」


 彼は、腰の剣に手を伸ばしかけた。


 そして、止めた。


 剣では、薬は作れない。


 魔物を斬っても、孫の傷は治らない。


 ユリウスはゆっくりと膝をつき、老婆と目線を合わせた。


「話してくれて、ありがとう。傷が腫れているなら、今日中に治療院で診てもらってほしい。俺も、受け入れてくれる場所を探す」


 老婆は、目に涙を浮かべた。


「ありがとう、勇者様……」


 ユリウスは、何も言わなかった。


 ただ、強く頷いた。


 俺はその横顔を見て、少しだけ笑った。


 そうだ。


 それでいい。


 勇者は、魔王を倒すためだけにいるんじゃない。


 誰かが困っているとき、手を差し伸べられる人間であってほしい。


 それが、俺の思う勇者だった。


     *


 昼過ぎ。


 調査票は、百枚を超えていた。


 そして、奇妙な共通点が見えてきた。


「レオン」


 ユリウスが、紙の束を差し出した。


「見てくれ」


 俺は目を通した。


 薬品の不足。


 金属製品の不足。


 保存食の不足。


 いずれも、ここ数日で急に起きている。


 だが、それ以上に気になることがあった。


「……ベルク商会系列の店では、在庫がある?」


「ああ。ただし、値段が上がっている」


「どれくらい?」


「二倍から三倍だ」


 俺は、別の調査票を見た。


 小さな薬屋では、仕入れを断られている。


 だが、ベルク商会の直営店には商品がある。


 職人街の工房では、鉄材が買えない。


 だが、ベルク商会の倉庫には、大量の鉄材が運び込まれている。


 市場全体で商品が消えたわけではない。


 商品が、一部の流通網に集中している。


「……なるほど」


 俺は、調査票を揃えた。


「少なくとも、どこを調べるべきかは分かった」


「ベルク商会か?」


「うん。でも、まだ違法だとは言えない」


「なぜだ?」


「商品を大量に買って、高く売ること自体は、必ずしも違法じゃないから」


 ユリウスは、納得できない顔をした。


「だが、人々が困っている」


「そうだね」


「ならば、止めるべきだろう」


「止めるためには、理由と手段が必要なんだ」


 俺は、彼の肩を叩いた。


「君の剣が強いのは知ってる。でも、相手が商人なら、剣以外の方法で勝とう」


 ユリウスは、しばらく黙っていた。


 そして、小さく笑った。


「……お前といると、勇者というものが何なのか、分からなくなるな」


「悪い意味で?」


「いや」


 彼は、広場に集まった人々を見た。


「少し、いい意味でだ」


     *


 夕方。


 俺たちが店に戻ると、セレスティアが待っていた。


 その表情は、朝とはまるで違っていた。


「レオン様。大変なことが分かりました」


「何ですか?」


「商業組合の臨時審査についてです」


 彼女は、一冊の規則集を机に置いた。


「組合は、商品の品質や取引記録に重大な疑義がある場合、加盟商人に対して一時的な取引停止を勧告できます」


「つまり、今回の書状には根拠がある?」


「形式上は、あります」


 セレスティアは頷いた。


「ですが、問題はその次です」


 彼女は、規則集の一節を指差した。


『臨時審査の開始には、独立した三名以上の審査委員による承認を要する』


「今回の審査委員は?」


「二名しか、記載されていません」


 俺は書状を確認した。


 確かに、署名は二つ。


「……三人目は?」


「不明です」


「単なる記載漏れかもしれないですね」


「ええ。ですから、明日、正式な記録を確認する必要があります」


 セレスティアは、そこで言葉を切った。


「ただ、もうひとつ」


「何でしょう」


「この二名のうち、一人はベルク商会の顧問を兼ねています」


 部屋が静まり返った。


 ユリウスが拳を握る。


「……やはり、あいつらか」


「落ち着いて」


 俺は彼を制した。


「利益相反の可能性はある。でも、それだけで不正が確定するわけじゃない」


「レオン様」


 セレスティアが、俺を見た。


「あなたは、本当に慎重なのですね」


「慎重というか……」


 俺は苦笑した。


「負けたくないだけです」


 彼女が目を瞬かせる。


「大商会を相手に、感情だけで突っ込んだら、簡単に潰されます。だから、相手が何をしているのか、きちんと確かめたいんです」


「……なるほど」


 セレスティアは、ゆっくりと微笑んだ。


「でしたら、わたくしも、最後までお付き合いします」


「公爵家に迷惑がかかるかもしれませんよ」


「それでも構いません」


 彼女は、一歩近づいた。


「わたくし、あなたが負けるところを見たくありませんもの」


 近い。


 また、近い。


 なぜ、この人たちは距離感がおかしいのだろう。


 そのとき。


「……セレスティア様」


 アリシアが、静かに割って入った。


「店長は、まだ仕事中です」


「あら。そうでしたわね」


 セレスティアは、楽しそうに笑った。


「では、お仕事が終わったら、お話ししてもよろしいかしら?」


「……それは、店長が決めることです」


「もちろんですわ」


 笑顔と笑顔。


 なのに、空気が妙に冷たい。


 俺は、そっと後ずさった。


 すると、今度は背後から声がした。


「レオン様!」


 リリアーナだった。


「お父様から、返事が届きました!」


「早いな」


「はい! それと、わたくしからもお願いが!」


「……何?」


「今夜、一緒にお食事しませんか?」


 アリシアとセレスティアが、同時にこちらを見た。


「……店長?」


「……レオン様?」


 俺は、天井を見上げた。


 誰か。


 本当に、誰か助けてくれ。


     *


 その夜。


 俺たちは、店の奥で簡単な夕食を取っていた。


 アリシアが作ったシチュー。


 セレスティアが持ってきた焼き菓子。


 リリアーナが魔王城から持参した、見た目の怪しい果実。


 そして、なぜかユリウスまで同席している。


「……うまいな」


 ユリウスがシチューを食べながら呟いた。


「アリシア。料理が上達したんじゃないか?」


「……ありがとうございます」


 アリシアは、少し照れたように笑った。


 その笑顔を見て、俺は思った。


 最初に店へ来た頃の彼女は、いつもどこか寂しそうだった。


 自分の居場所を探しているような、そんな顔をしていた。


 だが今は、こうして普通に笑っている。


 それだけで、俺は少し嬉しかった。


「レオン」


 アリシアが、俺を見た。


「……何ですか?」


「いや。何でもない」


「そうですか」


 彼女は、少しだけ首をかしげた。


 その仕草が、妙に可愛らしく見えた。


 ……いかん。


 最近、俺の周りはどうなっているんだ。


 そんなことを考えていると。


「レオン様」


 セレスティアが、真剣な顔で口を開いた。


「明日の商業組合との交渉ですが、ひとつ提案があります」


「何でしょう」


「わたくしの父に、正式な調査を依頼することができます」


「……公爵様に?」


「はい。ただし、条件があります」


「条件?」


 セレスティアは、少しだけ頬を赤らめた。


「今度、わたくしと二人で、お食事をしていただけませんか?」


 俺は、スプーンを落としかけた。


「……え?」


「お礼ですわ。わたくしが、あなたをお招きしたいのです」


 アリシアの手が止まった。


 リリアーナが、椅子から立ち上がった。


「ずるいです!」


「何がですの?」


「わたくしも、レオン様と二人でお食事したいです!」


「では、順番を決めますか?」


「望むところです!」


 俺は、ユリウスを見た。


 助けを求める視線だった。


 だが、ユリウスは静かにシチューを食べていた。


「……おい、ユリウス」


「何だ」


「助けてくれ」


「無理だ」


「即答!?」


「俺は魔王と戦う覚悟はあるが、今のお前の状況に割って入る覚悟はない」


「勇者だろ、お前!」


 ユリウスは、真顔で言った。


「勇者にも、できないことはある」


 ……この役立たず!


 だが。


 そんな騒がしい食卓を、俺は嫌いではなかった。


 むしろ、少しだけ幸せだと思っていた。


 誰かと食事をする。


 くだらないことで言い争う。


 笑い合う。


 前世では、いつの間にか失っていた時間だ。


 この世界に来て、俺はようやく、そういうものを取り戻し始めているのかもしれない。


 だからこそ。


 守りたい。


 この店も。


 この時間も。


 ここにいる人たちも。


 俺は、心の中でそう決めた。


     *


 翌朝。


 俺たちは、王都商業組合の本部へ向かった。


 大理石の柱が並ぶ、立派な建物。


 入口には、商人たちが列を作っている。


 その奥に、見覚えのある男が立っていた。


 ベルク商会王都支店長、マルセル。


「おや。レオン様」


 彼は、いつもの柔らかな笑みを浮かべた。


「お待ちしておりました」


「……そうですか」


「ええ。お話ししたいことが、たくさんありますから」


 マルセルは、俺たちを会議室へ案内した。


 長いテーブル。


 革張りの椅子。


 壁には、王都商業組合の紋章。


 そして、テーブルの中央には、一冊の分厚い契約書が置かれていた。


「こちらをご覧ください」


 マルセルは、契約書を俺の前に差し出した。


「貴店の仕入れ停止を解除するための、特別な提案です」


 俺は、ページをめくった。


 最初の数項目は、昨日の提携案に似ていた。


 優先供給。


 価格優遇。


 物流支援。


 だが、途中から内容が変わった。


 店の経営情報の共有。


 主要商品の販売価格に対する協議義務。


 新規取引先の事前承認。


 そして――。


「……何ですか、これ」


 俺の声が、低くなった。


 マルセルは、笑顔のまま答えた。


「何か問題でも?」


 俺は、ある条項を指差した。


『契約期間中、乙は、甲の書面による承認なく、店舗の運営権、商号、特殊な営業上の権能を第三者に譲渡し、またはその利用条件を変更してはならない』


 特殊な営業上の権能。


 その言葉を見た瞬間、背筋が冷たくなった。


 なぜ。


 なぜ、ベルク商会がそんな言葉を使う?


 俺の店の規則が、普通ではないことを知っているのか?


「……マルセルさん」


「はい」


「この『特殊な営業上の権能』とは、何のことですか?」


 マルセルは、少しだけ笑みを深くした。


「さて。何でしょうね」


 その瞬間。


 セレスティアが、契約書を覗き込んだ。


 そして。


 彼女の表情が、凍りついた。


「……レオン様」


「はい?」


「この契約書には、署名してはいけません」


 声が震えていた。


 怒りで。


「どうして?」


 セレスティアは、契約書の末尾を指差した。


「この条項は、ただの商業契約ではありません」


 彼女は、ゆっくりと顔を上げた。


「これは、王国の古い特許商会制度に基づく、営業権の拘束条項です」


「……営業権?」


「はい。もし署名すれば、あなたのお店は、実質的にベルク商会の管理下に置かれます」


 部屋が静まり返った。


 マルセルは、何も言わない。


 ただ、笑っていた。


 セレスティアは、契約書を握りしめた。


「しかも……」


「しかも?」


 彼女は、怒りをこらえるように言った。


「この契約書には、通常の商人では閲覧できないはずの、王国の古い特許商会制度に関する条文が引用されています」


 俺は、息をのんだ。


「それは、どういう意味ですか?」


 セレスティアは、マルセルを睨みつけた。


「……誰かが、王国の内部資料を持ち出した可能性があります」


 マルセルは、初めて笑みを消した。


 そして、静かに言った。


「ルミエール公爵令嬢」


「何でしょう」


「それ以上の発言は、お控えいただいた方がよろしいかと」


 セレスティアは、一歩も引かなかった。


「脅しですの?」


「忠告です」


「でしたら、こちらからも忠告いたします」


 彼女は、俺の隣に立った。


「この件は、父に報告させていただきます」


 マルセルの目が、わずかに細くなった。


「……公爵閣下に?」


「ええ」


 セレスティアは、冷たく微笑んだ。


「ルミエール公爵家を、甘く見ないでくださいませ」


 その瞬間。


 俺は、初めて理解した。


 この女性は、ただの美しい令嬢ではない。


 王国の中枢に近い場所で育ち、権力の使い方を知っている。


 そして今、その力を俺のために使おうとしている。


 ……これは、想像以上に大きな話になってきた。


 だが。


 本当に恐ろしいことが起きたのは、その直後だった。


 俺の視界に、見慣れた文字が浮かび上がった。


【警告】


【店舗権能への外部干渉を検知】


【対象:王都商業組合・特別契約書】


【権能の移転条件が探索されています】


 俺は、息を止めた。


 ……何だ、これ。


 こんな表示は、今まで一度も見たことがない。


 さらに、文字が続いた。


【注意】


【店舗規則の効力は、店舗境界内に限定されます】


【ただし、営業権の法的帰属が変更された場合、店舗権能の保持者が変更される可能性があります】


 俺は、ゆっくりと契約書を見下ろした。


 ベルク商会は、ただ俺の店を潰そうとしているわけではない。


 俺の店の力そのものを、奪おうとしている。


 マルセルが、静かに口を開いた。


「レオン様」


「……何でしょう」


「最後に、ひとつだけ申し上げます」


 彼は、契約書を指で叩いた。


「あなたは、自分の店がどれほど特別なものなのか、まだ理解していない」


 俺は、彼を見つめた。


「……どういう意味ですか」


 マルセルは、微笑んだ。


「その力は、本来、あなたのような小さな商人が持つべきものではないのですよ」


 その言葉に、俺の背筋が凍った。


 なぜ。


 なぜ、こいつが。


 俺の店の秘密を知っている?


 そして、マルセルは続けた。


「ようやく、見つけました」


 まるで、長い間探していた宝物を見つけた子どものように。


「世界の規則を書き換える店を」

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