第9話 開店前夜、オーブンが止まりました
煙道の修繕は間に合った。
間に合わなかったのは、オーブンの火だった。
中古の鉄製オーブンは、最初の試し焼きで片側だけが冷えた。テオのケーキは、右半分が膨らまなかった。
「部品を交換します。明日の昼には」
職人の言葉を聞き、私は開店案内を見た。
明日の朝九時。
ニナが黙って、予定していた五種類を紙へ書いた。
「どれなら、別の方法で作れます?」
マルタが考え込む。
林檎パイは無理だ。蜂蜜ケーキも、温度が揃わなければ売れない。
遅い時間に来たアドリアンが、別の厨房を借りる案を出した。
「商会の取引先に、休業日のパン屋があります」
「お借りすると、搬送も必要になりますね」
「はい。費用はこちらです」
私はその額を見て、口を閉じた。
開店を守るために使うべきか。けれど明後日も、給料と材料費は必要だ。
テオが試験用のケーキを割った。片側の生地はまだ重く、指に貼りつく。
「もう少し焼けば、売れませんか」
マルタは首を振った。
「外だけ乾く。直せる失敗と、売り物には戻せない失敗があるんだよ」
彼は悔しそうに皿を下ろす。使った材料の代金を知っているからこそ、諦めるのが難しい。
私も同じ気持ちだった。けれど、明日の客には、今日の損を埋めるための菓子を渡したくない。
私は失敗した量を帳簿へ書いた。捨てると決めた分まで記録してから、開店の計画を変えることにした。
「明日は品数を減らします」
自分で言うと、覚悟が決まった。
「失敗したオーブンで焼くものは出しません。お詫びはします。でも、用意できるものを売ります」
マルタが小さな補助炉を見た。修繕中の食事用に、エダ夫人から借りたものだ。
「薄い焼き菓子なら、ここで。少量ずつ、様子を見ながら」
「私は鍋で林檎を煮ます。瓶詰めにしましょう」
五種類は二種類になった。
テオは膨らまなかったケーキを見ていた。
「これ、食べてもいいですか」
「火の通りを確かめてからね」
皆で端を切り、遅い夕食の後に食べた。
見た目は悪いが、蜂蜜の香りはあった。
アドリアンが、私の紙皿を見た。
「夕食も、召し上がりましたか」
「今から」
マルタがすぐ、パンを渡した。
彼は余計なことを言わず、割れたオーブンの部品を職人と確認した。
夜が更ける前に、皆を帰した。
扉へ『明日は二種類で開店します』と貼る。
向かいの旧店には、華やかな新装開店の幕が掛かっていた。
私はこちらの小さな案内を、もう一度しっかり押さえた。
少なくても、嘘のない棚にしよう。




