第25話 母の味を、変えてもいいですか
マルタは、レシピ帳の古い頁を開いた。
蜂蜜ケーキの横に、細い字が重なっている。
『今年の蜂蜜は香りが強い。少し減らす』
『子供には大きい。切り分けを試す』
「お母様の味は、毎年同じではなかったよ」
私は書き込みを追った。
母の字だと思っていた線の下に、別の人の字もある。今はそれより、量が何度も変わっていることが驚きだった。
「私は、正確に守らなければと思っていた」
「守ってくれたね。おかげで、皆が覚えていた。今度は、その先を作ればいい」
試作を再開した。
テオは生地の厚さを揃え、私は林檎を煮る。マルタが焼き色を見る。
甘い香りの奥に、わずかな酸味が残った。
ニナが食べて、笑った。
「歩きながらでも、手が汚れません」
ポールは冷めたものを食べる。
「配達にも、使えそうです」
名前は『林檎の灯り』に決まった。
母の蜂蜜ケーキから始まり、テオの発想で形を変え、皆で仕上げた菓子。
私だけの新作とは言えなかった。
配合を直すたび、古い数字へ線を引いて残した。テオは最初の失敗を消そうとしたが、マルタが止める。
「後で同じ案を思いつくからね。試したことが分かるように」
紙は、きれいではなくなった。私の字とテオの字が重なり、マルタの短い注意が余白へ入る。
母の帳面も、こうして出来たのかもしれない。完成品だけを見ていた私は、そこへ至る相談を知らなかった。
私はその紙を整えすぎずに残した。誰がどこで迷ったかまで、次の人に渡せるように。
材料費と製造時間を計算する。
祭りでは、売る量を決めて持っていく。足りなくても、慌てて品質を落とさない。
テオが出来上がった配合表に、三人の名を書いた。
「誰のものか、忘れないように」
私はその紙を、母の帳面の後ろへ挟んだ。
新しい頁を貼るのは、まだ少し照れくさかった。
夜、アドリアンが搬送の相談に来る。
試食を渡すと、彼は酸味のある部分を気に入った。
「祭りで、あなた方が売っているところも見たいですね」
「仕事で?」
尋ねると、彼は一拍だけ黙った。
「それもありますが、休みを取って行こうと思っています」
私は返事の前に、菓子の皿を見た。
照れた顔を、見られたくなかった。
「では、座る場所を空けておきます」




