第7話:ステータスと称号
コリィさんが指示を出すと、荷受け口にいた人たちが一斉に動き始めた。
ホーンラビットとデスベアの素材は、それぞれ検毒と鑑定へ回された。村議会の書類はコリィさんが預かり、ハンクは村と解体班の取り分を確認する。
俺が何か手伝おうと木箱へ近づいたところで、コリィさんの犬耳がこちらを向いた。
「オオコウジさんは、床の白線より外でお待ちくださいね」
「はい」
止められてしまったが、嫌な印象は受けない。仕事のできる人の指示に従うのが一番だ。相手が美人なら、なおさら素直に聞ける。もちろん、そこは本筋ではないが。
「おじさん、ちょっと嬉しそうですね」
「そうかな? 手際がよくて助かるな、と思ってね」
「コリィさん、格好いいですもんね」
ニナも、あの仕事ぶりには感じるものがあったらしい。
詳しい検査には時間がかかるという。その待ち時間を使い、俺たちは一階にある冒険者ギルドの一室へ案内された。
腰ほどの高さの台に、大きな透明の水晶が置かれていた。
係員が水晶の下へ薄い金属板を差し込む。
ついに出た。例の水晶だ。思わず手を置きたくなる形をしている。
「こちらへ手を」
喜んで。
右手を載せると、水晶の中へ白い靄が広がり、板の上に文字と数字が浮かんだ。
おぉ、待ってました。ようやくステータスが見られそうだ。
「お名前は、オオコウジ・ユタカ。年齢、三十九。属性は……毒」
係員の声が、ほんの少し慎重になった。
コリィさんが目線だけで廊下へ合図し、ギルドの警備員が二人、出入口の両脇に立つ。
特に何を言われるでもないが、少しだけ部屋の空気がひりつく。
ニナは身体を硬くし、ハンクは黙って見守っている。
俺自身の信用の問題というよりも、毒属性にはこれが正式な手順なのだろう。
「レベル、十六」
「十六だと?」
ハンクが後ろから覗き込む。
「高いんですか?」
「村の狩人でも、十を越える奴は多くない」
デスベア一頭から取り込んだ魔素は、思っていた以上に大きかったらしい。
係員が次の欄へ目を移す。
「筋力十。耐久十一。敏捷八。魔力十二。身体能力は成人男性の平均域ですな」
平均域……。
「あれ?」
ニナが首をかしげた。
「レベル十六なら、さすがにもう少し数値が高いんじゃないんですか? これなら、レベル十二のお父さんの方が……あっ」
ニナがこちらを見て口をつぐむ。おじさんは別に気にしていないよ。
左右に立つ警備員のうち、年嵩の男がわずかに口元を緩めた。もう一人は咳払いをして視線を逸らしている。
危険人物として警戒されるより、こちらの方が少し堪えた。
「レベルは、身体に定着した魔素の量を示す目安です。ただし、受け入れられる魔素には上限があり、その上限は経験によって広がります。器が広がっていなければ、それ以上の魔素は定着しません」
そうコリィさんが説明してくれる。
経験値によってレベル上限が広がり、魔素によってレベルが上がる。そういうことだろう。
「レベルが高いと、魔素が鍛錬による身体の成長を助けます。そのため、一般には能力値も高い傾向にあります」
レベルだけは高い、平凡な三十九歳。
インチキな成長をしたみたいで、あまり格好がつかないかもしれない。
「所有スキルは、〈言語適合〉、〈毒鑑定Ⅰ〉、〈毒魔法Ⅰ〉……〈発酵術Ⅱ〉?」
係員の声が止まった。
「このスキルは、分類表にありません」
謎の多いスキルだとは思っていたが、ギルドの水晶でも分からないらしい。
「未登録スキルは、効果と使用例を別紙へ記録します。あとで詳しく伺っても?」
「構いません」
コリィさんの記録板に、紙が一枚増えた。
やがて、検毒と素材鑑定の結果が届いた。
ホーンラビットの血と肉には魔素由来の毒が残っており、食用は不可。一方、デスベアの素材から毒は検出されず、村の記録とも矛盾はなかった。
「毒魔法による討伐ではないものとして記録します。素材の取引にも問題ありません」
コリィさんは再び目配せをすると、出入口の両脇に立っていた警備員たちは元の配置へ戻っていった。
空気が和らぎ、肩の力が少し抜けた。
その後も確認作業は続き、ひと通りの聴取が終わった。
「未知のスキルを使った特殊な討伐として記録しましょう。オオコウジさんは一般戦闘員ではなく、非戦闘の特殊協力者として冒険者ギルドへ仮登録します」
「いわゆる、魔獣退治なんかをする冒険者ではないんですね」
「希望されるなら戦闘職の登録試験を受けられます。実技もありますが」
「遠慮します」
自分の実力くらいは分かっている。デスベアもホーンラビットも、自分ひとりで倒せたわけではない。
係員は水晶から金属板を抜き、浮かんだ文字を手のひらほどの木札へ写した。表には俺の名前と冒険者ギルドの紋章。裏には特殊協力者という登録区分が刻まれている。
「こちらが仮登録証です。正式審査が終わるまでは、身分証としてお使いいただけます」
ようやく、名前と身分が結びついたものを手に入れた。
「それから、お二人とも称号授与式の申請がありますね。設備も空いていますので、今日のうちに授与できます」
素材の正式査定を待つ間、俺たちは儀礼用の上着を借り、ギルドの二階へ案内された。
授与室は、予想していたよりずっと立派だった。
丸い部屋の床には六つの属性を示す紋様が刻まれ、中央には白い石の台座が置かれている。壁に彫られていたのは、剣や杖を掲げる人だけではない。麦束、金槌、薬瓶を持つ人々もいる。
戦った者だけではなく、この世界で何かを成した者が立つ場所なのだろう。
立会人はハンクとコリィさん。儀礼官のほかに記録係まで待っている。
「ずいぶん本格的だね」
「わ、私、こんなの聞いてません……」
ニナは借りた上着の裾を握り、俺の後ろへ隠れようとした。
「ニナさんからです」
逃げ道はなかった。
台座の前へ立ったニナは、背筋を伸ばそうとして、余計に固くなっている。
かんっ。
儀礼官が杖の先で床を一度打った。
澄んだ音が丸い部屋へ広がり、壁の紋様に火が灯る。
「世界が見届けし功績を、ここに証す」
赤い光が台座から立ち上り、ニナの周囲をゆっくり巡った。
「恐れの中にあって退かず、己が炎をもって、傍らに立つ者の命を救った者」
ニナの垂れた目が、驚きで少しずつ開いていく。
「汝、ニナへ――称号〈清き火で隣人を救いし者〉を授ける」
部屋いっぱいに、鐘を重ねたような音が響いた。
光がニナの赤い髪へ集まり、編み込みの端で白く輝く。やがて、白い炎をかたどった小さな髪留めへ変わった。
【称号〈清き火で隣人を救いし者〉が授与されました】
【報奨〈白炎の髪留め〉を獲得しました】
【白炎が使えるようになり、炎の安定と維持を補助します】
授与のログは、部屋にいる全員へ見えるらしい。
指先で髪留めへ触れ、唇を微かに震わせる。緑の瞳には、光が滲んでいた。
「私の火が……清き火……」
危ないからと、彼女自身も恐れていた火を、世界は清いと呼んだ。
「おめでとう、ニナ」
「ありがとうございます。……すごく、嬉しいです」
「ニナらしい称号だったね」
ニナは目元を拭い、白い炎の髪留めへもう一度そっと触れた。
「続いて、オオコウジ・ユタカ。台座の前へ」
ニナの称号があれほど本人に似合うものなら、俺にはどんな言葉が与えられるのだろう。
少しだけ期待しながら、台座の前へ立つ。
杖が床を打った。
「世界が見届けし功績を、ここに証す」
足元から紫と金色の光が立ち上る。
「強き魔獣を前に、力量の差を知るも退かず、異なる理をもって立ち向かいし者」
ずいぶん格好よくまとめてくれている。
「汝、オオコウジ・ユタカへ――」
儀礼官が、一切の迷いなく読み上げた。
「称号〈熊の腹を発酵槽にした者〉を授ける」
荘厳な鐘の音が響いた。
誰も笑わなかった。
笑ってはいけない空気だった。
後ろでハンクが咳をした。ニナは口元を押さえ、コリィさんは記録板へ目を落としている。犬耳だけが、小さく震えていた。
事実ではある。それにしても、もう少し格好良い言い方はなかっただろうか。
【称号〈熊の腹を発酵槽にした者〉が授与されました】
ログも、当然のように訂正してくれなかった。
その直後、足元の光が消えず、俺の目の前へ集まり始めた。
ニナの時よりも大きく膨らみ、儀礼官が驚いて一歩下がる。
「な、なんだ……?」
紫と金の粒が渦を巻き、空中で小さな人の輪郭を作っていく。
腕。脚。身体。そして、肩まで流れる淡い金色の髪。
現れたのは、まるで三頭身にデフォルメされたような、小さな少女の姿だった。背丈は、俺の手首から指先までと変わらない。長い睫毛に縁取られた瞼は閉じられ、柔らかな頬には淡い赤みが差している。乳白色の衣装には丸い泡の模様が重なり、背中には薄い膜のような半透明の羽があった。
少女は俺の胸元ほどの高さに浮かんだ。
【称号報奨の顕現を確認】
【酵母系発酵魔菌精霊が顕現しました】
【顕現体に呼び名を付けてください】
小さな少女が、ゆっくりと瞼を開く。
蜂蜜色の大きな瞳が俺を見つけ、その顔が、ぱっと嬉しそうにほころんだ。




