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婚約者に店を売られたので、従業員全員と向かいに新しい店を開きます  作者: 渋谷 爽月


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第26話 隣の席は、空けてあります

 祭りの搬送計画を作るため、アドリアンと河畔の広場へ行った。

 当日の荷車は裏の道へ止める。雨が降れば、売り台を天幕の奥へ寄せる。

 仕事を終えると、彼は近くの茶店を指した。


「少し、休みませんか」


 私は時間を確かめた。

 店ではマルタが仕込み、ニナが接客をしている。戻る約束まで、まだ余裕があった。

 ひとりで不在にするのが怖かった頃なら、断っていた。


 二人で川の見える席へ座る。

 彼は甘くない茶を、私は薄い乳茶を頼んだ。


「お祖父様とのお茶は、いかがでした?」

「菓子を勧められませんでした。代わりに、仕事を勧められました」


 私は笑った。

 彼も笑い、少しして川へ目を向けた。


「地方の工房と、この街を結ぶ流通を作りたいのです」


 小さい工房では、一度に商会の必要量を作れない。

 街の品は、地方へ届くまでに高くなる。少量ずつ運ぶ仕組みがあれば、両方の役に立てる。


「始めないのですか」

「父が同じことを試して、失敗しました。荷が傷み、資金も戻らなかった」


 彼の父は既に亡くなっていると聞いていた。

 アドリアンは、その失敗を長く、自分の前に置いているらしかった。


「お父様と同じ規模で、始めなければいけないの?」


 彼がこちらを向いた。


「うちも、最初は二種類しか売れませんでした。それでも、何が必要かは分かりました」


 私は茶碗を置く。


「菓子なら、持ち歩いた後の変化を試せます。全部は無理でも、試験の荷物にはできますよ」


 彼はしばらく答えなかった。

 川を渡る小さな舟が、二人の前を通った。


「融資先から、事業を勧められるとは」

「菓子店の店主から、です」


 彼は頷いた。


「では、店主としてのご意見を、また聞かせてください」


 茶店を出る時、私は代金の半分を渡した。彼は一度断ろうとして、受け取る。


「次は、私からお誘いした時に」

「その時は、内容を聞いてから」


 私が答えると、彼は楽しそうに頷いた。何でも断りたいわけではない。自分の希望を尋ねてほしいだけだった。

 川沿いを戻る間、仕事の話は途切れた。通りの猫が塀へ上がり、二人でそれを見た。何かを解決しなくても、一緒に歩く時間があってよいのだと、私は少しずつ覚えていた。


 店へ戻る途中、祭りの案内を見た。

 リュミエールの隣の区画には、ローデン商会の名前があった。

 川辺での穏やかな時間は、そこで終わった。

 けれど、彼に話したことまで、消えたわけではなかった。

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