↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

35/39

第35話:裁判と精霊

 ウェルズに籍を置くことに決めた日の夜を、まさか留置場で過ごすことになるとは思わなかった。


 翌日、俺とチャックは魔封じの魔石が埋め込まれた首輪をはめられ、中央区にある領主府の司法館へ連行された。


 石造りの行政庁舎の中にある、大きな会議室ほどの審理室へ通された。左右と入口には衛兵が立っている。


 正面の一段高い席には司法官、その手前には検察官と書記官。俺たちの反対側には弁護人が立っている。


 そして傍聴席には、見覚えのある顔があった。


 ワルター・トレイデン伯爵が、隠す素振りなくにやついている。


 ……なるほどね。


 公開審理――要するに、裁判が始まった。


 白髪と長いあごひげを蓄えた司法官が、俺たちの名を告げる。


「ごほん。これより公開審理をはじめる。被告人、オオコウジ・ユタカ、並びにチャック。名前に間違いはないですな」


「はい」


「ヒヒ、間違いございません」


 司法官は深く頷いた。


 今度は検察官が記録板を片手に立ち上がり、内容を読み上げ始めた。


「嫌疑は……ウェルズ川とウェルズ地下水道の魔障汚染。それに伴う浄化作業の自作自演である」


「ふぅむ。では、証人を前へ」


 告発人側の席から、やせ細った男が立ち上がり、中央の証言台へ進み出た。


「証人は、水管理組合付近で荷運びをしているウーサンだ」


「へへへ、どうも。俺ぁ何度も見たぜ。あいつらが怪しい小瓶をこそこそやり取りしてるのをよう。ありゃあ間違いない、魔障の種だなぁ」


「余計な推察は控えるように。事実だけを述べなさい」


「へぇへぇ。でもおかしいだろう? なんで被害を受けた水管理組合のじいさんが、都合よく毒属性の奴と仲良く――」


 かぁん! と、小槌の音が審理室に響き渡った。


「ごほん。もうよい。下がりなさい」


「へぇ~い」


 やせ細った男は、こちらに視線を向けることもなく、薄ら笑いを浮かべながら告発人席に戻っていった。


「ふぅむ。弁護人」


「はい」


 領主府から選任された弁護人が記録板を片手に立ち上がる。


「証人が見たのは、被告二名が小瓶を受け渡していたところだけですね?」


「いや、でも何度も何度もよぅ――」


 かぁん!


「静粛に。聞かれたことだけ答えなさい」


「……まあ、その通りだなぁ」


「その中身が瘴気結晶の発生、あるいは魔障水化の原因であるところを見ましたか?」


「いや、見てねぇが――」


「被告オオコウジ・ユタカが、その瓶を使って水を汚染するところを確認しましたか?」


「だから、見てねぇって」


 司法官が長いひげをひと撫でした。


「ふぅむ。では、この証言から確認できるのは、両名に取引関係があったという一点のみですな」


 ふぅ、悪くない流れだろう。司法官は理性的だし、弁護人さんはしっかり弁護してくれている。こうなるとただ粛々と誤解を解くだけだ。


「被告人オオコウジ・ユタカ、前へ」


「はい」


 俺は証言台へ進み出る。アニメやドラマで見たことはあったが、まさか自分がここに……しかも被告人として立つことになるとは、人生わからないものだ。


「被告人チャックと小瓶の取引があったのは確かかね? 頻度と量は?」


「はい、ありました。過去に二度、十日置き程度だったかと思います。手のひらで包めるほどの小瓶三本ずつです」


 心証を悪くしないよう、聞かれたことだけを答える。


「見返りには何を渡していたのかね」


「いえ、お礼を言うだけで、特に何も……あ、いや、前回は手土産にエールを一本だけ贈りました」


「よろしい。下がりなさい。続いて被告人チャック、前へ」


「ヒヒ……」


 俺と入れ替わりに、チャックが証言台に立った。


「小瓶の中身を説明しなさい」


「あれは、マナ・バクテリアの入った魔障浄化水ですな。組合の研究室で培養しております。余剰分をお渡ししています、ヒヒ……」


「マナ・バクテリアとは?」


「目に見えぬ小さな生命体ですぞ。瘴気を喰い、純粋な魔素を排出いたします。ヒヒヒ……」


 司法官は目を丸くし、傍聴席がにわかにざわつく。


「瘴気を喰らう生命、そんなものが……」


 チャックは、揚水ゴーレム魔障化事件のあらましを一通り説明した。


「そうか、よくわかった。下がるがよい」


「ヒヒヒ、失礼いたします」


 その後、貸し竿店の店主、ブール、領主邸の侍女、水管理組合の職員が入れ替わり証言台に立つ。


 俺たちに不利な証言をするものは、誰一人としていなかった。


「ふぅむ。利害関係だけで実行犯と断定するには弱いですな。異議のあるものはおりますかな」


「馬鹿いえ、そいつ、毒属性だぜぇ! 井戸水が飲めなくなったのは、そいつのせいに決まって――」


 かぁん!


「静粛に。証拠を提示できる者だけが証言をするように」


「……けっ」


 痩せた男はつまらなさそうに足を組み直した。


 『けっ』てお前、本当に言う奴がいるのか。


「ふぅむ。異議はないようですな。被告人オオコウジ・ユタカは魔障を浄化して回っている……」


 まったく、丸一日留置されて、給料の補償とかあるのだろうか。いや、ないかそんなもの。


「ふぅむ。魔障を、浄化……毒属性の者が、魔障を浄化しているのか……ふぅむ」


 仕事に穴を開けてしまったが、大丈夫だろうか? その辺はコリィさんのことだ、なんとかしてくれているだろう。


「いや……利益を得ている……汚染が起きれば……浄化水が……」


 だんだん司法官の声が小さくなっていく。


「毒属性が……汚染……ならば……危険……やはり……」


 検察官がたまらず口を開いた。


「司法官殿? 私も司法官殿の言うとおり、無理筋かと――」


「黙れ」


 審理室の空気が変わり、検察官が口をつぐむ。


「……毒属性の男が、何故野放しになっている」


「は? 司法官殿、彼はギルドの――」


 かぁん!


「黙れと言っている。魔障を浄化して回っている毒属性の素性不明の男、まことに危険人物であるな」


 司法官が焦点の定まらない目でこちらを睨みつけてくる。


「あ、あの……」


 かぁん!


「静粛に! 被告人オオコウジ・ユタカ! 貴様は毒属性でありながら何故地下水道や醸造所に出入りしている!」


 そんな事言われても、毒をまき散らかすつもりなどない。


「ええと、確かに毒属性ですが、俺は街中で毒を放ったことは一度も――」


 かん!かん!かぁん!


 小槌の音だけが審理室に響き渡る。明らかに様子がおかしい。


「被告人オオコウジ・ユタカ! 度重なる水質汚染の元凶よ! 貴様に百年間の強制労働を――」


「ちょ、ちょっと待……」


 その時、傍聴席から勢いよく椅子を立つ音が聞こえた。


「司法官! 確かに今回の汚染事件には、彼が関与していたかもしれない。だが、彼が来る前の地下水汚染を彼の尽力で収めたのは疑いようのないところであろう! 情状酌量の余地はあるのではないか!」


 ワルター伯爵のよく通る声が、審理室に響き渡る。


「どうだろうか。この男の身柄、我がトレイデン家が預かろうではないか。監視を付け、街のために我が庇護のもとで働いてもらうのが正しい在り方であろう!」


 ……そう来たか。まさか、司法官を抱き込んでいたのだろうか。しかし、最初の方は司法官も理性的に判断しているように見えていたのだが。


 かぁん!


「……静粛に」


「ごほん、失礼した。それでは司法官、そのように取り計らい――」


「静粛にといっている。トレイデン卿」


「……なに? 貴様、誰に向かってものを言っておる」


「被告人オオコウジ・ユタカ。貴様は放置しておけない危険人物である。強制労働ではぬるいわ。極刑を言い渡す」


 書記官が目を丸くする。


「司法官!? よ、よろしいのですか……?」


「ええい、くどいわっ! さっさと判を押せいっ!」


「で、ですが……」


 ばたん!


 その時、審理室の扉が勢いよく開いた。


 衛兵たちが即座に槍を構えるが、扉を開いた主の顔を見て、皆一様にたじろいだ。


「おいおい、そりゃめちゃくちゃな話じゃねェか?」


「まったく、司法官は痴呆でも始まったのかしらぁ」


 扉の向こうには、イリスとエルミラが立っていた。傍らにはイーストとラクトも浮かんでいる。


「お前ら、どうして……?」


「イリス」


「まかせろ! オラァ!」


 イリスが片手を司法官へかざし、水球を生み出した。


 そこへエルミラが自身のマジックバッグからガラス瓶を取り出し、中の水を注ぎ入れた。


「後の責任はわたくしが持ちますわ。イリス、やりなさい」


「言われなくてもだッ!」


 エルミラを前に手を出せない衛兵たちをよそに、イリスは水柱を司法官へ放った。


 水柱は真っすぐに伸び、司法官の顔面へ浴びせられる。


「ごぼぼぼ! やめ……がふぅ!」


 司法官にかかった水が、眩く光り出した。


「あれは……! 浄化水が反応している!?」


「ふぅ、司法官が魔障に侵されるなんて情けないこと。審理を続けられる状態ではありませんわね。誰か、オオコウジ・ユタカの首輪を外しなさい」


「し、審理を中断する! 被告らの魔封じを解除しろ!」


 検察官の指示で、衛兵が慌てて俺とチャックの首輪を外した。


「エルミラ! イリス! 助かった! 〈毒鑑定Ⅱ〉ッ!」


 俺は浄化の光を纏う司法官を注視する。


【魔障反応:あり】


 どういうことだ、この部屋に瘴気が溜まっていたとは思えない。


「チッ、なんだこれは! おい! 私の身を守れ!」


 傍聴席でワルター伯爵の従者たちが、彼を警護するように囲んだ。


「助かったよ、エルミラ、イリス。何故二人が一緒に?」


「あら、貴方。そんな事気にしていられるなんて、ずいぶん悠長ですこと」


「ったく、のんびりしてるぜ。こっちは決死の思いで来たッてのによぉ……イーストがアタシたちを呼びに来てくれたんだよ」


「そうか……イースト、ありがとうな」


【イースト:得意げです】


 水柱を送り続けるイリスの手元で、浄化水の水球が見る間に小さくなっていた。


「がふっ! げほっ! わ、私は一体……」


 浄化の光が収まり、司法官が我に返ったように周囲を見回している。


「司法官。いい加減正気に戻ったかしらぁ?」


「え、エルミラ様……」


 その時、司法官の後ろ――審理室の最奥から、強く魔力が引かれる感覚を覚えた。


 それは、先日濾過槽室で感じたものと同じだった。


【極めて強い瘴気反応を検出】


【極めて強い瘴気反応を検出】


【極めて強い瘴気反応を検出】


 突如、部屋の至るところから〈毒鑑定Ⅱ〉のログが上がり始める。


 ログの出た場所には黒紫の霧が発生し、審理室の最奥の一点に収束していく。


「なんだあれは!」


「司法官! こちらへ!」


「ひぃーーー!」


 明らかな異常を前に、その場にいる者たちはパニックになっていた。


 衛兵たちが避難を誘導する間、俺たちは瘴気から目を離せずにいた。


「……エルミラ、浄化水は?」


「さっきので使い果たしましたわぁ」


「……まいったね」


 俺は〈フローラの革袋〉を取り上げられ、留置場に置いたままだ。


「えっ、おっさん、浄化水ねェのか!? 大丈夫なンか!?」


 ……大丈夫ではなさそうだ。


 収束した黒紫の霧はだんだんと大きくなっていき、小さな人の形を象っていく。


 やがて、チャックやワルター、司法官たちが部屋の外へ逃げ切り、審理室には俺たちと衛兵だけが残った。


 俺たちが逃げ出す前に、黒紫の霧は収まり、最奥のモ(・)ノ(・)がその姿を明らかにしていた。


 それは、イーストほどの小さな背丈だった。


 黒紫の霧が象った全身には、イーストやラクトと違い、衣装らしきものがない。人型を基本としながらも、身体の一部は絶えず霧となり、細部の形がうつろい続けていた。


 頭の左右からは、角のような突起が生えている。右は長く伸びている一方、左はわずかに突き出す程度で、左右の形は不揃いだった。


 角と目、そして心臓にあたる部分は、魔獣が持つ魔石のように赤く光っていて、強い魔力を帯びているように見える。


「精霊……?」


 だが、俺の知っている精霊たちと比べると、あまりにも禍々しい。


 黒紫の精霊は、俺に向かって手をかざした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。