第16話:魔障水と浄化作戦
ピカピカマス祭りのあと、俺たちはチャックと共に中央区まで移動し、今は水管理組合の詰め所にある事務所にいる。
地下への入り口は事務所の奥にあるため、あまり広くもない部屋のなかを、職員や研究員、作業員たちがせわしなく行ったり来たりしている。
部屋の隅にある小さな会議用の机を、チャック、俺、ニナ、ハンク、イリス、そしてコリィさんで囲む。イーストは俺の鞄から顔を出し、俺たちの後ろには、数人の職員も並んでいた。
チャックは記録板から書類の束を外し、机の上に広げた。
水管理組合で走っていた調査はふたつ。
ひとつは、揚水施設のための呼び水槽――下がる水位の謎。
「アタシらが置いてかれた時の話だな!」
「左様でございます、ヒヒ……」
普段は滅多に下がらないはずなのに、イリスが水を満たしてしばらくすると、水位が下がっていった件だ。
「調査の結果、呼び水弁を支える軸が折れ、弁板そのものが吸水経路へ引き込まれたものと見られております」
「弁板?」
「水をせき止めるための板でございます。本来は必要な量の呼び水を送ると閉じるはずですが、弁板が外れていたため、水が止まらず、本体――ゴーレムの内部へ流れ続けていたのでございます。ヒヒヒ……」
ゴーレムとは、一昨日、最奥の鉄格子越しに見た巨像のことだろう。
呼び水槽の水位が下がったのは、トイレのタンクの底にある栓が外れて、水が流れ続けていたようなものか。
「では、そこを修理すれば解決ですね」
「ヒヒ、はい、呼び水槽だけならば。しかし、問題はその先でございます。……ホッシュ班長、あれをこちらへ」
「押忍っ!」
奥からドタドタ、と大きな足音を立て、がっしりとした大男が歩いてくる。
頭には木のヘルメットをかぶり、太い眉に小さな瞳。がっしりした顎は、特徴的な受け口になっている。作業員の制服をしっかり着てはいるのだが、サイズが合わないらしくピチピチだ。
机の前でぴたりと止まると、二本の瓶を机に並べ、俺たちへ向き直り、胸の前で握りこぶしを作る。
「押忍! 自分は水管理組合の地下施設保守部、揚水施設保守班長、ホッシュっス! よろしくお願い申し上げるっス!」
押忍、とは何の誤変換だろうか。
「イリスだ!」
なぜかイリスも張り合うように名乗った。
「ヒヒ……。ホッシュ班長、ご報告を」
「押忍! 先日、施設内の換気をしたあと、施設内の水を、改めて全域調査したっス。オオコウジさんのおかげで、魔障の有無のチェックだけで済んだので、助かったっス」
それは、身体を張った甲斐がある。張りたくて張ったわけではないが。
「こちらは、さっき施設内で採取してきた水のサンプルっス。よければ〈毒鑑定〉してほしいっス」
机の上の瓶にはラベルが貼ってあり、それぞれこの世界の言葉で『揚水前』『揚水後』と書いてある。
俺は言われた通り、さっき成長したばかりの〈毒鑑定Ⅱ〉で水質を見てみる。
『揚水前』
【毒性:低】
【衛生状態:良】
【飲用適性:良】
【魔障反応:なし】
『揚水後』
【毒性:低】
【衛生状態:良】
【飲用適性:不適】
【魔障反応:あり】
同じ地下水のはずなのに、揚水の前後で――ゴーレムを通ったあとだけ結果が変わっている。
「これは……。もしかして、地下水自体が汚れているんじゃない。ゴーレムが水を汚染しているということですか?」
「そのように考えております。何かのきっかけで瘴気が内部へ流れ込み、本体を侵している可能性がございます。ヒヒ……。もっとも、換気前は違ったのかもしれませんが」
換気前は、地下水も呼び水も、施設全体の水が魔障に侵されていた。
その水を取り込み続けた結果、今度はゴーレム自体が汚染源になった。
地下水が入れ替わった今も、内部に残った汚染が、通過する水へ移っている。
そう考えれば筋は通る。
「それは、さっきの弁板の故障――つまり、呼び水の漏れと関係があるのでしょうか」
「押忍! 申し訳ないっス! ゴーレムの汚染について、直接の原因はまだ分かってないっス。これからゴーレムを止めて……」
「ヒーヒヒヒ! ホッシュ班長、それについては後で話しましょう。一度休憩を」
「押忍!」
「おっ、休憩か! アタシの出番だな!」
イリスが手のひらに水球を浮かべる。
「イリスさん、こちらへ」
コリィさんがいつの間にかお盆に人数分のコップを用意している。
イリスは、よっと、なんて言いながら器用に水を躍らせ、全てのコップに均等に注いでいく。
「オオコウジさん。度重なる調査協力、誠にありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ。信用して仕事を任せてもらえて、嬉しいです」
コリィさんの犬耳が少しだけ倒れ、尻尾が揺れている。
「これはあくまで一つの提案なのですが。もしオオコウジさんがよろしければ、今回の一件が落ち着きましたら、ギルド職員として働いてみませんか? オオコウジさんでしたら、多様なポストをご用意できるかと」
そうまっすぐに見据えて言われ、少し照れ臭くなってしまう。
これまでの仕事を見てくれていたのだと思うと、ただただ嬉しかった。
横で話を聞いていたニナが、嬉しそうな顔をしている。
鞄の中のイーストは、よく分かっていないのか首を傾げている。
ハンクは……いつも通りの仏頂面だ。
しかし、冒険者でも商人でも魔術師でもない、ギルド職員か。
なるほど、ある意味俺の性に合っていなくもない……かも、しれない。
俺はイリスが注いでくれた水を一気に飲み干すと、コリィさんに向き合って答える。
「ありがとうございます。少し、考えさせてください」
「もちろんですわ。今すぐお返事をいただくようなお話ではございません」
この世界で何をして生きていくのか。ようやく、その先を考えられるところまで来たらしい。
「ヒーヒヒヒ! それでは皆さま、休憩はよろしいですかな」
チャックが、別の書類を机の中央へ置いた。
「もうひとつの調査結果――種砂について、ご報告いたします」
そう、これが水管理組合で走っていた調査のふたつめだ。
「同じ魔障水を三つの容器に分け、一つはそのまま。もう一つには取水側から採取した種砂を、最後の一つにはオオコウジ様が〈培養〉した種砂を加え、経過を比較いたしました」
チャックが、書類に並んだ項目を細い指でなぞる。
「結果、〈培養〉した種砂を加えた場合に限り、七度の試験すべてで魔障反応が消失いたしました。ヒヒヒ……。他の二つには、変化が認められておりません」
ここまでは、大体予想通りだ。
「また、作用がオオコウジ様の〈培養〉によって生じたものか確かめるため、別の試験も行っております。濾過槽の水を抜いたあと、〈培養〉に使っている種砂と同じ区画から、職員が新たな種砂を採取いたしました」
「俺が触れていないものですね」
「左様でございます。こちらは完全な浄化には至りませんでしたが、時間の経過とともに、試験紙の色がわずかに薄くなっていきました」
きちんと検証して、科学的に――いや。魔障の話だから、魔法学的に、か? とにかく、俺の考えを裏付けてくれたようだ。
「それと、安全性については、毒性および衛生状態に悪化はなく、飲用適性にも問題なし。時間を置いても魔障反応は戻らないとの結果でございます」
「では、魔障水の浄化に成功した……と、判断してよさそうですね」
「少なくとも、再現性はございますな、ヒヒヒ」
断定はできないが、魔障水問題の解決の糸口が見えてきた。
「しかし、唯一の問題は、種砂のなかの[なにか]の正体でございますな……」
あ、そういえば。
「チャックさん、さっきヌシを倒したことで、レベルが上がりました。その時に、〈毒鑑定〉が成長したみたいなんです。今なら、もしかしたら――」
俺は採取された種砂に意識を向け、〈毒鑑定Ⅱ〉で見てみた。
【微小生命反応を検出しました】
【対象は瘴気に侵された魔素を取り込み、害の少ない魔力へ変換しています】
【対象の増殖により浄化反応が促進されます】
【〈発酵術Ⅱ〉を使い培養することが可能です】
来た!!
「見えました! やはり、生命反応があります!」
「おぉっ!」
周囲の職員たちからどよめきが上がり、記録板にすごい勢いでペンを走らせたり、研究員を呼びに行ったり、急に慌ただしくなりはじめた。
「誤解を恐れずに言うと、エサとして瘴気に侵された魔素を食べ、害の少ない魔力へ変えているようです」
「ヒヒヒヒヒ! それはそれは! なんと……。本当にこの中に小さな生命が……」
「つまり、そいつをたくさん増やして、あのでっかいヤツにぶっ掛ければいいンだな!」
イリスが、いとも簡単そうに言った。
「大まかには、そういうことなんじゃないかな」
「なら、やることは決まったな!」
一昨日はあんなに怖がっていたのに、タネが分かれば現金なものだ。
【イースト:種砂を興味深く見つめています】
イーストはいつの間にか鞄から出てきて、培養した[微小生命]が定着した種砂を、じっと見つめている。
何か思うところがあるのだろうか。
「ヒヒヒ……。それでは、この小さな生命を使い、どのように施設全体を浄化するか。詳細は明朝、改めて詰めることといたしましょう」
窓の外は、すっかり暗くなっていた。
* * *
翌朝。
水管理詰め所の屋上には、たくさんの水槽や使い道のさっぱりわからない機材が並んでいる。
職員や研究員たちが慌ただしく動き、たまにあー、とか、おおー、とか、大きな声も飛んでくる。
「チャックさん、ホッシュさん。おはようございます」
「これはこれは、皆さま、おはようございます。連日のご足労、大変感謝しております。ヒーヒヒヒ!」
昨夜と同じメンバーが、イリスと虹を作った屋上で再び顔を合わせる。
「本日は、少し実験をしていただきます。――イリス様」
「おう、アタシだな!」
毎日顔を合わせているだけあって、さすがのイリスもチャックの圧に慣れたようだ。
「昨日までは、小さな石鉢での試験でございました。本日は、地下へ持ち込む水槽でも同じように培養できるか、確かめていただきます」
人の腰ほどの高さがある水槽が、いくつか並んでいる。チャックは、種砂だけが入ったひとつを示した。
「イリス様にはこの中に水を注いでいただき、オオコウジ様に〈培養〉をしていただきます。そのあと、この水汲み機でこちらの水槽の魔障水と混ぜ――」
「あぁ? そんなまどろっこしいことしてられッか!」
「と、いいますと……?」
イリスは水槽の中の種砂をおもむろに掴むと、自身の目の前に巨大な水球を発生させ、種砂を水の中へと雑に突っ込んだ。
種砂は地面へ落ちず、水球の中でゆっくりと渦を巻いている。
「ほら、これでいいだろ!」
「ヒヒヒ……結構でございます。それでは、オオコウジ様。よろしくお願いいたします」
俺はイリスの出した水球へ両手をかざし、〈発酵術Ⅱ〉を使うよう念じる。
「ぬぅん、〈培養〉」
「お前……その魔法を使う時に喋るクセ、まだ抜けんのか」
ハンクに指摘されるが、今気にすることではない。
【〈発酵術Ⅱ:培養〉の行使に必要な[魔障水]が不足しています】
ありゃ。イリスの水だけじゃだめなのか。
「すみません、チャックさん。エサとなる魔障水を足さないといけないみたいです」
「ヒヒ……お安い御用ですな」
チャックは、隣の水槽から、魔障水を柄杓で掬い上げ、イリスの水球へかける。
水球の中で、種砂から淡い光がにじみ、すぐに消えた。
【〈発酵術Ⅱ:培養〉により[微小生命]を培養できます】
「よし、〈培養〉!」
ひゅん、と貧血のような感覚を覚えるが、すぐに治まった。
「できました」
見た目には変わらないが……。
「ヒヒ、それではイリス様。その水球を、こちらの魔障水の水槽に入れてくださいませ」
イリスが水球を水槽へ沈め、その形を崩した。ざぶん、と音を立てて水が混じり合う。すると――
「わわ、凄い! 綺麗ですぅ!」
魔障水と[微小生命]が反応し、強く水が輝き始めた。
「ヒーヒヒヒ! これほどの反応はこれまでの実験でも得られませんでした! さすがでございます!」
チャックが何度も試験紙を変えながら光る水につけている。
「水槽を運ばずとも、イリス様の水球を培養槽として使える。それならば――」
独り言を言いながら、がりがりがり、とコリィさん顔負けのスピードで、記録板の紙に文字を刻んでいく。
「あの、待ってください! このまま元の種砂だけを使っていくのではなく、使える種砂そのものを増やすことも考えましょう」
チャックの手がぴたりと止まり、顔だけがこちらへ向く。少し怖い。
「可能なのでございますか?」
「パン種と同じです。増やした[微小生命]を新しい種砂へ移して、そこで定着させます」
隣の水槽には、洗浄された新しい濾過砂が入っている。
ホッシュが水汲み機を動かし、いまだ光っている水の一部を、新しい砂の上へ移した。
しばらく待つと、水中に広がった淡い光が砂へ沈み、粒の隙間で静かに明滅し始める。
ホッシュが水槽の底にある排水口を開き、水が抜けても、砂粒の隙間には淡い光が残ったままだ。
〈毒鑑定Ⅱ〉を使う。
【微小生命反応を検出しました】
「問題ありません、生命反応があります。新しい砂にも定着した可能性が高いです。あとは温度や成分などの条件を揃えれば、さらに培養できるかと」
「ヒヒヒ……。これならば、今後オオコウジ様に頼らずとも、必要な分を増やせる見込みがございますな」
そう言うと、チャックは屋上の石床へ施設図を広げた。
俺たちが集まるのを待つと、細い指で流路をなぞる。
「作戦は四段階。まず、揚水ゴーレムを停止いたします。次に、上水側へ残った魔障水を区画ごとに浄化。その後、ゴーレムの内部水路と外装を〈培養〉済みの水でイリス様が高圧洗浄。最後に試験揚水を行います」
チャックは今までで一番の早口でまくし立てる。
「上水側は水門で区切り、先ほどの水球を使って、一つずつ浄化してまいります。必要な物資は、種砂と補給魔石が中心となりますな」
「浄化の水はイリスと俺で、必要な分だけ地下で培養すればいいんですね」
「これッぽっちの種砂で、地下全部を綺麗にできンのか?」
「一度に全量使うわけじゃない。区画ごとにその場で〈培養〉していくから、これだけでも問題ないさ」
「はぁ~ん、そんなもンかぁ?」
「チャックさん。ゴーレムを止めて、区画ごとに水路を浄化。そのあとゴーレム丸洗いして、動きを再開。ですね」
「左様でございます」
「そしたら、いよいよ街の水も復活だなッ!」
「押忍! 現場は自分にお任せくださいっス!」
ホッシュは、どん、と握ったこぶしで胸をたたく。
「あ、あの、私もお手伝い、できますか?」
「ヒヒヒ、人手は多いほど助かりますな」
「ニナさん。申し訳ありませんが、規則上日当は――」
「ふふ、大丈夫です、コリィさん。お手伝いさせてください」
イーストがニナの頭に乗って、両手を上げている。
【イースト:張り切っています】
コリィさんは丁寧に頭を下げる。
「俺にも何かできることはあるか。報酬はいらん」
ハンクも手伝ってくれるようだ。
「それでは作戦決行時、水管理詰め所前を封鎖し、立ち入り禁止の周知と、職員たちの誘導をお願いできますでしょうか」
コリィさんが答える。
「問題ない」
「臨時手当、楽しみだぜェ。うへへ……」
どんどん話がまとまっていく。皆、水問題の解決の糸口が見えたことに希望を持っている。
「ヒヒヒ、皆さま、ご協力まことにありがとうございます。それでは、浄化作戦は明日、日の出とともに決行いたします。残る準備は我々で進めます。皆さまには、今日はゆっくり体を休めていただきたい」
〈毒鑑定〉で異常を見つけ、〈発酵術〉で解決の突破口を開く。
この世界に来た時には、どこまで役に立つのか分からなかった二つのスキルが、今は街の水を取り戻す作戦の中心にあった。
チャックが、集まった全員を見渡した。
「ウェルズの水を、取り戻しましょう」
その声に、いつもの笑いは混じっていなかった。
「おぉッ!」
そのとき、新しい種砂の容器へ札を付けようとしていた職員がこちらへ向き、話しかけてきた。
「あの、こちらの札は、なんと記載すればいいでしょうか」
チャック、ホッシュ、コリィさん、イリス、ニナとイースト、ハンク、研究員たち。
全員の顔が一斉にこちらを向いた。
魔障を喰らい、浄化する微小生命。
「そうですね、こいつの名前は――」
作業台に残された種砂が、淡く明滅している。
「マナ・バクテリアだ」




