第25話:洞穴の横穴とポイズンアロー
洞穴の中に入ると、むせかえるようなカビの匂いに包まれた。
大きな一本道が奥まで続いているが、左右の壁には横穴があちこちに開いており、耳を澄ますと穴という穴からかさかさと音が聞こえてくる。
地面には石粒と共に、埃なのかケイブラットの体毛なのかわからない小さな繊維がたくさん落ちており、見た事もない虫や節足動物が壁に点々と張り付きうごめいていた。
「これは……不潔を絵に描いたような洞穴だね」
「こんな空間と繋がってちゃ、そりゃ酒もまずくなるよなァ」
「あぁ……全く気づけなかっただよ……」
「……穴ごと塞ぐ」
「いや、ちょっと待つだ、ネネムちゃん。なんとかケイブラットを全滅させないと、塞いでも再び穴を開けられるだけだべ」
なんとかと言っても、水魔法と地魔法だけではできる事にも限りがあるが――いや、もう一つあるか。
「ブールさん、この洞穴内なら毒魔法を撃っても構いませんか?」
「毒魔法? ……地面や地下水にまで浸透しないなら問題ねえだが」
「えぇ。以前試した時には、石や土へ外れた針は霧散し、毒性も残りませんでした」
「なら構わんだ。ここまで汚染されたんだ、もはや奴らの殲滅の方が最優先事項だべ」
そんな話をしていたら、おあつらえ向きに、横穴から二匹のケイブラットが飛び出してきた。
「丁度良い、あいつらに小規模に試してみます」
ブールが頷くのを確認して、俺は右手の親指と人差し指を伸ばし、ピストルの形を作って左手を添える。
片目を瞑り、二匹が足を止めた瞬間を狙い――
紫の針をそれぞれに向けて、溜め無しで射出した。
「〈ポイズンアロー〉……二連射だ!」
声で逃げられないように、詠唱は射出した後に、小さな声で……だ。
指先だけほんの少し血の気が引く感覚を覚えたが、以前のように全身から寒気がするほどの魔力消費は感じない。
「キィィッ!」
紫の針はダーツの矢よりも速く飛び、それぞれ狙ったケイブラットの胴体へ見事に命中した。
当たる直前、片方の針が少しだけカーブを描いた気がする。もしかすると、レベルが高まったおかげで軌道に補正が働くようになったのかもしれない。俺の才能の可能性も捨てきれないが。
【対象への毒性付与に成功】
【作用:運動機能低下・継続ダメージ】
毒を当てたケイブラットたちはよたよたと数歩進むうちに動けなくなり、痙攣し始める。その後、一分も経たないうちに痙攣が弱くなり、どちらもそのまま息絶えた。
「へぇ~、おっさん、そんな魔法も使えたンか! 意外と強かったンだな」
「能ある鷹は爪を隠すってね」
「使える場所がねェだけだろ?」
「……ご明察」
あのイリスに看破されるとは、悔しい。
「うん、その感じなら問題なさそうだな。洞穴以外では使わないように頼んだべ」
「心得ています」
「ブール」
ネネムが種守りの間を指差した。
「なんだべ? ネネムちゃん」
「あぶないから、あっち行ってる」
「だが、おらだけ何もしねえわけには」
「ブールさんは戦闘経験はありますか?」
「いんや、どちらかというとそういうのは苦手だべ」
「なら、俺たちでできる事をやってみます。魔法に巻き込まれてもいけない。ネネムの言う通り、ブールさんは避難していてください」
「……すまねえな、指咥えて見てるだけなんて、おら情けねえだよ」
「いえ。あとでネネムにもお酒を振る舞ってあげてくださいね」
「もちろんだ」
俺たちは種守りの間まで戻り、ネネムが酒母蔵を塞いでいた岩壁を地面に戻すと、酒母蔵へ戻る入口が元通り開いた。
俺とブールで引き戸を支え、そこにネネムが先ほど窪ませた石のレールを元の形へ戻すと、引き戸は綺麗に上下の溝へ収まった。
ブールが手を掛けて横へ動かすと、引き戸は何事もなかったように開閉した。
乳白色の髪の小さな少女は、そんな俺たちの様子を樽の上から黙って見ている。
「それでは、俺たちが洞穴へ入ったら、今度はこの大穴を塞ぎます」
「あぁ、頼んだべ。おめさんらも、無茶すんなよ」
今度は俺、イリス、ネネムの三人で、再び洞穴へ入った。
「ネネム、頼む」
俺たちが通った大穴の縁から岩がせり出し、〈種守りの間〉への道を完全に塞いだ。
その時、奥の方に見える横穴からケイブラットが飛び出してきた。
三人で身構えたが、直後、同じ横穴から、赤い巨大な爪を伸ばしたポンベが躍り出てきた。赤い爪がケイブラットの背中を切り裂く。ケイブラットの黒紫の血がポンベの爪に付着したが、役目を果たした身体は、黒い粒子となって共に霧散した。あれは公園で見た分身体だ。
「今のはポンベじゃないか! なぜここに? 外で待っていたはずでは?」
今度は爪を仕舞ったいつものポンベが横穴から姿を現し、動かなくなったケイブラットを尻目に、こちらに歩いてきた。
ネネムが歩み寄り、背中を撫でる。
ネネムが横穴を指差し、代わりに答える。
「……外に通じてる」
あぁ、そりゃケイブラットの侵入経路があるはずだよな。ポンベのサイズなら出入りできても不思議ではない。
「そうか。もしかして手伝いに来てくれたのかい?」
ポンベは尻尾をひと振りして答えた。――って解釈で、合ってるよな? ネネムを見ると、彼女は無言で頷いた。正直、こちらも正しく意思疎通できているのかよくわからないが。
「俺たちは目視できない相手に弱い。横穴をネネムが塞ぐだけでは、奥に残ったケイブラットにいずれ掘り返される。ポンベ、穴の先を確認して、残っている奴らを仕留めてもらえるかい? 殲滅が確認できたら、ネネムに横穴を塞いでもらう」
ネネムは再び頷いた。ポンベも理解しているようだ。多分。
「おっさん、アタシは?」
「イリスは俺と一緒に前方の警戒だ。すばしっこい奴がいたら、水魔法で動きを止めてくれ」
「了解!」
状況開始だ。早速一つ目の横穴にポンベが入っていき、ガサガサと音が聞こえる。
すぐに静かになり、ケイブラットの死骸を咥えた分身ポンベが出てきた。その後にも二体目、三体目の分身ポンベが現れ、横穴の前に死骸を落とすと消えていく。三体目が消えたあとに、爪を隠したオリジナルのポンベが戻って来た。
「……塞ぐ」
「穴の先は殲滅できたんだね。じゃあ、頼んだよ」
ネネムが手をかざすと、見える範囲の最奥で壁が盛り上がり、穴を埋めながらこちらへ迫って、最後には横穴を完全に塞いだ。
その振動に驚いたのか、あちこちの横穴からパニックになったケイブラットたちが飛び出してくる。その数は十、二十ではない。おぞましい光景だ。
「来たぞ! イリス、横穴に再び入らせるな、転ばせてやれ!」
「任せろ!」
イリスは水球から細く鋭い水流を放ち、左右へ薙ぎ払った。水流は蛇のようにうねり、道に溢れたケイブラットたちを次々に転ばせ、一瞬だけ動きを封じた。
俺は右手の人差し指を伸ばし、左手を添えて〈毒魔法Ⅰ〉を乱射する。
紫の針を受けたケイブラットは、次々に脚をもつれさせ、後ろから押し寄せた仲間を巻き込みながら石床へ転がっていく。
俺は倒れた相手の最期を待たず、指先を隣へ向けた。左から右へ。一匹につき一発。たまに大きく外して地面に当たることもあるが、数センチ程度のブレだけなら、紫の針がわずかに軌道を変えて対象の胴体に突き刺さる。
【対象への毒性付与に成功】
【対象への毒性付与に成功】
【対象への毒性付与に成功】
「〈ポイズンアロー〉! 〈ポイズンア……〉ゲホッ、〈ポイズン……マシンガン〉ッ!」
「なぁ、ましんがんってなンだ?」
「……人の詠唱に口を挟んじゃいけないよ、イリス」
一発ごとに叫ぶのがキツくなったのを見透かされた気がして、つい屁理屈を返してしまった。
ともあれ、俺の〈ポイズンマシンガン〉は密集したケイブラットたちには驚くほど効果的で、撃てば撃つほど動けなくなる個体が増えていき、道が塞がれることでさらに狙いやすくなっていく好循環だ。
気づけば、正面で動いているケイブラットはいなくなっていた。
紫色の針が霧散したあとには、毒性付与を告げるログだけが、視界の端へ幾重にも重なっている。
討ち漏らしたかなりの数が横穴へ逃げ込んだが、そちらもポンベが仕留め、ネネムが横穴ごと塞いでいった。
「イリス、さっきの技。地下水路でも使っていたね。よし、〈水蛇〉と名付けよう」
「勝手に名付けるな! 名前なんてねェよ!」
その後も、俺とイリスが本道を片付け、ポンベが横穴を探り、ネネムが塞ぐ。同じ手順を何度か繰り返し、戦闘そのものには特に苦戦しなかった。
ただ、ポンベが横穴に入るたび、戻ってくるまでの時間は少しずつ長くなっていった。
やがて、最奥の少し開けた広間に出た。
広間は直径十メートルほどの歪な円形で、俺たちが入ってきた道を背にすると、左手に小さな横穴、右手に大きな横穴が開いている。見える限り、残っている横穴はこのふたつだ。
右手の大穴からは風が強く流れてきている。外へ通じているようだ。
「……ポンベ?」
不意に、ネネムがポンベを呼んだ。
ポンベを見ると、かなり息が上がっている様子だ。
「さすがに連戦で疲れさせちゃったかな。ケイブラットの潜んでいそうな穴もあと一つだ。少し休もうか」
「いやぁ、大活躍じゃねェか、ポンベ! ほれ、水でも飲め」
イリスが両手を器にして水を差し出したが、ポンベは俺たちを無視して、最後の小さな横穴へ入っていく。
「……おいおい、大丈夫か? アイツ。張り切りすぎてんじゃねェの」
「……ポンベー、一旦戻る。聞こえない?」
ネネムがポンベの入っていった横穴に呼び掛けても、分身体が死骸を咥えて出てくるのみで、肝心の本体からのリアクションはない。
しばらくその場で待ったが、ポンベはなかなか戻ってこない。
「おかしいね、音は聞こえているから中にはいると思うんだけど……あ、来た」
ようやく横穴の中の殲滅が終わったらしく、ポンベの本体が戻って来た。
しかし、息は荒く、普段眠そうに半分閉じている目も、大きく開かれている。
「……ポンベ。イリスのお水、飲むといい」
ネネムがそう声をかけ、ポンベに手を伸ばすと――
「シャァァ!!」
ポンベは大きな声でネネムを威嚇した。
そして俺たちに背を向けると、大きな横穴へ飛び込み、その奥へ走り去ってしまった。
「……!! ポンベ!」
「あ、おい、ネネム!」
ネネムはポンベを追いかけて走って行ってしまった。
「俺たちも続――」
言いかけたところで、俺たちの眼前に、頭上から重たそうなモノが落ちてきた。
「ヂィィィーーーー!!」
「うわっ!?」
「うお、びびったァ!!」
それは、他のケイブラットを何倍にも大きくしたような――酒樽と同じくらいのサイズの巨大なケイブラットだった。イリスがとっさに水流を放つが、そいつはすばしっこく避け、俺たちと距離を取って対峙した。
気づかなかったが、斜め上の壁際にも中サイズの横穴が開いていたようだ。そこから出てきたのだろう。
「でけェな、コイツが親玉か」
「巣母ってとこかな。イリス! 触れないように気を付けるんだ!」
「当然ッ! あんなん触ったらどんな病気にかかるかわかんねェもんな!」
巣母は口の周りと前脚、尻尾が赤黒く光り、それ以外の全身は黒紫に染まっていた。身体からは黒紫の霧まで漏れ出している。これまでのケイブラットにも身体の一部が黒紫に染まった個体はいたが、巣母はその比ではない。そして、あの色には見覚えがある。
【魔障反応:あり】
〈毒鑑定Ⅱ〉で見ると、やはり魔障化していた。
洞穴自体には魔障反応がない。それなのに、ケイブラットだけが魔障化している。おそらく、こいつらはこの洞穴とは別の場所で魔障を受けたのだろう。
「ポンベとネネムも気になるけど、こいつも放っておけないね」
「でけェだけのネズミなんざサクッとやっつけて、さっさと酒樽の少女を解放すんぞ!」




