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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第47話 商談ではないお誘い

 試験便の帰りには、一週間かかった。

 菓子は売れたが、全部ではなかった。

 薄焼きは気に入られ、林檎の灯りは価格の説明が必要だったという。


 アドリアンは、成功と失敗を分けて持ち帰った。

 私は帳面を読み、次の試作日を相談した。

 話を終えると、彼は別の封筒を出した。


「こちらは、仕事の続きではありません」


 中には、植物園の入場券が二枚あった。


「来週のお休みに、ご一緒できませんか」


 私は券を見た。

 仕事を口実に会うことは、もう何度もしていた。

 口実がなくなると、かえって返事が難しい。


「行きたいです」


 言うと、彼の肩が少し下がった。

 緊張していたのは私だけではなかったらしい。


 休日を待つ間、私は植物園の案内を何度も見た。新しい服を買うべきか迷い、結局、持っている青い服を丁寧に洗った。

 母の店に立つ日は、汚れないことと動きやすいことが先だった。今日は、自分が着たいという理由で選んでよい。

 鏡の前で襟を整えると、職人でも店主でもない顔が映った。どちらも私だが、それだけではない。

 私は入場券を鞄へ入れ、仕事用の筆記帳は机へ残した。必要な時には、記憶だけで話してもよい日にしようと思った。


 当日、私はエプロンをつけずに店の階段を下りた。

 ニナが休みの日に立ち寄り、襟の曲がりを直してくれる。


「店長、今日は菓子の注文を聞いて帰ってこないでくださいね」


 笑って、外へ出た。


 植物園では、柑橘の鉢の前で足を止めた。

 菓子に使える香りだと思ったが、口には出さなかった。

 アドリアンが同じ鉢を見ている。


「仕入れの値段を考えていました?」

「少し」


 二人で笑った。

 仕事を全部頭から追い出さなくても、休日にはできる。


 池のそばで、彼は父の話をした。

 私は母の話をした。

 どちらも、昔の人を理想のままにしておくことが、少し苦しくなっていた。


「お母様と違う選択をしても、あなたは、あなたですね」


 彼の言葉に、私は頷いた。


「あなたも、お父様の続きだけを生きる必要はありません」


 夕方、園の門へ向かった。

 私は帰るのが惜しいと、初めて自覚した。


「もう少し、歩きませんか」


 自分から言うと、アドリアンはすぐ頷いた。

 彼の隣にいることを、私はもう、仕事のせいにはできなかった。

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