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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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46/50

第46話 今度は、私があなたを応援します

 試験便へ載せる菓子は、三種類に絞った。

 麦の小石、香草の薄焼き、林檎の灯り。

 蜂蜜ケーキは、今の包装では長時間の揺れに耐えない。


 私たちは荷車へ試作品を載せ、街の石畳を回った。

 戻って箱を開くと、小石は無事だったが、薄焼きが二枚割れていた。


「仕切りの高さを、変えましょう」


 アドリアンは失敗した箱を、自分で測った。

 父の失敗を怖がっていた人が、今は小さな失敗の理由を確かめている。


 包装を変え、もう一度運ぶ。

 味の変化も、同じ時間を置いて調べる。

 地方の受け取り先には、気温と保管場所、販売予定を尋ねた。

 いつまでおいしいかは、希望で決められない。


 試験用の菓子にも、代金をつけた。アドリアンは試験費用として払うと言い、私は見積もりを渡した。恋に近づいているからこそ、店の仕事を曖昧にしたくなかった。

 マルタたちが作る時間も、材料も、私個人の贈り物ではない。

 ただ、出発の日に彼へ渡す一袋だけは、自分の給料で買った。香草の薄焼きが二枚。包みの端に、道中で食べる分です、と書く。

 店の請求書と、その包みを別々に机へ置くと、私にも自分の気持ちが見えやすくなった。


 出発前夜、アドリアンが帳面を見つめていた。


「不安ですか」

「ええ。父の時も、最初は皆、うまくいくと思っていました」


 私は向かいの窓を見た。

 私も、店を失う前は、続くものだと思っていた。


「今回、何が違いますか」


 彼は試験する量、返品時の負担、確認する項目を挙げた。


「なら、違いを確かめるために、行ってきてください」


 必ず成功すると、言わなかった。

 彼も、私にそう言わなかったから。


 出発の朝、荷車の横で見送った。

 アドリアンは帽子をかぶり、少し迷ってから言った。


「戻ったら、お誘いしたいところがあります」

「商談ですか」

「その言い方だと、緊張が少なくなりますが」


 彼は笑った。


「今回は、仕事の話ではありません」


 私は見送りの言葉を、危うく忘れた。


「では、返事をするためにも、無事に戻ってください」


 荷車が遠ざかる。

 私は手を振り、緑の扉へ戻った。

 彼の帰りを待ちながら、私も自分の仕事を続ける。

 その関係が、嬉しかった。

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