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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第31話 父が隠していた共同経営者

 父は実家ではなく、商人会館の客室を指定した。

 私は母の帳面を持参しなかった。見せる前に、説明を聞きたかったからだ。


「ソランジュのことを、誰から聞いた」

「母の帳面と、母を知る人からです」


 父は窓へ目を向けた。


「あの女は、店を離れた。出資分も清算している」

「レシピの権利も?」

「菓子の作り方に、そこまで」


 私は鞄から質問の紙を出す。


「あると言って売ったのは、セドリック様です。売る時には権利があり、私が尋ねる時にはないというのは、困ります」


 父がこちらを見た。

 子供を叱る時の目だった。

 私は、机の下で指を組んだ。


「共同経営を終えた時の書類を、見せてください」


 父は立ち上がり、使いに保管箱を運ばせた。

 古い清算書。出資金の返還。店舗持分の譲渡。

 書かれているのは、店を離れるためのお金と物だった。

 配合表を一人だけの所有にする文言は見当たらない。


「これだけですか」

「署名したのは、それだ」

「母とソランジュ様の約束については?」

「二人が台所で話したことまで、私は知らん」


 父は苛立っていたが、その答えは大事だった。

 知らないことまで、譲渡したとは言えない。


 清算書の日付を見て、私は子供の頃の記憶と照らした。母が夕食に帰ってくる日が増えた時期だった。私は嬉しかったが、その分、店では誰かがいなくなっていた。

 子供に見えていた景色は、出来事の一面だけだったのだ。

 父は清算金を用意した功績を語った。それは事実かもしれない。けれど、お金を出したことから、母たちの仕事の由来まで決めてよいとは思えなかった。

 私は父の話を遮らずに聞き、最後に、書類で確認できる部分をもう一度尋ねた。


 私は写しを依頼した。

 父は渋ったが、ガスパールからも照合を求められていると伝えると、認めた。


「お前が戻ってくれば、話は簡単だった」


 私は紙を揃えた。


「誰にとって、簡単だったのでしょう」


 父は答えなかった。

 私も、その場で答えを引き出そうとはしなかった。


 会館を出ると、マルタが待っていた。

 古い便りにあった住所を、別の紙へ写してくれている。


「郊外の療養院へ便りを送っていた。でも、最近は娘さんの家へ移ったと聞いたよ」


 私は清算書と住所を、違う封筒へしまった。

 母の過去を尋ねる相手は、父だけではなかった。

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