第28話:大棚平の黒き魔獣
「ネ、ネネム!? とにかく、何があったのか教えてくれ」
ネネムは地面に手をかざすと、この山を模した小さな模型を作り出した。模型の上方には今いる醸造所の建物が精巧に再現されており、ネネムと出会った中腹の休憩所や、ケイブラットの洞穴の出口まで、文字通り手に取るようにわかる。
洞穴の先には崖際の山道が続いており、その先にはブールの言葉通り大きく開けた平場、『大棚平』があった。ネネムはそこを指差す。
「……ポンベ、ここにいた。でも、私たちが近づくと、本気で攻撃してきた」
ポンベがネネムを攻撃か。ネネムの取り乱しようを見るに、やはりポンベは正気ではなさそうだ。
「大丈夫だ。俺たちが必ず救ってやる」
ネネムはこくりと頷いた。
「おい、そんな言いきっちゃっていいのかよ。どうすンだ?」
「もしポンベの異変が魔障が原因なら、手段はある」
俺は腰にくくりつけていた〈フローラの革袋〉から、液体の入った蓋付きの小瓶を三つ取り出した。
〈フローラの革袋〉の中の空間は魔法で拡張されていて、見た目は小さいのに中は浴槽なみの広さになっている。何を入れても重さは変わらないが、〈発酵術〉の対象にならないものは収納できない不思議な魔道具だ。パンや試料、酒種などは入るが、道端の石や食器、紙やペンは入れようとすると弾かれる。
俺はチャックに頼んで、ウェルズ地下水路の濾過槽に定着したマナ・バクテリアの入った水を分けてもらい、小瓶三本分を持ち歩いていた。
「なんだべ、この小瓶は?」
「これは浄化水。魔障を喰らい、清浄な魔素に戻すマナ・バクテリアという微生物が入っています」
「光る水じゃねェか! これがありゃバッチリだな!」
「ああ。ただ、数に限りがある。全部で三本だ。使いどころを間違ったら手詰まりになるかもしれない」
「アタシの〈澄み水の革袋〉に入れてマナ・バクテリアを増やせねェのか?」
「難しいんだ。マナ・バクテリアを〈培養〉するのには魔障水が必要だ。今はこの三本でなんとか戦わないといけない」
「……戦っちゃ、だめ」
ネネムが心配そうに俺の顔を覗きこんだ。
「あぁ、そうだな。戦いといっても、できるだけ傷つけないようにできればとは思っているよ」
「……毒魔法は、だめ」
「あぁ、もちろん分かってる」
「なら、アタシの水の出番だな!」
「確かに、水なら殺傷能力が低めだ。頼りにしてるよ、イリス」
「なぁに、猫に浄化水ぶッ掛けるだけだろ? 巨大ゴーレムより簡単な話だぜ!」
イリスは不敵に笑い、拳で自分の胸をどんと叩いた。そんなシンプルな話ならいいのだが。
「ポンベを連れ戻しに行ってきます。ただ、何が起きるかわからない。ブールさんはここで待っていてください」
「ああ、頼んだべ。ネネムちゃん、気をしっかり持つだよ」
「行くぞ!」
俺たちは裏門を出て、大棚平へ続く山道を急いだ。
ふとイリスを見ると、ラクトが頭の上に座っていた。
「……ん? ラクト、君も来るつもりなのかい?」
【ラクト:今度は自分が守る番だ、と伝えたいようです】
「そうか。ポンベの魔爪攻撃は危険だ。決して無理をしないようにね」
【ラクト:誰にモノを言ってるんだバカ、と伝えたいようです】
……くっ。ラクトのログは、妙に具体的だな。主張が強いからだろうか。
手伝ってくれるのなら文句は言わないでおこう。
俺の肩には、一緒に飛んでいたイーストが降り立つ。
【イースト:ラクトを気にしています】
「ああ、そうだね。こいつはラクト。乳酸菌の魔菌精霊だそうだ。君の仲間なんじゃないか?」
イーストはイリスの頭へ飛び移り、ラクトをしげしげと観察する。すると、ラクトが防御膜を自身の周りに展開し、イーストが弾かれてしまった。
イリスの頭から弾き飛ばされたイーストは、涙目で俺の肩へと戻ってきた。
「こら、ラクト。急に結界を張っちゃいけません。危ないでしょ。イーストも、無遠慮に人を観察する前に、挨拶しようね」
【イースト:反省しています】
ラクトはイリスの頭からこちらに飛んでくると、俺の頭を蹴った。
「痛い! こら! すぐ人を蹴らないの!」
「ひゃはは、おっさん、説教くせェってよ!」
説教臭いだって? 必要な注意をしただけなんだが……まさか異世界に来てまで、そんな評価を受けるとは。
「お、おい、あんま深刻になンなよ、冗談だよ……」
崖沿いの道の半分を越えた頃、ブールからの報告通りケイブラットの死骸が点々と落ちているのが見えてきた。
その血の滲む地面からは、黒紫の粒子が霧のように立ち上がっている。
「やっぱり、ケイブラットの魔障を集めているのか? 大棚平に何があるんだ」
「……大棚平には、少し前まで、地龍が住んでた」
ずっと黙って走っていたネネムが口を開いた。
「地龍? 『住んでた』ってことは、今はいないのか?」
地龍。ネネムの話が本当なら、おとぎ話の存在ではないらしい。
「……ひと月くらい前に、どこかへ行った。地龍がいると、瘴気が増える」
龍と瘴気。
その話を鵜呑みにするなら、地龍のかつての棲み処へ、魔障に侵されたポンベが向かったのは、無関係ではないかもしれない。
やがて崖沿いの道は山腹の平場へと繋がった。
「ここが、大棚平……」
学校の運動場が二つは収まりそうな平地が、山肌を水平に削り取ったように広がっていた。
山頂側には切り立った岩壁がそびえ、反対側は遥か下の谷まで落ち込む断崖になっている。草木はほとんど生えておらず、むき出しの岩盤には、巨大な爪で抉ったような溝が幾筋も刻まれていた。
平場の中央には、地龍が身体を横たえていた名残だろうか。地面が大きく窪み、その周囲に砕けた岩が散乱している。
風は谷へ向かって吹いている。それなのに、道沿いの死骸から立ち上った黒紫の粒子だけは、風に逆らうように平場の奥へと流れていた。
その粒子が流れ着く先に、黒い巨獣が身を伏せていた。
「ポンベ!」
ネネムが呼びかけるが、巨獣は応えない。
確かに、あれはポンベだ。
だが、その身体は荷馬車ほどに膨れ上がり、針のように逆立った黒い毛皮が、巨体の輪郭をさらに大きく見せている。
四肢の先からは、爪というには長すぎる赤い光の刃が伸び、岩盤へ深く食い込んでいた。
血走った金色の目が、こちらを睨んでいる。大きく裂けた口から鋭い牙が覗き、荒い呼吸のたびに、黒紫の粒子が煙となって漏れ出した。
それだけではない。
ポンベの背後には、同じ姿をした黒猫の輪郭が幾重にも揺らめいていた。頭を動かせば無数の目が遅れてこちらを睨み、尾を振れば何本もの黒い影が地面を這う。
道沿いから流れてきた黒紫の粒子が、その身体へ次々と吸い込まれていく。そのたびに赤い魔爪が脈打ち、岩を引っ掻く耳障りな音が、大棚平に響き渡った。
「フシャァァァッ!」
魔獣と化したポンベが立ち上がり、俺たちに威嚇の声を上げた。
「お、おいおい、アレをなんとかしろッてのかよ……」
「思ったよりやばそうだね……」
ポンベが腰を落とし、後ろ脚が赤黒く光を帯びた。
「来るぞ! 崖側へは行くな! ネネムは壁、イリスは横から水を!」
俺とイリスは散開した。
ネネムはポンベの進路上に分厚い石壁をせり上げる。だが、ひと足で跳んできたポンベの魔爪が石壁を一撃で粉砕する。
ネネムへ身体を向け、再び後ろ脚を光らせたポンベの横腹へ、イリスが放水を当てた。
ポンベは水流に体勢を崩し、大棚平の奥へと跳び退く。
「かなり素早いね、浄化水をかける隙がない」
「巣母みてェに、どっかに引っかかってくンねェかな~」
「「フシャァ!!」」
ポンベが二つに重なった声を上げる。
背後で揺れていた輪郭が、本体から剥がれるように実体を持ち、左へ跳んだ。
もう一体、同様に右にも分身体が現れる。三体は扇状に散り、俺、ネネム、イリスをそれぞれ見据えている。
「げ、増えやがったぜ!」
「まずい! 一人に一体マークされたら作戦もくそもなくなるぞ! 今度はネネムの所に固まれ!」
三体になったポンベがそれぞれの狙いへ同時に走り出した。ネネムが右手を構える。
「壁ではすぐに突破される、足元を崩せ、ネネム! イリスはまとめて薙ぎ払え!」
「ま、まとめてって言ったってよォ~~」
ネネムは右手の角度を下げると、大きな地響きと共に、地面を大きく横切る巨大な溝ができ、俺とイリスを狙っていた両端の分身体が走る勢いを落とせず溝に落ちた。
本体のポンベは俺の指示を聞いていたのか、落ちる前に大きく跳躍して溝を飛び越えた。
「今だァ!」
宙に浮いたポンベの横腹へ、イリスの水流が突き刺さる。ポンベは空中で押し流され、岩盤を削りながら平場の奥へ着地した。
「よし! 落ちたのは分身体だけだ! 閉じてしまえ!」
ネネムがぐっと拳をにぎると、地響きと共に一瞬のうちに溝が埋まる。
分身体のいた地面の上から黒紫の霧が立ち上がり、本体のポンベへと吸収されていく。
「フシャァァァァ!」
二体分の瘴気を吸収したポンベの全身が、黒紫の光に包まれ大きく脈動する。
すると、ポンベの全身が少しだけ大きくなり、再び輪郭がぶれ始めた。
イリスが水球を構えると、ポンベは分身体を一体、イリスへと一直線に飛ばした。
「のわぁ、こっち来ンな!」
イリスが分身体へ水流を放つが、分身体は斜め横に避け、今度は勢いを殺さずイリスへと迫る。
「いけない! ネネム――」
ネネムがイリスへ向かう分身体の進路に再び溝を作った。
しかし、今度は時間差でポンベが二体目の分身体を作り出し、イリスへと差し向けた。
ネネムが二体目の進路にも溝を作り落とすことができたが、その隙に一体目が溝から跳び出てきてしまった。
「だ、だめだ、とにかく二体目だけでも……!」
ネネムは溝を閉じ二体目を仕留めたが、一体目がイリスへ届きそうだ。
すると、イリスの周りに乳白色の光の膜が球体状に展開された。
分身体の魔爪が膜に届くが、音もなく弾き返される。魔爪の当たった場所は赤く変色したが、破れてはいない。
「ラクト!」
【ラクト:絶対防御だ、と伝えたいようです】
絶対防御というには脆そうなバリアだが、助けられた。
魔爪を弾かれた分身体は岩盤を転がったが、すぐに起き上がり、本体のそばまで退いた。
一方、溝に挟まれた二体目は黒紫の粒子となって本体へ戻っていく。再び黒紫の粒子を吸収した本体は、またひと回り大きくなり、輪郭をぶれさせる。
ラクトも膜の変色を修復しないまま、乳白色の光の粒子へと霧散させた。
「分身体を消すたびに大きくなるのか……!? 長引くほど状況が悪くなるじゃないか」
「ネネム! お前、石か何かを本体にかッ飛ばして気絶させろよ!」
しかし、ネネムは顔を横に振って拒否した。
「……だめ」
「だめじゃねェだろ! どうすんだよ、このままじゃ防戦一方だぜ!」
「……だめ」
「チッ、参ったぜ……そうなると、おっさんの毒魔法しか黙らせる手段がねえぞ!」
「……だめ」
「ネネム、てめェ……」
毒魔法は確かに避けたい。分身体の魔障を本体が吸収しているのだ。万が一毒も吸収させてしまったら、ポンベ本体が苦しむことになる。
「参ったね……」
その時、俺の肩からイーストが飛び立って俺と視線を合わせた。
【イースト:真名解放を求めています】
「そうだな、その姿のままだと危険だ。力を貸してくれ、イースト!」
イーストはこくりと頷いた。
「――顕現せよ、マナ・セレビシエ!」
【マナ・セレビシエ:真名を受諾しました】
俺の胸から伸びた白金の光が、イーストの小さな身体へとつながる。
無数の泡が弾け、金色の麦穂が渦を巻く。その中心で影が一気に大きくなり、淡い金髪と乳白色の衣をまとった人の姿へと変わった。
最後の泡を振り払い、俺たちの前へ降臨する。
「ポンベ! けんかはだめ!」
「フシャァァァッ!」
だが、ポンベはすぐには襲ってこなかった。
血走った金色の目が、イーストの羽から両手へ、そして俺の胸から伸びる白金の光へと順に動く。
「様子を見られているね……」
「三回も攻撃に失敗してっからなァ、いい加減警戒してンだろうぜ。そのまま頭冷やしてくれればいいのによォ」
「しかし、浄化水を使う暇もないな。何か打つ手があればいいんだが」
ポンベの背後で揺らめいていた輪郭が濃さを増した。
本体を守っている一体目に加え、新たに二体目、三体目が本体から剥がれ、それぞれが分身体となって岩盤へ降り立つ。
計三体を切り離したポンベ本体の身体は、膨れ上がった状態と比べてわずかに縮み、ぶれた輪郭はなくなっている。
「今度は三体……大きくなったせいか、一体増えてしまったね。でも、無限に増えるわけじゃなさそうだ」
今度の分身体は本体よりひと回り小さく、四肢から伸びる魔爪も短い。
しかし、それでも四体を同時に相手取るのは厄介だ。
本体はその場に留まり、イリスが掲げる水球の動きに合わせて身体の向きを変えている。水を避け、その隙に飛びかかるつもりのようだ。
「くっそ、アタシを押さえてるつもりかよ……!」
おそらく、ネネムと俺が本体へ攻撃できないのはポンベにバレている。なので、イリスを押さえるのは理にかなっている。実際、唯一の反撃手段であるイリスを牽制されるとこちらとしては非常に動きにくい。
一体目の分身体が、正面からイーストへ飛びかかった。
「やあ!」
彼女が両手を突き出すと、迫る魔爪の周囲で無数の泡が弾ける。視界と勢いを削がれた分身体は、質量を持った泡に押し流される。
だが、一拍置いてポンベが二体目、三体目をけしかける。
二体目は泡の上を跳躍し、三体目は隙間を縫って地上からイーストへと迫る。
ネネムが地面をドーム状にせり上げ、地上を駆ける分身体を閉じ込めた。
イーストの上から飛びかかる分身体を、イリスが水流で狙い撃ち、軌道を横へと逸らした。
水流に押し込まれた二体目の分身体が、俺の目の前へと体勢を崩したまま流されてきた。チャンスだ。
俺は〈フローラの革袋〉から小瓶を取り出し素早く蓋を開けると、浄化水を分身体へと振りかけた。
「「ガアァァァァッ!」」
浄化水を掛けられた分身体は眩く光り、本体と同時に叫び声を上げた。
光が収まらぬうちに、分身体は黒紫の粒子と化さず、公園や洞穴で見た黒色の粒子となってふわりと消えた。
「効いた!」
これで、ポンベの異変が魔障によるものであり、浄化水が有効なことは確認できた。
だが、その代償はすぐに現れた。
本体のポンベが、小瓶と〈フローラの革袋〉を交互に睨む。低く身を伏せたまま岩壁側へ後退し、残った一体の分身体を、自身を守るように前へ立たせた。
「まずい。こっちの切り札を教えてしまったみたいだ……」
「おっさん、あと二本だろ!? 本体にぶっ掛けねェと意味ないんじゃねェか!?」
「そうなんだよね……」
もはや本体は俺に近づいてこないだろう。分身体一体に一本ずつ使っては浄化水が足りない。
分身体を囲んだ石のドームの内側から、石を砕く音が何度も聞こえてくるが、ネネムが定期的にドームを造りなおしてなんとか持たせている。
「とにかく、分身体をいくら相手にしても無駄だし、ポンベを強化してしまうだけだ。やはり本体の動きを止めるしかない」
「……」
ネネムが困ったような顔をしている。
「おいネネム、ここまで来て『だめ』は聞けねェぞ! このままじゃこっちがやられるだけだ!」
「……っ」
それでも、ネネムは――
「……やっぱり、ポンベを傷つけるのは、だめ」
「わっかんねェやつだな!」
イリスが水球をネネムに向ける。
「おい、イリス! それはダメだ!」
「で、でもよう……」
「イリス、ネネム! けんかは、だめだよ!」
イーストが仲裁に入るが、意見の違いをどうにかしないと止めようがない。
「ネネム、悪いが俺はイリスに賛成だ。傷つけたいわけじゃないが、せめて拘束しないと浄化水を掛けられない」
「……助けるって言った」
「う。もちろん、その気持ちは変わってないんだが……」
無闇に攻撃して傷つけるのは、ネネムの中では『助ける』うちに入らない。しかし、このままでは状況を好転することもできないが――
ネネムは本体へ向き直ると、手を向けた。
「……お願い、ポンベ。受け入れる」
ポンベ本体の足元から地面がせり上がり、四肢の周りをがっちりと固めた。だが、ポンベは固めた地面を、魔爪で次々と砕いていく。あれでは拘束なんて無理だろう。
分身体がこちらへ向かってきた。狙いは――おそらくネネムだ。
「チッ、ひよってンじゃねェぞ! オラァ!」
イリスは分身体へ両手をかざし、水流を放つ。だが、分身体は身を伏せて水流をかいくぐると、ネネムを射線上に置く位置へ回り込み、そのまま突進してきた。
「くそっ!」
イリスはネネムを巻き込む寸前で水流を止めた。
「まずい、イースト! ラクト!」
イーストが分身体に向かおうとしたとき、大きく岩が砕かれる音がした。
ネネムが石のドームで封じていた分身体が、ついに石を砕ききり外に出てきてしまった。
ドームから出た分身体は、再びイーストを目掛け突進する。
イーストは向かってくる分身体に泡で応戦するが、ネネムががら空きだ。
ラクトがネネムのもとへ飛んでいき、光の膜を展開した。だが、先ほど赤く変色した傷が、まだ膜に残っている。
一拍置いて分身体がネネムのもとへ辿り着き、その傷へ魔爪を何度も振り下ろす。二発、三発と爪で引っかかれるたびに変色が強くなっていき、今にも破れてしまいそうだ。ラクトが修復しようと魔力を注いでいるようだが、追いつかない。
「だ、だめだ――これは、だめだ……! 〈ポイズン……〉」
「だめぇ!」
分身体へ毒魔法を撃ち込もうとした俺の前に、射線をふさぐように岩がせり出した。
岩を避けてネネムのもとへ駆け寄ろうとするが、たどり着く前に、ラクトの光の膜がついに魔爪に敗れ、魔力の粒子となって霧散した。分身体が、ネネムを引き裂こうと魔爪を振りかぶる。
「ネネム!!」
イリスが地面を蹴った。
ネネムへ飛びつき、その小さな身体を抱えて岩盤へ転がった。
一瞬遅れて、赤い魔爪がイリスの右肩から背中を斜めに薙いた。
「がっ……!」
飛び散った血が、ネネムの頬を濡らす。
イリスの腕の中で、ネネムが震える声を漏らした。
「い、イリス……? どうして……」
「ったく……ポンベも、お前も……言うこと聞かねェな……」
イリスの腕から力が抜けた。




