第4話 ついてきて、とは言えなかった
給料の袋を四つ、机に並べた。
額はいつもどおり。足りない分は、自分の預金から補った。
「退職届は受け取ります。でも、次の職場を決める前に、もう一度考えてください」
私は四人を見た。
昨日の勇気に、甘えてはいけない。
「新しい店の場所は、まだありません。道具も、お金も足りない。再開できる日を、今日は約束できません」
ポールが給料袋を開き、硬貨を確かめた。
彼が暮らしているのは南門の外だ。朝は誰より早く来て、夜は誰より遠くへ帰る。
「先に言っておきます。無給では働けません」
「もちろん」
「準備を手伝うなら、日数と報酬を決めてください。子供の食事は待ってくれないので」
頷いて、紙に書いた。
ニナも身を乗り出す。
「私は、休みを決めたいです。以前みたいに、忙しいから今月はなし、だと続きません」
「……そうね。ごめんなさい」
「謝ってほしくて言ったんじゃないです。次の店を、好きでいられるように」
その言葉に、鉛筆が止まった。
母の店だから。小さい店だから。私たちはよく、その言葉で無理を引き受けていた。
全員が笑っていたので、全員が平気だと思っていた。
「テオは?」
「僕の菓子も、いつか売ってみたいです」
彼は言ってから、マルタを見た。
「勝手なことを、すみません」
「勝手ではないよ。修業をして、何のために上達するんだい」
マルタは自分の給料袋を引き寄せた。
「私は、店長が倒れない店で働きたいですね」
「私?」
「あなたが倒れると、全員が困ります。食事も休みも、店長の分まで予定に入れてください」
私は四つの条件を読み返した。
どれも、当然のことだった。
当然のことを言うために、四人は私を選び直してくれていた。
「では、三日間の準備仕事をお願いできますか。報酬はこの額です。その先は、店と資金が決まった時に改めて契約を」
ポールが頷く。
ニナは最初の休日を確認した。
テオは紙の端へ署名する場所を探し、マルタが教えた。
誰も、ついていきます、とは言わなかった。
それが嬉しかった。
契約の紙を揃えた後、私は退職届へ日付を書き足した。旧店の引き渡し日を、最後の勤務日とする。
テオが念のためと尋ねた。
「僕ら、明日もここへ来ていいんですね」
「ええ。それまでは今の仕事。その後の準備は、別の約束でお願いするわ」
彼は安心して袖を捲った。勢いで辞めると言った後、自分の居場所を心配していたのだ。
ポールも、家へ渡すために新しい条件の写しを欲しいと言った。私はもう一枚作った。
信じてもらうことは、紙を省く理由にはならない。家で待つ人にも説明できる形にして、初めて四人と進めるのだと思った。
片づけを始めると、ニナが窓の外で足を止める。
「店長。向かいって、ずっと空いていましたよね」
通りの向こうには、緑色の扉があった。
古い布屋が閉じてから、半年。窓に残った日焼けした紙へ、これまでは目を向けたこともなかった。
貸店舗。
二階住居付き。
「確かめてきます」
ニナは外へ出た。
私たちも窓の前へ集まる。
向かいの扉が開き、小柄な老婦人が顔を出した。
ニナがこちらを指す。
老婦人は私を見て、手を振った。
母の菓子を買いに来ていた、あの人だった。




