↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
30/50

第30話 書き込みのない最後の頁

 貼り紙を無理に剥がさず、翌朝マルタに見せた。

 彼女は帳面を見て、椅子へ座った。


「祭りで、誰かに会った?」

「白い髪の女性。母を、エリーズと」


 マルタは小さく頷いた。


「ソランジュ様だと思う」


 初めて聞く名前だった。

 母の昔の友人は何人か知っている。父の知人も、店の取引先も。

 なのに、帳面へ字を残すほど親しい人を、私は知らない。


「なぜ、今まで」


 問いかけると、マルタは先に頭を下げた。


「聞かれなかったから、では済まないね。あなたが店を守ろうとしていたから、昔のことまで背負わせたくなかった」


 私は帳面を閉じた。


「私のために、私に教えない人が、ほかにもいたのね」


 マルタの顔が痛そうに歪んだ。

 責めすぎたかと思ったが、言葉を消すこともできなかった。


「そのとおりだよ。ごめんなさい」


 彼女は言い訳を重ねなかった。

 私は少し待って、帳面を開き直した。


「教えてください」


 母とソランジュは、店を一緒に始めた。

 母が焼き、ソランジュが配合を考え、二人で売り場にも立った。

 数年後、ソランジュは街を離れた。

 父は、退いた人の名を店に残す必要はないと言った。


「お母様は、帳面から消すことには反対した。名を表に出さないことで、話を収めたんだ」


 私は貼り紙の下を見た。

 母の字は、その紙の上にはなかった。

 隠したのが母だとは、まだ言えない。


 マルタは、母が昔の写真を売り場へ置こうとしていた日を思い出した。父は店の格に合わないと言ったらしい。二人が借りた厨房の前で、袖を捲って写っていた写真だった。

 私は母の最初の店を知らない。立派な看板の下で、いつも上手に焼いていた人しか知らなかった。


「その写真も、見たいです」


 言うと、マルタは探せる場所を考え始めた。分からないと言える彼女を、私は責めなかった。知っているのに教えないことと、今は知らないことは、違うからだ。


「ソランジュ様は、どこに?」

「今の住所は、私も正確には知らない。昔の便りなら、家にある」


 私は取りに行ってほしいと頼んだ。

 その前に、父にも尋ねるべきことがあった。


 封筒を出して、短い手紙を書く。


『母の店の共同経営者について、お話を伺います』


 返事を待つのではなく、面会の候補日を三つ添えた。

 知らないままで守ることを、もう続けたくなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。