第29話 売れたのは、母の菓子だけではありません
祭りの翌日は、予定どおり休みにした。
私は二階で、売り上げと費用を整理する。
包装の変更で節約できた分はあったが、急な確認に使った交通費も記録した。
納入業者からは、誤処理のお詫びと、未配達分の返金が届いた。
祭りの利益は残った。
それ以上に、店を知らない人へ案内を渡せた。
休み明け、テオの小石を求める客が来た。
「祭りのお菓子と、同じ人が作ったの?」
ニナが彼を呼ぶ。
テオは緊張しながら、三人で作ったことを説明した。
「僕が作ったのは、この小石です」
「では、それも食べてみたいわ」
注文が一つ増えた。
テオは厨房へ戻ると、配合表の自分の名を指で押さえた。
林檎の灯りを毎日置いてほしいという客もいた。私はすぐ頷かず、今の仕込みへ入れられる曜日を考えた。
週に二日から始めると説明すると、客はその日を覚えて帰った。
テオが、毎日作れないのは惜しいと言う。マルタは、小石を買いに来る人の分も忘れないようにと答えた。
新しい成功で、以前の約束を押し出してはいけない。私は製造表へ林檎の灯りを書き足し、定番の量は守った。店は増やすものだけでなく、残すものでも出来ていた。
午後、ガスパールが来た。
買収の話ではなかった。
「当商会の案内に、貴店のレシピを取得済みと読める説明があった件で、確認しています」
私の背中が冷えた。
「その説明をしたのは?」
「セドリック殿です。詳しい照合に、別途ご協力いただく可能性があります」
私は遺産分配書の写しを取り出した。
ガスパールは受領した日付を記し、受取書を残す。
「売買の説明と、実際の権利に差があれば、当商会も看過できません」
彼は帰っていった。
向かいの建物へ入る背を見て、私はレシピ帳を抱え直した。
その夜、最後の頁を開く。
何も書かれていないと思っていた頁に、斜めの光を当てた。
薄い貼り紙の端が、浮いている。
古い糊が剥がれたところに、母とは違う字が見えた。
『エリーズと、私の』
私はその先を読む前に、手を止めた。
母の菓子は、母ひとりのものではなかったのかもしれない。




