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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第49話 母のレシピ帳に、新しい頁を

 翌朝、マルタに見抜かれた。

 理由を尋ねると、林檎を剥きながら笑っていたと言われた。


「怪我をしないようにね」


 私は頷き、刃先へ目を戻した。

 ニナには、前日の帰宅が遅くならなかったことを確認された。

 テオは何も聞かず、香草の薄焼きを二枚、余分に焼いた。


 その日の閉店後、新人の面接をした。

 応募した少女は、菓子を作った経験が少ないと言った。

 まず洗い物と材料の計量から学びたいという。


「教える時間を、仕事の予定に入れます。分からないことは、黙って進めないでください」


 少女はほっとした顔をした。

 私も初めてオーブンを任された時、分からないことを隠したくなった。

 失敗を恐れない人だけが働ける店には、したくなかった。


 採用は試用の条件を説明し、本人の返事を待つことにする。

 勝手に、明日から来てと言わない。

 ひとつずつ、以前の店とは違うやり方が増えていた。


 新人の少女は、帰る前に、母親へ条件を説明してから返事をしたいと言った。私は写しを渡し、質問があれば改めて来てよいと伝えた。

 昔の自分なら、やる気があるなら今決めるはずだと思ったかもしれない。だが、仕事を選ぶ人の後ろにも生活がある。

 ポールがその写しを見て、最初の準備契約を思い出したと笑った。

 雇う人が増えても、最初に四人と決めたことを簡略化しない。私は面接の記録へ、返事を待つ日を記した。


 夜、母の帳面を開く。

 後ろへ挟んだままだった林檎の灯りの配合表を、取り出した。

 新しい紙を綴じ足し、麦の小石と香草の薄焼きも書く。

 開発した人、修正した日、気づいたこと。


 私は帳面の表紙へ、新しい布をかけた。

 母のものだった布は捨てず、内側へ残す。

 青いリボンは、頁を探す目印にした。


 最初の頁の母の言葉を、読み返す。


『作った人が、もう一度作りたくなる菓子に』


 下へ、自分の字で一行添えた。


『また明日、ここで作りたいと思える店に』


 扉の鍵を確かめ、二階へ上がった。

 階段の古い看板と、窓の新しい看板。

 どちらも、今は同じ家にあった。

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